ビーフ or VR懲役?

ちびまるフォイ

やーいやーい!お前の友達犯罪者―!

収監された丸刈りのは懲役を言い渡された。


「さて、お前の懲役は50年となった。

 そのまま懲役を受けるか、VR懲役にするか選びたまえ」


「VR懲役?」


「VR環境で過ごす懲役だ。

 これなら刑期は半分の25年で済む」


「そっちを選ぶに決まってるだろ!」


「ただし、VR懲役の環境はずっと過酷だ。

 お前が苦しむように作られているからな」


「へぇ、わざわざ俺のような囚人のためにオーダーメイドってわけか」


「そんなわけないだろ。変えているのは一部だけだ」


「一部?」

「顔さ」


「は? 言っておくが、俺はこれでも特殊な訓練を積んでいてね。

 どんな痛みでも平気なようにできてるんだよ」


囚人はよく意味がわからなかったが、半分の刑期で済むVR懲役を選択。

頭をすっぽり覆うディスプレイをつけられ、体は固定されたまま、VR対応の棺桶に収監された。


「懲役、ログイン」


※ ※ ※


男は砂漠にひとり立っていた。


「おぉーーい」


ひどくのどが渇く。

体中の水分がなくなりすぎて、汗すら出ない。


「だれかぁーー……だれかぁーー……」


目の前に広がる砂山と砂嵐。

照りつける太陽の熱と砂からの反射熱風。


息はぜぇぜぇと切れて、もう倒れて横になりたい。


「はぁっ……はぁっ……み、水……」


耐えられないほどの渇き。

自分の血で潤せないかと思うも体力がもう残っていない。


「はーー……はー……み……ず……」


体が衰弱していくのを感じる。それなのに安堵している男がいた。

これで死んでしまえば、もうすべてが終わるのだから。



目を開けた瞬間、今度は凍える雪山に立っていた。


「ひ、ひぃぃ!! さ、ささささっ、寒い!!」


死という希望が見えていた瞬間に、

今度は目の覚めるような寒さで意識が引き戻される。


口も手足もガチガチと震え始める。

即凍死するレベルじゃないのがかえって男を地獄に追い詰める。


「あ、ああああ! 水筒だ!! 水筒がある!!」


いつの間にか懐に水筒があった。暖かい飲み物に違いない。


「ありがてぇ!!」


水筒を開けると中からキンキンに冷えた海水が出てきた。

そのままの勢いで飲み込んでしまい、体がすっかり冷えてしまった。


「がはっ! なんだこれ!?」


海水でのどの渇きが呼び起こされて、海水を飲まずにいられない。

のどの渇きを鎮めるためについには雪まで飲み始める。


体がみるみる冷えて凍えていくのに渇きに耐えられない。

地獄から地獄へと自分から死んでいく。




目を開けた瞬間、今度はゴーストタウンに立っていた。


「暑くも寒くもない……平気だ! やった!」


VR懲役は極限の環境を強制的にはしごさせる。

その中でもここはまだマシな部類なのだろうと男は思った。


「よかった。死を感じると世界が切り替わるみたいだし

 この居心地のいい環境を手放さないようにしないとな」


きっと誰もいない孤独の地獄を感じさせる環境だろうが、

肉体的のきつい前2つの世界よりはまだいい。


笑っていた男は銃声が聞こえた瞬間に笑顔が引きつった。


(いたぞ!! こっちだ!!)


遠くから男を見つけた声がする。

慌てて男は逃げるも弾丸か体のすぐ横をかすめていく。


走っても走っても男を追う武装集団はついてきた。

何度行き先をまいても、必ず探し出してまた追いかけられる。


永遠に終わらない鬼ごっこが始まっていた。


「怖い怖い怖い……こんなの地獄だ……!」


眠ることもできない。

食事もいつ襲われるか怖くてできない。

心休まる場所などどこにもない。


見つかって殺されれば、今度はどんな極限の地獄へ落とされるのか。


死んで楽になれば、未知の地獄へ移動する。

それは今よりもっとつらい場所かもしれない。


でも、このまま逃げ回るのも永遠に解放されない緊張感に頭がおかしくなる。


「もうやめてくれぇ!! 普通の懲役に戻してくれ!!

 VR懲役なんてこりごりだ!! 普通に過ごした方がずっといい!!」







男が目を覚ますと、VR懲役の棺桶が開いていた。


「お疲れさまでした。VR懲役ログアウト依頼を対応しました」


「よ、よかった……。あんな地獄を毎日味わうのなら

 普通に変わり映えしない独房生活の方がずっと楽でいい」


「そうですか」


ここでは急激な天気の変化もなければ、張り詰める緊張感もない。

こっちの方がずっと楽だと思っていた。


「あの……俺の食事は?」


「悪いなぁ、お前は新参ものだろう?

 人数を間違えてしまって、お前のぶんはないんだよ」


「そんな! 看守さんひどいですよ!

 人数を間違えるなんて、そんなことおかしいでしょう!?

 だったらもう1人分注文するくらい簡単じゃないですか!」


「忘れたんだよ」


男は長い髪を振り乱しながら必死に抗議する。

VR懲役から戻って来ても待っていたのは地獄だった。


「か、鍵がかかってる!? だれかーー!! だれかーー!!」


外での刑務作業を終えたとき、鍵を閉められて外に締め出される。


「お前はいびきがうるさいから今日から別室だ」


「別室って……ここ、倉庫じゃないですか!?」


布団もない倉庫で寒さに震えながら夜を過ごしたり。

いじめにも近い行為は延々と続いた。


「なんで……なんでこんな目に……」


そして、男は唐突に理解してしまった。


「まさか! これも本当はVR懲役の中なんだ!

 そうにちがいない! だってこんなに辛いんだもの!!

 きっと現実の俺は今も横たわっているはず!!」


VR懲役の切り替わりタイミングは「死」の寸前。

誰もいない部屋で男は床に何度も頭を打ち付けた。


額から血が流れ、髪が血でくっつき、体から汗も飛びちる。


「次の地獄へ!! 今よりもっとマシな地獄へ!!!

 こんな粘着質な地獄はいやだ!!!」


男は必死に夢から覚めるのを願うように頭を打ち続けた。


『うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!』



※ ※ ※


看守たち2人はVR懲役に服役している囚人を見ていた。


「先輩、前から気になってたんですけど

 どうしてVR懲役って、自分自身が苦しむんじゃなくて

 自分の知り合いが苦しむようなモノになってるんですか?」


「そりゃお前、どんな拷問に耐えられる人間が来た時も

 ちゃんと苦しめられるようにするためだ」


映像は自分の友達が狂乱しながら頭を打ち付ける場面になっている。

友達なだけに感情移入しすぎて、棺桶の中の丸刈りの囚人は泣きながら叫んでいる。


「でも、囚人にもそれぞれ苦手なものがあるじゃないですか。

 クモが苦手な囚人ならクモの映像を見せるとか。

 そっちの方がきくんじゃないですか?」


「新人、お前はホントバカだな」


先輩看守はため息をついた。


「囚人の友達を痛めつける映像なら、

 どんな囚人が来ても顔の付け替えだけですむだろう?」


看守は次のVR懲役の囚人用に、

同じ映像のまま顔だけ友達に切り替えた映像を用意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビーフ or VR懲役? ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ