第17話 地味子ちゃんと初デート!

大井町の改札口には少し早く着いた。今日は幸い天気が良い。昨日は一日中、部屋の掃除と洗濯をした。


こう見えても僕は意外ときれい好き。何せ1週間ほど入院していたのだからしておかなければならないことが多かった。冷蔵庫に食料品を補充したり、飲み物を補充したり、特にポカリを病気になった時のために多めに仕入れておいた。


部屋のレイアウトを少し変えた。万が一、彼女を招き入れることがあってもいいように、ベッドのシーツやバスタオルを買いたしておいた。あれもその時のために買い増しておいた。それと少し食器類を補充しておいた。


元々、外食が好きな方ではないが、ウイークデイは駅前の食堂や会社の近くのレストランで夕食を食べるか、駅のコンビニでお弁当を買って帰っている。休日は近くのスーパーで好みの総菜を買ってきてご飯を炊いて食べることが多い。


そのために、大きめの冷蔵庫のストッカーには冷凍食品や買ってきた総菜が多数冷凍保存されている。いつも2週間分くらいの食料は備蓄されているので、災害があっても停電にならなければ大丈夫だ。食べたいものを食べたいときに食べる。一人暮らしは気ままなものだ。


今着いた電車から可愛く着飾った女の子が降りてくるのが見えた。小柄だが人目につく。こちらに近づいてきてようやくそれが米山さんだと分かった。メガネをかけていなかった。


「すごく可愛いね。この前の飲み会の時よりもずいぶん可愛くなっている」


「ありがとうございます」


「野坂さんに教わったとおりにしています。昨日はヘアサロンにいってきました。ヘアサロンにはしょっちゅう行かなければだめと言われましたから」


なんともいいようがないくらいに可愛い。こんなに可愛かったのか! 地味子ちゃんでも磨けばこんなに光るんだ。でも元々の素材が良かったのかもしれない。


「行こうか? バス停から水族館行きのバスが出ているから」


自然と手を繋いでバス停へ歩いて行く。隣の地味子ちゃんが見ていられないほどまぶしい。すれ違う人が彼女を見ている。確かにとても可愛い。


僕のようなオッサンが年の離れたこんな可愛い娘と歩いていていいんだろうかと戸惑う。見た目が違うとこんなにも心がときめくものだろうか?


米山さんは嬉しそうに手を繋いで歩いている。ときどき目が合うとニコッと笑う。これがまたとっても可愛い。何を話して良いのか分からなくなった。こんなこともあるのか? この年になってとまどう自分に驚いている。


手を強く握ると、強く握り返して、ニコッと笑う。米山さんと付き合うことにしてよかった。今は癒されるよりドキドキしている。女性を好きになるってこんなことだったのかと今さら思う。僕は恋をしている?


バスは出たばかりだった。前もって時刻表を調べておけばよかった。米山さんに言うと、お話しをしていれば時間はすぐに経つと言う。でも今は何を話していいかすぐに思いつかない。


「昨日は何をしていたのですか?」


「しばらく家を空けていたので、掃除して、食料と飲料を補充しておいた」


「あんなに整理整頓されて、とてもきれいなお部屋でしたけど」


「結構、ほこりが溜まっていた。これでもきれい好きなんだ。それに片付けておかないと、この前のようなことがまたあるとも限らないからね」


「私は片付けが苦手で、整理をしてもすぐに散らかってしまって、でもお掃除とお洗濯は好きです」


「昨日はどうしていたの」


「今日のデートのためにショッピングとヘアサロンに行ってきました。この衣装は昨日買ってきたものです。似合っていますか?」


「とっても似合っている。いつもの米山さんとはとても思えない」


「実は昨日の朝、野坂さんに電話して、先輩とデートすることになったと言って、先輩の好みを聞いたんです」


「ええ! そんなこと聞いたのか? それで野坂さんは何て言っていた?」


「女性ぽいセクシーなものより可愛い感じのものがいいと教えてくれました」


「それで、磯村さんは良い人だから絶対に離れてはだめと言われました」


「そうか、彼女は僕のことが良く分かっている。好みも」


「ほかには?」


「あなたなら大丈夫と言われました。でも付き合っていることはほかの人に話さない方が良いとも言われました」


「そうか、確かに付き合っていることは会社では秘密にしておいたほうが良いかもしれないね」


「そうします」


ようやく、バスが来たので、二人で乗り込む。先頭に並んでいたので2人で隣り合わせに座れた。バスは15分ほどで水族館に到着した。


「初めて来たけど、水辺にあって落ち着いたところだね」


「私も初めて来ました。初デートにはいいところですね。お話がいっぱいできそうで」


「そうだね、もっと話がしたいね」


手を繋いで館内を見て回る。僕は魚がゆったりと泳いでいるのを見るのが好きだ。少し前まで部屋に水槽を置いて熱帯魚と水草を育てていた。仕事から帰って、水草の中を泳ぐカージナルテトラの群れと水草にからみつくヤマトヌマエビを見るのが好きだった。


1週間の海外出張が入って帰ったら、温度調節器の故障で全滅していた。これからも面倒が見られないことがありそうなので飼育をやめた。確かに生き物を飼うのは大変だ。まして、生身の若い女性と気遣いながら付き合うのはもっと大変だと思う。


「水槽のお魚は幸せなのかしら?」


「うーん、幸せじゃないかな。毎日餌が貰えるし、天敵に襲われる危険もないし」


「恋はできるのかしら?」


「複数入っているから雄と雌がそれぞれ何匹かはいるだろうから恋はできるかもしれない。でも魚の繁殖は難しいんだ。繁殖の環境が作れるかどうかだけど」


「詳しいですね」


「少し前まで熱帯魚を飼っていたけど、さすがに繁殖はできなかった」


「恋ができないなんて、かわいそうじゃないですか」


「自然界は弱肉強食で強い雄しか雌と結ばれないと思う」


「人間もそうかもしれませんね。勇気のある人しか恋人はできないかもしれません」


「僕は勇気を出したから米山さんと付き合えた。今はとっても幸せな気分だ」


「本当に今幸せですか? 私とこうしていて」


「僕はこのごろ幸せって本当に心の持ちようだと思うようになってきたんだ」


「それはどういうことですか?」


「この年になると、人間の欲望って限りがないのが分かってきた。良い大学に入れれば幸せと思っていても、大学に入ると、いいところに就職できれば幸せと思うようになる。ようやく思うところに就職しても、部長になれたら幸せなんて思うようになる。本当に欲望には限りがない。これから先にもっと幸せがあると思ってしまう。でも違うと思うようになった」


「私は今が一番いい時で、今が幸せと思うようにしています」


「僕もこの頃そう思うようになってきた。今振り返ると学生時代はとても幸せな良い時代だった。でもそのころはそれが分からなくていつも不満が鬱積して閉塞感でいっぱいだった」


「今は良いところも悪いところもあるけど、それを受け入れて、今が一番いい時で幸せだと思うと、心が落ち着いて安らぎます」


「僕も同じ思いだ。米山さんと話していると心が安らぐのは、きっと君自身、今が幸せと思っているからなんだね」


「私も先輩と話していると、心が落ち着いて安らいだ気持ちになれます。同じ理由からかもしれませんね」


「僕も今が一番いい時で、今のこの時間を大切にしたいと思っている」


「同じです」


「水槽のお魚は幸せだと思います。だって、こちらを見ているお魚の目、幸せそうですから」


「そういえば、幸せそうな目をしているね。どう思ってこちらを見ているのかね? でも君の目も幸せそうに見える」


「今こうして先輩といることがとっても幸せだと思っていますから」


「それはよかった。僕も米山さんと付き合えてよかった」


「先輩、付き合っているのですから、米山さんは他人行儀です。できれば名前で呼んでくれませんか?」


「いいよ。由紀でいい? それより由紀ちゃんがいいかな?」


「どちらでもいいです。呼びやすい方で」


「じゃあ、由紀ちゃんで。それなら先輩もやめてほしい」


「私も名前で呼んでもいいですか? 仁さんとか」


「そう、仁さんと呼んでくれればいい」


「そうします」


それから、水族館の中をひととおり見て回ってから、レストランで食事をした。帰りは大森海岸駅から電車で品川駅へ、それから大井町駅へ戻り、二子玉川駅で途中下車してショッピングをした。


由紀ちゃんは自炊用の食料品を買うと言うので付き合った。そのうち食事に招待してくれると言う。ただし、少し練習してからと言われた。楽しみに待つことにしよう。明日は月曜なので4時過ぎに高津駅で別れた。久しぶりの楽しい日曜日だった。


由紀ちゃんが家に着いた頃にメールしようと思っていたら、先にメールが入った。


[今日は楽しかった。ありがとうございます。今幸せです]


すぐに返信。


[ありがとう。僕も幸せを感じている。おやすみ]


すぐに返信が入る。


[おやすみなさい]

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