第13話 緊急入院した!

次の週の木曜日の夜、同期二人と飲んだ。凛を失って自暴自棄になっていたのかもしれない。それで無茶をして飲み過ぎたんだと思う。終電で家についたら1時少し前だった。シャワーを浴びてすぐにベッドに倒れ込んだ。


午前3時ごろに腹痛がして目が覚めて、トイレに行くと下痢をしていた。トイレの中が赤く染まっているので出血しているみたいだった。ベッドに戻っても下腹部に違和感と不快感が残っている。


朝までほぼ1時間毎にトイレに行ったが、出血が止まらないみたいでトイレの中が赤く染まる。いやな予感がする。


6時ごろ、相変わらず下痢は続いているが、出るのは血糊のようなものだけになった。まずい、食中毒か? O157か? ノロウイルスか? ただ、吐き気はない。依然として下腹部に違和感と不快感がある。


病院で見てもらった方が良いと思い、9時前に会社に電話して、下痢がひどいので病院に寄って行くと、午前の休暇を申請した。


9時に溝の口駅の近くの病院へ駈け込んだ。ここは一度風邪で酷い咳が出て止まらない時にかかったことがあるので診察券を持っていた。待っている間に、同期二人に下痢はないかと電話で尋ねたが、二人とも異常なしとのことだった。運が悪い、僕だけだった。


朝早く行ったのと患者が少なかったので、すぐに診てもらえた。妙齢の美人の女医さんだった。3人で飲んだけど下痢したのは自分だけみたいだと話した。


血便が出ると言ったら、すぐに入院して絶食と宣告された。それから、採血され、心電図、胸部と腹部のレントゲン、便の検査などをした。


そのあと、看護師さんが病室へ案内してくれた。6人部屋だったけど、他に2人しかいないみたい。すぐに病院のパジャマに着替えて、点滴が始まった。入院も点滴もこれが始めてだ。


点滴を付けられると動くのが大変だが、この間も下痢は続いている。だから、点滴をつるす台を持ってトイレへ行かなければならないがとても動きづらい。相変わらず、血糊のようなものしか出ないけど、トイレ内が赤く染まるので不安だ。


会社にもう一度電話する。下痢が酷くて、血便がでるので、入院することになったと報告した。


主治医の女医さんがベッドに来た。急性腸炎との診断だった。当面、絶食で腸を休め、点滴をして栄養補給して様子を見ると言う。


ここまで来るともうなるようにしかならないとあきらめた。相変わらず、下痢は続いている。ただ、点滴をしているので、空腹感はない。


午後は少し眠れた。昨夜はほとんど寝ていなかった。ただ、下痢と出血は続いている。まあ、これがいい休養の機会で身体を休めようという気持ちになっている。


午後6時になると部屋の他の人には食事が配られて、食べる音が聞こえてくる。ただ、食欲は全くない。


6時半ごろ、突然、病室に地味子ちゃんが現れた。


「先輩、大丈夫ですか? 入院したと聞いてとんできました」


「ああ、米山さんか? お見舞いに来てくれたのか? ありがとう」


「どうしたんですか?」


「昨晩、同期3人で飲んだけど、僕だけ下痢して、急性腸炎とのことだ。感染性はないらしい」


「大変な災難ですね。食べ合わせが悪かったんですかね」


「出血が止まらないから、しばらく絶食で、このとおり点滴だとか」


「何かお役に立てることはありませんか?」


「それなら、申し訳ないけど、入院中に必要なものを家から持って来てもらえないだろうか?」


「私で良ければ喜んで。丁度明日は土曜日でお休みですから」


「これが部屋の鍵、ちょっと待って、住所の地図と必要な物は今メモに書いて渡すから」


「必要なものは分かりましたが、ある場所を教えて下さい」


「まず部屋に入ったら、玄関にあるスリッパ、洗面所でプラスチックのカップ、それから引出しにある洗面用具の入った旅行用のポーチ、別の引出しにそれぞれタオルとバスタオルがある。それからクローゼットを開くとプラケースがあるから、シャツとパンツを3枚ずつ、それと靴下、机の上にある携帯の充電器、台所の洗い籠の中に箸とスプーンがあるから」


「大体分かりました。それでは、明日の午前中にお部屋に取りに行ってきます」


「恩に着るよ。退院したらお礼に食事でも奢るよ」


「いいえ、いつもお世話になっていますので、お気遣いなく」


地味子ちゃんは帰っていった。わざわざ見舞いに来てくれるとは思わなかった。いい娘だ。そういえば彼女の住まいはこの近くの梶ヶ谷だった。


入院1日目の夜はとても長い。点滴しているので空腹感はないが、オシッコがしたくなる。そのたびに下痢もする。相変わらず出血が止まらない。ただ、下痢の間隔は少しずつ長くなってきている。


◆ ◆ ◆

土曜日の朝10時ごろに地味子ちゃんが紙の手提げ袋を持って現れた。


「おはようございます。頼まれた品物を持ってきました。これで間違いありませんか?」


「ありがとう助かった。病院に売店もあるそうだけど、この状態では買いに行けないからね」


「実を言うと、磯村さんのお部屋に入るの、興味津々でした」


「そこら中を見て回らなかっただろうね」


「言われたところだけですので、ご安心下さい。いいお部屋ですね。それにきちんと片付いていて、独身とは思えなかったです。でも、女性の痕跡は全くありませんでした」


「そういう風に言うところを見ると、相当に見て回ったみたいだね。でも本当にありがとう、助かったよ。一人暮らしはこういう時にはどうすることもできないのが身に染みて分かった。そろそろ身を固めることも考えないといけないかな」


「そうかもしれませんね。私も風邪を引いて寝込んだ時は不安になります。でも一人暮らしは気楽でいいですけどね」


「まあ、いいところもあるかな。人間、所詮、一人で生まれて一人で死んでゆく、孤独なものさ、それが分かっているから、米山さんのように助けてくれる人を大切にしたいと思っている」


「私も一人暮らしを始めてそう思うようになりました。磯村さんも随分私を助けてくれましたから」


「そうかな、それほどでもないよ」


「一人で地方から出てきて、同郷の先輩がいて随分心強かったです。感謝しています。鍵をお返しします。明日の午後にでもまたお見舞いに来ます。必要なものがあったら電話してください」


「ありがとう」


地味子ちゃんは帰って行った。話していると心が休まる。いい娘だ。それから午後4時ごろにはようやく出血が治まった。やれやれ。

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