地味子ちゃんと恋がしたい―恋愛に怠惰な僕が地味子ちゃんと恋に落ちるまで

登夢

第1話 地味子ちゃんからの恋の相談!

地味子ちゃんが僕に相談したいことがあると内線電話をかけてきた。入社2年目の彼女の本名は米山よねやま由紀ゆき。入社後半年の研修を終えて隣の研究開発部に配属されていた。


僕は磯村いそむらじん、企画開発部の課長代理、入社12年目。入社後5年間は研究所で新製品の研究開発に携わっていたが、7年前に本社へ異動してきた。今は新製品の企画開発のプロジェクトマネージャーをしている。


地味子ちゃんが研究開発部に配属になった時にプロジェクトの関係で挨拶に来たが、言葉のなまりから同郷で大学も同じ理系の学部の10年後輩だったことが分かった。


それからは、仕事のことや身の回りのことなどを何かと相談されるようになった。こちらはこれでも独身男性だけど10歳以上も歳が離れていると、もうただのオッサンと認識されているようで少し寂しい気もしている。


「先輩、ちょっと大事な相談があるんですけど、聞いてくれますか?」


「いいけど、今日は仕事が早く終わりそうだから、6時にビルの出口で待ち合わせるかい?」


地味子ちゃんはビルの出口から少し離れたところで待っていた。地味子ちゃんと言うのは僕が勝手につけたニックネームで、セクハラになりかねないから、直接、彼女を「地味子ちゃん」と呼んだことは一度もない。彼女は配属された時からすごく地味な娘だった。外で立っていても地味で全く目立たない。


今でもリクルートスタイルをとおしているし、色気より食い気なのか、顔は真ん丸でコロコロに太っている。それに大きめの黒縁のメガネ、太めの眉毛、化粧もほとんどしていないみたいだ。ヘアサロンには時々は行っているみたいだけど、いつも髪を後ろに束ねているだけだ。


趣味や習い事は特にないみたいで、今は仕事に一生懸命のようだ。いつもニコニコしていて、性格もいいし、仕事はまじめに的確にこなしているみたいで、リーダーの受けもいいと聞いている。


ただ、一見して地味で色気がなくて、デートに誘ったり一緒に歩いたりしたくなるようなタイプではない。だからこちらも気楽に付き合えて相談にものってやれる。先輩、先輩と言ってくるので、面倒も見てやっている。


僕には妹はいないが、まあ、不細工な妹を持った兄のような心境だ。不細工な妹は可愛いというか、もう義務感で面倒を見てやっている。


「知っているスナックがあるから、そこで軽く食べて飲みながら話を聞こうか?」


地味子ちゃんは先輩の僕をすっかり信用しているので後ろから黙ってついて来る。ビルのある虎ノ門から地下鉄で表参道へ向かう。表参道の大通りから少し入った行きつけのスナック『凛』へ入る。まだ6時半位だから客が誰もいない。


「ママ、紹介するよ、同じ職場の後輩の米山さんだ」


「初めまして、ママの寺尾てらお りんです」


名刺を差し出す。ママは地味子ちゃんを見て微笑んでいる。二人の間には疑いもなく何にもないと分かると見える。


「素敵なママですね。私はこんな女性になりたいんですけど」


「ええ? 相談って何? まあ、何か食べよう。軽食のメニューだけど何がいい? 奢るよ」


「じゃあ、オムライスをお願いします」


「じゃあ、ママ、オムライスを2つ、それから二人に水割りを作って下さい」


すぐに水割りを作ってくれた。それから、しばらくしてオムライスが出てきた。一口、口に入れるととてもおいしい。


ここでオムライスは初めて食べたが、ママの料理はどれも味付けが良くておいしい。地味子ちゃんもおいしいと見えて黙って食べている。これでようやくお腹が落ち着いて来た。


「ところで相談って何?」


「思い切って言います。私、先輩の隣のグループのカッコいい新庄さんが好きになってしまいました」


「仕事一筋ではなかったのか?」


「そうなんですが、このごろは仕事にも慣れてきて、週末にショッピングに出かけると、カップルの姿が目について」


「男性に目が向くようになった?」


「はい、少し寂しいこともあって、時々廊下で会うので素敵な人だなと思うようになって。こんな気持ちは初めてなので、どうしていいか分からなくて?」


「そういうことは、同性の先輩か同僚に相談するものじゃないの?」


「周りに相談できる女性の先輩も友達もいなくて」


「直接、新庄君に言えばいいじゃないか」


「それができるくらいなら先輩に相談なんかしません」


「そりゃそうだな」


「以前、誰かの合同送別会があった時に、友人がどんな感じの女性が好きか聞いてみたそうです」


「それでどうだったの?」


「女優の『綾瀬はるか』だそうです。もう無理です!」


「まあ、そうかもしれないけど」


「でもあきらめきれないんです。何とかならないかと思って」


「このままでは何ともならないし、何ともしようがないね」


地味子ちゃんは思いつめると仕事でもなんでも猪突猛進、一途で分かやすい。でもそこが良いところでもある。真剣に僕を見つめて頼んでいる。


でも近くで顔をよく見ると、結構見た目よりも可愛いのかもしれない。色白で、目は二重瞼だし、鼻も低くない、口も小さめで可愛い。


ただ、顔が真ん丸で少し大き過ぎるかな。それに顎の下に肉がついているし、首も太い。健康的と言えば健康的だけどちょっと太めだ。身長は僕が170㎝だから150㎝位か? 小柄だからなおさらコロコロした感じで『綾瀬はるか』から遥に遠い感じがする。


「うーん、僕が協力できるとしたら、ダイエットの指導くらいかな?」


「ダイエットですか。これまであまり気にしていなかったです」


「まず、今は見た目が健康的すぎるから、少しスリムになったらどうかな。今の若い男はスリムな女の子が好きみたいだから」


「先輩はどうなんですか?」


「僕もどちらかというと丸まると太っている娘よりも普通か、少し細目の方が良いかな、でも痩せ過ぎているも好きじゃない」


「私、父親と二人暮らしだったので、あまりそういうことに関心がなくて。高校生の時は大学受験で精いっぱいで、大学でも男子学生が多かったから、あまり気にしませんでした。入社して周りの女性がスマートなので驚いていました」


「そういうことか。今は気にしないで結構好きなものをお腹いっぱい食べているんじゃないのかな」


「会社が生活の中心ですので、余り考えないで食事をしています。今はお金も自由になって食べたいものが買えるので」


「だから少し過食気味になっていると思う」


「どうすればいいんですか?」


「朝、昼、晩の食事を規則正しく摂ること、お腹いっぱいになるまで食べないで腹8分位にすること、炭水化物、脂肪、たんぱく質、ミネラルをバランスよく食事に入れること位かな。それと間食は取るにしても午前10時と午後3時に少量だけにして、夜食は原則なし。これに気を付ければ徐々にスリムになってくるし、楽に続けられると思う」


「そんなには難しくはなさそうですね」


「僕はこれを気にかけているから、入社以来、体重の増加はほんの僅かで、スーツも同じサイズだ」


「分かりました。言われたとおりに今日から早速やってみます」


「今日からと言うところがいいね。毎日の3食と間食など食べたものを書き出すといいと思う。それを見て直すべきところを教えてあげる」


「お願いします」


「それから、衣料とか、化粧とかは同期の野坂さんに教えてくれるように頼んであげる」


「あの広報の野坂さんですか?」


「ああ、同期で時々飲んだりしているので頼んでみてあげる。都合がつくときにショッピングにでも付き合ってもらうといい」


「お願いします。あの野坂さんなら指導者として申し分ないです。是非頼んでみてください」


「じゃあ、ダイエット頑張ってみて、できるだけ力になるから」


「お願いします」


「それに加えて必要なのは運動だ。朝起きたらベッドの中で、すぐに腹筋30回、腕立て伏せ30回以上はすること。出勤時は一駅手前で降りて、徒歩で出社すること。帰りも同じに。それから」


「まだあるんですか?」


「歩くときは腹式呼吸で、お腹が引き締まるから」


「先輩もこれ全てしているんですか?」


「ああ、いつも気にかけて実行している」


「先輩がスマートなのが分かりました、規則正しい食事と運動ですね、絶対にやり抜きます」


「じゃあ、ここらで引き上げるとするか?」


「ママ、お会計をお願いします」


「もう、おかえり?」


「今日は後輩の相談を聞くために場所を借りただけ、また来るから」


「お待ちしています」


まだ、時間が早いし、このまま一人ここに残るわけにもいかないので、日を改めることにして、今日はこのまま帰ることにした。


地味子ちゃんとは帰る方向が同じなのが分かっている。住まいは極近くで2駅向こうの梶ヶ谷だと聞いている。


高津で先に電車を降りたが、地味子ちゃんは意を決したかのように真剣な顔つきで帰って行った。

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