メルヘニ 〜Märchen Niedermetzeln〜

みやざきよう

プロローグ ――栖より


すらりと伸びた雪のように白い指先は、まるで旋律を奏でるかのように、その本に記された文字列をうっそりとなぞった。

恍惚とした彼の瞳は、黒曜石の万華鏡と喩えるべきか――兎に角、暗い色を湛えているのに、けれども人の目線をしかと捉えて離さない。まさに魅了という言葉が相応しいだろう。

彼の付き人であるアゼルは、表情を崩すことはなく、けれども確かにそう思った。


「頼みがあるんだ、アゼル」

「わが主、何なりと」

そう応えると、彼は硝子の鈴が跳ねるかのような奇麗な声を潜め、くつくつと笑う。

「そろそろ新しい友だちが欲しくてさ」

白絹の髪を揺らしながら彼は、1枚の写真をどこからともなく取り出した。

そこに刷られていたのは、特段うつくしくも醜くもない、どこにでも居そうではあるが、けれどもそれにしては存在感が余りにも鈍らすぎる、ひとりの少女であった。

「彼女を迎えに行きたい。同行してくれるかい?」

この娘を? アゼルは思わず顔を顰めた。

我らが主である彼が態々足を運んでまで迎えに行くほどの価値が、この変哲もない凡庸な娘ごときにあるとは到底思えない。

彼のやらんとする事が分からぬ男は、語気をやや強めて進言する。

「主よ、貴方様が御足労に及ぶ必要はありません。お望みであれば、直ぐにでもこの私が連れて参り――」

「きみは随分と出迎が手荒なようじゃないか、ウアーリンがぐずっていたよ? 今回は特に慎重に行きたい、だからあくまでもきみは僕のボディガードに専念しなさい。いいね」

沸き上がる疑問の念を懸命に抑えて、アゼルは震える唇で是と答える。

そんな忠実な臣下の様子を見た彼は、目尻を細め、誰をも誑かすような甘い表情でうっそりと微笑んだ。


……彼が誰かに己の掌の内を語ることはない。私は愚かな臣下だから、その真意は露ほども分からない。

けれどこのうつくしい方に付いて行くことこそが何よりも正しく、そして至上であると、アゼルはそう信じて疑わないのであった。

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