第9話

 ある朝、ダンにとっては久しぶりの休みで、微睡みの中からテレサの声で眼が覚める。

「あなた、懐かしい方がこれからいらっしゃるそうなの。誰だと思う?」

 少しふざけながらテレサは楽しそうだった。

 ダンは寝ぼけながら面倒臭さそうに答える。

「君が意地悪く笑う時は俺が苦手なやつだろ?最悪はレディで、ちょっとましはロックスのおやっさん。…あぁ、ミドウの線もあるな。」

「ふふふっ最後に出て来るなんて仲良しなのね。私達の結婚式以来よ。あの真面目なイケメンさんまたお会いしたかったの!」

 テンション高めのテレサをなだめながらダンは体を起こす。

「あいつが俺の休みの日にわざわざ来るなんてよっぽどの事態なんだよ。プライベートの付き合いが出来るような楽しいやつじゃないからお前も浮かれるなよ。俺はたまの休みにあの細い銀縁眼鏡の奥の冷めた目に見つめられるのか。」

「ダンとは全く違うタイプよね!ミドウさんってあの若さで官僚なんでしょ?王子様みたいで素敵だって同期のサラも言ってるわよ。」

「久しぶりの休みの旦那に随分じゃないのテレサさん。サラみたいに独身拗らせてナインになったようなやつの言うことを真に受けるな。あいつには全人類が王子様だ。」

 テレサはダンの頰を両サイドから押さえる。

「サラは理想が高いだけよ。女性のナインはレディに次いで世の女性の憧れなんだから!さぁ、あなたもとっとと着替えて準備しておいてね!」

 渋々着替えをし始めるダンは、突然のミドウの来訪に胸騒ぎを覚えていた。

 ミドウは訓練生としてはダンの後輩にあたり、両親が官僚のエリートで昔から人とは一線を置くタイプの人間だ。身体能力の高さからいえば、ナイン入り出来る素質は充分にあるのだが、親と同じレールを歩いている。ナインは基本拒めず、能力の高さから選出される。テレサのように家庭に入り子をなした者は例外だが、ミドウに関しては、親の力と見ている者が大半だ。


 時計の針が13時を過ぎた頃〝ピンポーン〟と呼び鈴がなり、インターフォンには細い銀縁眼鏡をかけた痩せ型の男が映し出されていた。ミドウだ。

「ミドウさんですね。主人がお世話になっております。どうぞ中へお入りください。」

 テレサは笑顔でミドウを迎い入れる。

「家族団欒の日に申し訳ございません。今日中に済ませてしまわなければなりませんので、お邪魔致します。」

 挨拶を済ませると、履いていた靴の向きを整えテレサに土産物を渡した。

「まぁ、お気遣い下さいましてありがとうございます。ここのケーキ私大好きなの。珈琲お好きだと伺ってますので淹れますね。」

 奥のリビングに案内すると、リコを抱き抱えたダンがソファーに腰掛けていた。

「よぉミドウ!相変わらず時化た面して人の休みに何のようだこの色男。」

 ダンは笑いながらミドウを迎える。

「あなたのそのストレートさに私は救われますよ。官僚ともなると軽口を聞いてくれる者もおらず寂しい思いをしていたもので。」

 ミドウは眼鏡を外して意地悪にダンに言い返す。

「お前のその性格は官僚向きだわな。ラーゴが経費を使い過ぎると後輩に叱られたと嘆いてたぞ。」

「あの人はタイムマシンでも作る勢いで予算上げてきますからね。あなたのように直感で生きていこうとしないだけ、他のナインと比べても共感しているつもりですが。」

「相変わらず硬いねお前は、まぁテーブルの方で話そうぜ。よっと、リコちゃんはこっちですよ。」

 リコをサークルの中に入れミドウと向かい合わせの席に座る。やがて、テレサがお土産のケーキと珈琲を運んできた。

 ミドウは珈琲をひと口含んでから話し始めた。

「まず、落ち着いて聞いて頂きたいのですが、お二人の同期にあたるナインのサラが昨日殉職致しました。」


 ガシャーンッ


 テレサが棚から取ろうとしていた食器を豪快に落とし、音にびっくりしたリコが泣き出し始めた。

 ダンは目で合図し、テレサはリコと部屋を後にする。二人の姿をミドウは目で追いながら話を続ける。

「あなたの異動のきっかけにもなりましたKATZE担当のビョークの死と状況は似ています。発見までの経緯を辿るとこうです。まずモニター部より連絡が入り、サラのGPSが13区外に出たとの報告がありました。彼女は命令無視はする人でしたが、責任感のある方ですので、すぐに部隊に連絡を入れると任務遂行中に隊員一人が行方知れずになり彼女はそれを追っていたとの事でした。直ぐに本部に連絡をとり、捜査チームを派遣しました。夜になり発見された時、鎖に両手をサイドから繋がれた隊員は、口を頑丈に固定され声を出せない状態にされており、正座させられていた上に彼女は首だけの姿で見つかりました。」

 ミドウはまた珈琲に口をつける。

「あいつとは共にBADの担当だったが、そう簡単にくたばる玉じゃないんだがな。残念だ。」

 ダンは下を向き歯をくい縛り、込み上げてくる怒りと虚無を押さえつけた。

「確かにあなたの言うようにサラさんは簡単にやられるような人ではなかった。周りにはBADの死体が何体もあり、血の臭いが凄かった。残された隊員とサラさんは特別な関係にあったようです。彼の話では囚われた自分を見てサラさんは攻撃の手を一瞬緩めたと…。私の仕事には現場検証及び処理、そして速やかな終息も含まれます。あなたもご存知の通り政府側により近いところに私が置かれているのはロックス総帥の意志です。」

「で、終息する為に俺が必要だと。お前が表に出て来たんだ。事態は簡単ではないんだろ?サラはまぁ面食いだったから男の股で逝けたんだったら本望だろうよ。あいつをからかえなくなるのは寂しいが、ナインってだけでまともな死は迎えられないからな。」

「その通り、奴らは今回ナインの死体を計2体手に入れました。GPSもIDも手に入れた事になります。生体反応がなくなるとそれらもやがて使い物にならなくなりますが、彼らの研究技術がどこまで進んでいるか分かり兼ねますね。問題は今回KATZEとBAD二か所で同じような事件が起きたということです。どう見ますか?」

「天使の悲劇か。でもあれはセキュリティの整備自体が甘い時代の話だぜ?奴らが共闘したとして統率がとれるような連中ではない。恐らく一部の世代で目的意識が一致してるとみて間違いないな。狙いはナインか?」

「今回いなくなっているのはもう一人います。あなたのかつての部下です。」

 ダンの表情が険しくなる。

「新しいナインは誰だ?サラは手練れだ。新人を入れてるはずだろ。」

「はい、まだ経験が浅く事態を任せられる程の力はない。私の腹違いの弟レントです。」

「お前に弟がいるなんて聞いた事がないが、何か事情があるんだろう。実力は問題ないだろうが、新人には辛いな。俺はいつ発つ?後任は?」

「上層部はKATZE討伐に対してのあなたの功績を非常に評価しており、異動の命は出ておりません。今回行方不明になった隊員はお偉方の親戚筋にあたるので、生死の有無は問わず見つけて頂きたい。誘いに乗る形になり危険が伴う任務です。KATZE側のあなたの抜けた穴は軍で賄いますので、出発は今直ぐお願いします。」

「わかったよ。ちょっと身支度と家族への挨拶を済ませて来る。うちのカミさんとサラは親友でな。あいつ今頃部屋でグチャグチャだ。」

 ミドウは静かに手をドアの方へ向け、冷めた珈琲に手をつけた。


 子供部屋の奥からテレサの泣き声が聴こえる。ダンが扉を開けると泣き疲れた表情のテレサが座っていた。その横では無邪気にリコがボールを転がしている。

「行くのね。」

「君は察しがいいね。サラの仇は俺がとるよ。」

 ダンはテレサを抱きしめると、続いてリコを持ち上げる。リコはボールから手が離れてしまい不機嫌にダンの顔をはたく。

「うちの姫は元気いっぱいだな。泣き虫なママを頼んだぞ!」

 リコの頰に無理やりキスをし、ダンは部屋を後にする。


「準備が出来たようですね。下で車を待たせてあります。行きましょう。」

 まさかこんなに早くBAD側に戻る事になるなんて、ダンの胸中は同僚の死を受けたこともあり混乱していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

9HEAD 綾野 遊美 @konaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ