第2章 10話 焦燥

「!!!」


一体なにが!?


自分に何が起こったか全く分からなかった。

後少しで悪魔に止めを刺すだけだったのに、一体全体何なのこれは!!


身体を懸命に動かそうとしたが、その瞬間全身に激痛が走り

意識が飛びそうになった。


身体を動かせない!?


悪魔の仕業、それとも別の何か?


もしかして敵の増援?


この怪我が治るにはどれくらい時間がかかる?


様々な考えが頭の中を駆け巡り、思考を上手くまとめられない

焦る気持ちばから空回り、それが余計に思考の混乱を招いた。




「おや、あの一撃を受けてもまだ息があるのですね? はっはっはっ、すばらしい!

 流石不死身の化物ですね!」


「すばらしい! なんとすばらしい!」


それはニスロクの声だった。


なんとか声する方向に顔を向けると

あの芋虫状の塊の上に、人間の姿だった時のニスロクが立っていた。


いや、違う…。


立っているというのは、少し変だ。

杏華は血で霞む目を凝らしてニスロクの姿を凝視した。



「生えてるの?」


そうだ、人間の姿なのは上半身のみだ。

腰から下はすっぽりと芋虫状の身体に埋まっていた。


まるで芋虫の身体から生えた様に…。



「そうでなくてはいけません。

 何故なら、あなたにはもっと楽しませて頂かなければならないのですから!」



その言葉とともに、地面に横たわる杏華の上に何かが振り落された。



「がはっつつ!!」


杏華の身体はその衝撃で弾け飛んだ。


その浮いた身体に、再び何かが飛翔し更に杏華の身体を打ち上げた。

それはニスロクの触手だった。


だがその太さはこれまでの物の数倍あり、先端は様々な器具融合した凶悪な姿となっていた。それは複数の触手が絡まり合い巨大な触手と化したものだった。


巨大な触手は自身の本体から少し離れた通路の床から生えていた。


そこは先ほど杏華が突撃を行った進路の真下だった。

悪魔は杏華が突撃してくるのを待ち伏せ、必殺の一撃を放ったのだ。



「あはははは、下等な人間風情がこの私に勝てると思いましたか?

 なんたる傲慢、なんたる思い上がり!」


「身の程を弁えない愚か者には、私自らその報いをさしあげましょう!!」



一つに絡まりあった触手は、再びほどかれ無数の触手に戻ると

地面に寝そべった杏華に躊躇ない追撃を行った。



凄まじい勢いで禍々しい凶器が振り下ろされ

杏華の身体は、体液を巻き散らしながら真っ二つに千切れ飛んだ。



バラバラになった杏華の身体は、それでもなお痙攣し

未だにその生命が終わっていない事を示した。



魔法の守りは失われ、胴から下は千切れた内蔵がはみ出ているだけで、もう自力で動く事すらできない状態だった。



既に痛みの感覚は失せ意識も朦朧として、ニスロクの言葉を聞いても何も感じなかった。


「おや、すこしやりすぎましたか?

 まだお楽しみはこれからなのですけどね…。」


ニスロクは薄い笑みを浮かべると、ピクリとも動かなくなった杏華の頭を触手で掴みあげた。



「おや、酷いありさまですね。

 もう死んでしまいましたか?」



杏華を自分の目の前まで持ち上げてくると、その顔の覗き込んで言った。

すでにその顔に生気は無く、顔の半分は肉が抉れていた。


「意識を失っているみたいですね。

 これでどうです。」


そう呟くと掴んだ頭を揺さぶりはじめた。

その刺激に反応したのか、身体が小刻みに痙攣し始めた後に激しく咳き込んだ。


咳き込む杏華を見てニスロクは満足げに微笑んだ。


「お目覚めですか御嬢さん。」



ニスロクは先ほどまでの怒気を収め、優雅に尋ねた。

だが、その表情はこれからする行為への期待で残虐に歪んでいた。


「…」


杏華は薄らと目を開けたが、その表情は虚ろで自分の現状を把握できていなかった。



ぼやけた視界が少しづつ鮮明になると、自分の目の前に見える異形の姿を見て

自分が絶望的な状況だという事を理解した。



「あ゛ぁぁぁぁぁ」

喉に空いた穴から空気が漏れ、声にならない絶望の叫びが自然と漏れた。



「どうやらこの勝負、私の勝ちのようですね。

 今のあなたには、もう私に抗う手段はありませんよ。」



勝ち誇るニスロクの言葉は、杏華や囚われた人達の運命が決してしまったという事を意味した。



杏華は感覚の無くなった自分の身体の状態を把握しようと、唯一動かす事のでる目と首で懸命に探ったが血で曇った目からわずかに見える自分の身体は、絶望的状況だった。


あのナイフさえあれば!


先後の希望にすがるように腕の先を凝視したが、手首は千切れドス黒い血が滴っているだけだった。


「…」


最後の希望が絶たれ、杏華は力なく首を垂れた。



「さて、先ほど私を散々いたぶっていただいたお礼をしなくては。」


ニスロクは別の触手杏華の目の前に突き出した。

触手の先端には針のように鋭い突起がついており、それを杏華の半開きの目の前にかざした。




「あなたと違い、私は不死身ではないのですよ。

 そんな私の身体を散々切り裂くとはなんたる非道!」



「魂無きゾンビのごとき人もどきが、あの方にお仕えする高貴な私に痛みと恐怖を与えた罪!」


これからの行為への期待と興奮が紳士の仮面をはがし

どす黒い本性に相応しい醜悪な姿を晒していた。

  

杏華を鷲掴みにした触手が杏華の瞼を強制的に開かせると

鋭い触手の先端を目に突き刺すため徐々に近づけた。



「あ゛あ゛あ゛あ゛………」


恐怖と絶望で声にならない声が溢れ出し

自分の目を貫こうとする触手を避けようと必死にもがいた。



「ふふふ、いいですね。

 やはり人間はこうでなくては。」


「恐怖に満ちた表情と声は、最高の調味料(スパイス)です。」


ニスロクは満足げに呟くと、唇を舌で舐めた。



「是非この甘美な食材を、あの方にも味わっていただきたいものです。」



針はついに杏華の目の寸前までに達した。

杏華の目は恐怖で涙が溢れた。



「生きたまま全身の皮を剥ぎ、筋肉、内臓を切り離さずに丁寧に取り出す。

 ハーブやレモンでさっと味付けして、そのまま齧り付く。」


「ふふふたまりませんね。」



ニスロクは自身の目の前であふれる杏華の涙を、長く伸びたしたで味わいながら言った。


その言葉と同時に杏華の眼球に針の先端が触れた。



「おっと、勝利宣言はまだ早いんじゃないかな?」

 聞きなれた声が通路の奥がら聞こえた。



次の瞬間杏華の目を串刺しにしようとしていた触手は、何かに吹き飛ばされ消えた。


「おっと、落し物を返そうと持ったが手がすべた。」



触手を吹き飛ばした物は、そのまま天井に突き刺さった。

それはメフィストが杏華に渡したナイフだった。



「渡しておいてなんだけど

 あれは結構貴重なアイテムだからね、できればもっと大事に扱ってほしいな。」

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Deus vult(デウス・ウルト) puny @puny

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