第2章 第9話 死闘


ドッス!


杏華が落下した先は何か分からないが柔軟性のある物体の上だった。



落下した反動で、再度宙に放り出されたが

何とか脚から地面に軟着陸できた。



「はあっ。」

落下から無事だった安堵で、思わずため息をついた。



「ここは一体?」

気を取り直して周囲を確認すると、そこは巨大な空間だった。



広さはサッカーや野球ができそうなほどあり、周囲は岩の壁に囲まれていた。

天井はドーム状になっており、崩落した通路の穴から微かな明かりが漏れ周囲を照らしていた




「ここには荘厳な宮殿を作るための予定地なのですが…。」


ため息まじりの声が聞こえ、そちらを向くと

巨大な物体が、むくむくと起き上がった。



それは巨大な芋虫にしか見えない怪物だった。



太い胴体の下には無数の短い脚が生え、身体の上部からは

長い触手が何本も生えていた。



それは昔本でみた寄生虫に取り付かれた毛虫のようだった。



「まあいいでしょう。

 ここならこの身体を思う存分使えますしね。」



その声とともに、何かが空気を切り裂く音がした。

杏華は本能的に危険を感じ素早く背後に飛んだ。



次の瞬間すさまじい音と共に、さっきまで杏華が立っていた場所に何かが突き刺さった。



もしあの場所にいたら、間違いなく身体を貫かれていただろう。

その凄まじい威力に背筋が凍った。



その破壊をもたらした物は、長くうねった触手の1本だった。

その触手は、変貌したニスロクから無数に伸びていた。




間髪いれず別の触手が次々と襲いかかってきたが

ニスロクから一気に距離を取る事で全てを躱した。



幸いこの空間は広いので、触手の射程外に難なくでる事ができた。


安全な場所から改めてニスロクの姿を観察すると

無数に伸びる触手の先端はどれも調理器具を思わせる形状をしていた。



それは杏華を肉片に解体しようと、空中で待ち構えていた。


「調理器具ってこうみると凶悪よね…。」

普段あまり家事の手伝いをしないので、見慣れない分余計にそう思えた。



そんな緊張感の無い事を考えていたが

ズズズッという何かが擦れるような嫌な音で現実に戻った。



その音はやはりあの芋虫状の化物が出したものだった。


胴の下に生えた無数の小さな足が蠢いており

これで巨大を伸び縮みさせ、移動しているだ。



触手の長さには限界があるようだが

本体が移動できるなら、この場所も何時までも安全では無いという事だ。



再び移動して触手の射程から遠ざかるが、それにも現界があった。

いくら広い空間といっても、いずれは岩の壁で塞がれてしまうだろう。



あんな巨大な化物との戦いはできるだけ避けて逃げまわっていたいが

残念ながらここは相手の本拠地だ、いつ増援が来てもおかしくない。



一対一の今に勝負を決したほうが勝率が高いかもしれない。



だけど、巨体な上に見た目も最悪だ。

できればあんなのに触れたくないが、戦うとなればそうも言っていられない。



尻込みする気持ちに、なんとか喝をいれようとするが

あの形状は本能的に怖気がしていまい、身体に上手く力が入らなかった。




そんな杏華の気持ちはお構いなしに、化物はずるずると這い寄ってきた。

身体から生える無数の触手は高く振りかざされ、杏華が間合いに入った瞬間に襲いかかってく


るだろう。



まだ射程には余裕があると思っていたが

その中の一本が突然襲ってきた。



早い!


まだ距離的に届かないと思っていたが、念のため大きく後ろに下がった。

案の定攻撃は、さきほどまで自分がいた場所を貫いた。



どうやら思ったより射程範囲は広いみたいだ。



「それにしても…。」

触手の射程も気になるが、それ以上に自分の身体能力が気になった。



前回の悪魔との戦いの時は、そこまで深く考えなかったが

今の自分はあきらかに異常な身体能力があった。



今も少し後ろに飛んだつもりだったが、その数倍の距離を移動していたのだ。

ニスロクに突撃した時もそうだが、変なギアが入ると想像を超えた力が出るらしい。



この力を使いこなせば、あの触手を躱して本体に攻撃できるかも…。



そう考え唾を飲み込んだ。



「このまま待っていてもジリ貧よね。

 だったら…。」


試してみなくちゃ!



そう思った瞬間、杏華は化物の巨体目がけて跳び出した。



その行動は相手も予想してらしく、突撃した杏華目がけ次々と触手が襲いかかってきた。



だが、その攻撃は杏華のスピードにはついてこれず

触手の攻撃が見えた後に、回避行動をとれば余裕で避ける事ができた。



「これなら!」



2回目攻撃と3回目の攻撃を避け、相手の本体を目指す。



すかさず次の攻撃が同時に3本がくるが、これも大きく横に跳躍して回避。



「いける!」


スピードを殺さないように、そのまま相手の本体との距離を詰める。

まだ使っていない触手が連続で飛来するが、そのことごとくを回避した。



だが、ここに来て相手は検討違いな場所に攻撃を仕掛けてきた。



「どこを狙っているの?」

杏華は少し可笑しくおもったが


次の攻撃を回避した時、回避先を先回りした触手が襲った。



「先読みされた!」

相手がどうして無駄打ちをしたか分かったが、後と祭りだ。


寸前で身体を無理に捻り、なんとか急所は避けたが

触手についた刃の一部が脇腹を掠めた。



「ぐはっ!」

腹を抉られる感覚に脚が止まり、地面の上に倒れ込んだ。



これは悪魔にとっても予想外だったらしく

次の攻撃は倒れた杏華ではなく検討違いな場所を襲った。



この隙に杏華は地面を転がる様に飛び起きた。



「一旦距離を取らないと!」


次々の襲いくる触手攻撃をジグザグに飛び

必死に痛みをこらえて触手の範囲外に逃げた。




数回の跳躍をした所で、悪魔からの攻撃がなりを潜め

射程範囲から脱した事を理解した。



ニスロクとの距離は100Mちょっとといった所だった。



ニクロスに注意を向けたまま痛む場所を確認すると

攻撃を受けた脇腹は、服の一部が切り裂かれていたが肉体に外傷は無かった。



既に痛みも引き、戦闘への支障は無さそうだ。


どうやらメフィストのくれたこの服が

攻撃の威力を大分軽減してくれたらしい。



「そういえばあいつは!?」


周囲を見渡したが、メフィストの姿はどこにも見えなかった。



もしかして悪魔の下敷きになったのかも…


そう思ったが、あの時はメフィストは自分達より

大分離れた場所にいたから大丈夫だと思い直した。



ニスロクの方を見ると、再度巨大な身体をこちら目がけて蠢かせていた。


「やれやれ手間を取らせないでください。

 どの道ここには逃げ場所はありませんよ。」


無数の触手をジェスチャーの様に動かしながら言った。



たしかにこのまま逃げていても拉致があかない。



自分に勝機があるとしたら、あの触手を躱し本体を潰すしかない。

幸いこの服なら多少の攻撃は耐えてくれそうだ。



ならここは覚悟を決めて突撃するしかない…。

ナイフを持つ右手を固く握りしめた。



ニスロクが変身する前に加えた攻撃は、軽い一撃だったのに相手に大ダメージを与えた。

このナイフの攻撃なら、なんとかなるかもしれない。



「なら…」



杏華はニスロクがこちらに這い寄ってくるのをじっとまった。



「どうしました?

 もう諦めたのですか? 私はそれでもかまいませんが…。」


触手の間合いに入っても微動だにしない杏華を訝り

ニスロクは問いかけた。



「…」



杏華は無言でニスロクを睨み返した。



「ふむ、大事な食材をこれ以上痛めるのは料理人として気がひけます。

 これ以上抵抗しないと約束していただけるなら、他の方々を解放してもよろしいですよ?」



そう言いつつ、無数の触手が攻撃態勢に入ったのが杏華には分かった。



「そう、だったら降参してもいい…」


杏華は両手を上げて降伏の意志を示そうとした時

無数の触手が一斉に襲いかかってきた。



だが杏華は一歩も動かなかった。



触手は杏華を取り囲むように地面を貫いた。

そこは杏華がどの方向に逃げても潰せるように先読みした場所だった。



「なんと!」

てっきり跳躍して回避すると思っていたニスロクは、微動だにしていない杏華に驚いた。



「なんていうわけないでしょ!!」


そう言い捨てると、地面に突き刺さって動きの止まった触手を

次々とナイフで切り払った。


触手はナイフに触れた瞬間、触れた場所を中心に大きく抉られ消滅した。



「ぎゃああああああああああ」



ニスロクが激痛で悲鳴を上げると同時に、何か熱い何かが身体にあふれるのを感じた。

それはメフィストが魔力を注いでくれた時と同じ感覚だった。



その感覚に一瞬戸惑ったが、今はそんな事を気にしている暇はないと

ニスロクの本体目がけて跳躍した。



ニスロクの触手は消滅した物を含め、地面に突き刺さっていたため

悪魔本体と杏華の間を阻む物はなかった。



数十メートルの距離を一瞬で駆け抜けると、巨大な本体に肉薄した。



「ちっ!!」


ニスロクはまだ健在な触手を地面から抜くと

自分に向ってくる杏華の背後を狙って、もうスピードで打ち出した。



背後から自分を狙う触手の存在に気がついたが

その触手が届くよりも早く、無防備な本体を狙った。



あの分厚い肉の塊にナイフ程度で太刀打ちできるのかという不安はあったが

触手を抵抗なく切りはらえたこのナイフの力を信じた。



あと少し!


目の前に迫った巨体に、恐怖を感じたが無理やり心を奮い立たせた。



次の跳躍に合わせてナイフを突き立てる!

ナイフを握る手に力を籠め、切り裂く部分を注視した。



「今だ!」


最後の跳躍は、これまで以上の力を込めて踏み切った。

杏華の顔の肉は激しい空気の抵抗をうけ歪んだ。



「くらえ!!!!」

杏華は空気抵抗で声にならない叫びをあげて、勢いよくナイフを突き出した。



「馬鹿目! かかったな!!!!」


ニスロクの勝ち誇る声が響き

その声が終わらないうちに、胴体の一部が盛り上がり一瞬で巨大な咢に変貌した。


左右に大きく開かれたその咢は、鋭い牙が無数に生え

飛び込んできた杏華を噛み砕かんと、勢いよく閉じた。



杏華はその咢の中に自ら飛び込む格好になったが

空中にいたため回避しようが無かった。



「!!」

悪魔の罠に嵌められたと気が付いたが、既に手遅れだった。


自分を噛み砕こうと迫る無数の牙が

まるでスローモーションのように徐々に迫ってくるのが見えた。



もうこれは回避できない!


「だったら!!」

心の中で叫ぶと身体を限界一杯捻り

自分に迫る牙目がけてナイフを一閃した。



無数の牙とナイフが交差した時、杏華の身体の中に再び熱い奔流が押し寄せた。

それは杏華の内部で眩しく輝き、一瞬視界を奪われた。


「!!!」


次の瞬間、何かに勢いよく衝突した。

それはぐしゃりと生々しい感触がして、衝突の勢いで粘りけのある液体がはじけ飛んだ。



衝突の反動で、反対側に勢いよく弾き返されたが

着地先は固い岩の上で、その上を転がりながらやっと勢いが止まった。



身体のあちこちをぶつけ全身が痛んだが、自分がどうなったかを把握するのを優先した。



「ぐああああああああああああああああああああ」

それはニスロクの叫び声だった。



顔にかかった粘つく液体を振り払い目を凝らすと

身体に大穴を開けられた怪物が、目の前でのたうち回っていた。



大穴からは大量の液体が飛び散り、傍目からも痛々しく見えた。



止めの攻撃を仕掛ける絶好の好機だが

地響きをたてて暴れる巨体に近づくのは、自殺しにいくに等しかった。




「流石にあれに近づくのは危険ね…」



暴れる巨体から少し距離をとり冷静に辺りを観察すると

無数の触手はだらりと地面に横たわり、本体に引きずられて動くだけだった。



これなら触手だけでも安全に排除できそうね…



細心の注意を払いながら、危険の少なそうな触手の中間部分に近づくと

一気に切り裂いた。



すると再びナイフから自分に熱い何かが伝わって来る感覚に気が付いた。


「これは?」


気が付くと床との衝突で生まれた身体の痛みが、綺麗さっぱりと消え去った。

痛みやだけでなく、戦闘での疲労も回復している気がした。



「このナイフのおかげなの?」


疑問に思いながら次の触手に近づき斬りつけると、やはりナイフから力が伝わってくる感じが


した。

どうやらこのナイフで敵を切り裂くと、その分杏華の身体を回復してくれるようだ。



見た目は禍々しいが、この能力があれば

戦闘でダメージを受けても、自分で回復可能だ。



 

「これならいける!」

さっきまで感じていた恐怖を振り払うように自分を鼓舞した。



敵の抵抗がまったくなかったため、あっという間に本体より手前にある触手は全て狩りつくし


た。

残りの触手は本体の反対側に残る数本のみだった。



暴れ回っていた巨体は何時の間にか動きを止め

さきほどまでの激しさが嘘のように、静寂が辺りを包んだ。



痛みのあまり意識を失ったのか、それともこちらを騙すための罠か…


相手の動きを警戒しつつ、本体に少しづつ近づいた。




自分はナイフのおかげで戦闘のダメージはほとんど無い。

寧ろ戦闘前よりも身体に力が溢れている。


対して相手は触手の大半を失い、更に身体に大きな損傷を受けている。



「このまま押し切れるかもしれない。」


緊張と高揚感で熱くなった頭でそう判断した。

少し冷静さを欠いている気がしたが、この好機を逃すのは勿体ない気がした。



それは早くこの戦闘を終わせたいという気持ちが見せた、都合の良い判断だった。



一瞬で決める!


そう決意すると、地面を蹴り猛スピードで悪魔の本体を一直線に目指した。



あの巨体を難なく切り裂くこのナイフなら

悪魔の身体のどこに攻撃を当てても大ダメージを与えられる。


あの巨大な質量から繰り出される攻撃は脅威だが

その分攻撃を当てやすい。



一気に数十メートルの距離を駆け抜け、完全に沈黙した巨体に切り込んだ。



幸い本体は全く動かない。

気を失ったのか、それとも痛みのせいでこちらの動きに気が付かないのか。



本体の動きへの警戒は怠らず、最短距離で一気距離を詰めた。



「くらえええ!」


数メートルの距離から大きく跳躍すると、ナイフを両手で握り

横たわる悪魔の胴体の中心を狙った。



先ほどの様に、本体を変形させて迎撃してきても

それごと薙ぎ払えばいいだけだ!



私にはそれが出来る!!





悪魔の醜い巨体が目前に迫り、ナイフをそれに合わせるように突き出した。


ナイフの先端が悪魔の胴体に届くと思われた刹那。



何かが身体を貫く感覚と共に、有らぬ方へ吹き飛ばされた。



「ぐはっ!!」


肺が押しつぶされ鮮血と共に苦悶の声が漏れた。

体の骨が何本も折れる感覚がし、視界が赤く染まった。



杏華の身体は天高く舞った後落下し、地面に叩き付けられて大きく跳ねた。



足は不自然な方向によじれ、頭部からは滝のように血があふれていた。

その姿はまるで壊れたおもちゃの人形のようだった。

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