ホシガツタエ
間々史絃
第一話
古い物語を語ろう。
空に数多の星が輝く時代のお話を。
草原に風だけが渡っていた時代のお話を。
一。
和仁女王の御代、寵臣の秀弓が、乱を目論んだとして、左遷されたことがあった。
一族郎党、遠流を申し渡されたが、秀弓は自らを追い落とした者を王宮に蔓延らせまいと、私兵を挙げた。が、和仁女王が新しい権力者に迫られ、息子の陽雲王子に譲位を告げると、秀弓は完全に孤立、陣に放たれた炎とともに、屠られたのであった。
この一連の事件を、陽雲王子は記録を禁じ、新しい国史を作るために、古い書物を全て焚書させた。権力を失うものには徳がなかったのだと、人々の記憶はその時から書き換わったのだった。
事件から十三年が経った、天歴一五〇年のこの年、陽雲王子は、自身の王位を認めるよう迫る文書を、大華国に送った。大華国は陽雲の治める仁国北方に接する隣国であり、宗主国である。陽雲王子は即位を認められようと伺いを立てて来たが、認められたことはない。
金の装飾が施された玉座に腰をかけ、陽雲王子は机上に足を乗せると、頬杖をついて、段下に控える男にむかって、声を荒げた。
「大華皇帝からの返事はまだなのか、楽丞相」
楽丞相は、神官上がりの男だけに、どこか飄々とした様子でそれに応える。
「届きましてございます。お読みになられますか」
これに対して、細い眉を寄せ、陽雲が対する。切れ長の目に苛立ちが浮かぶ。
「わたしが文字を学んでおらぬことを、知っておっていうのだからな」
陽雲王子は、大華の皇帝から、文字を学ぶことを禁じられている。当然、丞相も知っていることである。
「恐れながら、学ぶことを禁じられたからといって、学ぶ道が閉ざされているわけではございません。いかに相手に悟られず、自らの切り札を増やすかが、政の常でございますゆえ」
と、顔色一つ変えずに、丞相は言う。さすが、時の権力者たちを次々に蹴落とし、丞相に登りつめた男である。
楽家は代々神官の家系で、王宮の神事や暦の作成、王宮の殿舎普請の計画などを請け負って来た。その楽家に丞相、楽章は生まれた。
神官としての枠を超えて学びに旺盛であった彼は、弟が家督を継ぎ、自身が神官の地位を受け継ぐはずであったが、この弟を廃し、自ら家督を継ぐ道を切り開いた過去がある。彼からすれば、「してはいけない」ことが「できないこと」ではないとうことが真実であり、自らを生かした道である。生き馬の目を抜くような努力をしない陽雲は、ただの駄々をこねる赤子も同然に見えていることだろう。
「そうはいうが、大華の怒りが恐ろしい」
陽雲は菓子をつまみ上げ、言葉ほどには考えていない様子を見せた。そして、ぼりぼりと菓子を食む音をさせながら、思い出した、と手を叩いた。
「わたしもそろそろ妃が欲しいのだが、皇帝の許しがなければ婚姻もままならぬ。そなたの言うように、悟られねば良いというのなら、わたしはまず妃を迎えたいのだが」
陽雲は、期待に満ちた目を丞相に向ける。
「それは、よい案でございます。わたくしめにも考えがございます」
丞相は陽雲の前に進み出ると、膝をつく。
「わたくしめに、年頃の娘がおります。どうぞ妃に召し上げくださいませ」
陽雲は、パチンと両の手をあわせると、頬に笑みを浮かべた。
「美人か?」
この答えに、今度は丞相の口の端が笑みに歪む。
「もちろんでございます」
丞相から見れば、陽雲はただの赤子である。意のままに操ることなど、容易かった。
「父上、首尾はいかがですか」
邸宅でくつろぐ丞相に酒を注ぎながら、息子の富山が問う。
「上々よ。王はわしが大華と通じておることを知らぬ。王の即位をわしが止めていることも、気づいておらぬ」
「王妃にわが妹をということでしたが、あの妹はまだ幼いでしょうに」
丞相はニヤリと笑って、盃の酒を飲み干す。
「あの娘は、昨日子を産める体になった」
富山は、丞相の妾が妹の目付役であることを知っていたが、父のこの言葉にぞっとしないではいられなかった。どのようなことも筒抜けなのだ、という事実が、富山に嫌な汗をかかせる。
女のようだと形容される容貌だが、富山にも一つ二つの野心があったからだ。
富山の心中を知ってかしらずか、丞相は富山の目をじっと見つめ、ふっと笑う。
「あの娘が生まれたときから、密かに陽雲の妃がねとして育てて参ったのだ。陽雲があの娘と婚姻をするとなれば、大華に資金をいくらか送って、婚姻を認めさせようではないか。
——ついでに、欲しがっていた王位もくれてやるわい」
ふふふ、と嬉しそうに笑う丞相は、王の前に見せる顔とは違う、俗人の欲に満ちた顔であった。
「どれ、富山よ。あの娘を呼んで参れ。わがむすめ、楽星をな」
ホシガツタエ 間々史絃 @sizurumama
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