第30話 サクラ、咲け

「よし、全員揃っているな」


 魔王様の声に合わせるかのように全員が姿勢を正し、やがて鎧の金属がぶつかる音も聞こえなくなった。

 俺と桜佳は、ただ黙って見守っている。


 宴の翌日、昼。太陽の高い、雲のない、攻撃日和。


 昨日と同じ、城の前の草原。でも集まった各部隊の表情は昨日とは違う、凛々しいもの。

 攻勢プロジェクトに参画している攻撃・防御・調達、計350匹のメンバーが一同に会している。

 その他、150匹の待機メンバーは、他国からの急襲に備えつつ、通常業務をこなしていることだろう。



「今日がいよいよ攻勢開始の日だ! 皆、よくここまで頑張ってくれた!」

 全員に聞こえるように声を張り上げる魔王様。近くにいると、その低音がビリビリと体に響いた。


「これだけ準備をしたのだ、何の心配も要るまい! 今こそ、バータリ帝国の力をケーカク王国に見せつけるのだ!」


 静寂、後。


「うおおおおおおおおっ!」

「魔王様! 魔王様! 魔王様! 魔王様!」

「バータリ! バータリ! バータリ! バータリ!」


 陸続きに隣国があれば聞こえていてもおかしくない、帝国軍の大合唱。

 その声がまた彼等自身を鼓舞し、さらに大きな声になる。


「攻撃いいいいいいいぃ! 開始いいいいぃ!」

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

 魔王様の号令で、一斉に散る。


「頑張れよ!」

「みんな、頑張って!」

 俺と桜佳も、負けじと精一杯の声量でエールを送った。


 さあ、俺も戦略担当として、ここからが勝負。

 今度こそ、今度こそケーカクに勝って、勝ち鬨を国中に轟かせるのだ!




 ***




 魔王様の部屋。桜佳が待機しているその部屋に、俺と魔王様でとぼとぼと入る。

「桜佳、うちの敗北が決定した」

「え? え? えええええっ! まだ5日しか経ってないのに!」


 そりゃ驚きますよね。いや、俺と魔王様もビックリしてますよ。


「え、リバイズ、なんで。なんでそんなことになったの?」

「ケーカクも異世界からコンサルタントを召喚していたらしい」

「同じことしてる!」

 どこも考えることは一緒だなあ。


「で、ここから少し離れたところに、魔族の棲むサクリャーク帝国って国があるんだけど、コンサルタントの薦めで、ケーカクとサクリャークがこっそり同盟を結んでいたらしい。ケーカクに攻め込んだら援軍が来たそうだ」

「なるほど、数も向こうの方が多いし、人間だけじゃなくて魔族もいたってことね」


 項垂うなだれる俺と魔王様。椅子に座る気力もなく、床に身を投げる。


 あーあ、あれだけ準備したのに、こんな結果になるとはなあ。プロジェクトで設定した最低限のゴールすら、達成できていない。

 一方的に敗北宣言した結果、死者を出さずに終えられたのがせめてもの救い。


 はあ……。


「はいはい!」

 寝転んだまま上を見上げていると、桜佳が手をパンパンと鳴らし始めた。


「ほら、魔王、すぐにやることがあるでしょ?」

「…………ヤケ酒だな」

「もっと前向きなヤツ!」

 どうやったらその答えがすぐに浮かぶんですか。


「すぐに次の戦いの準備! 落ち込んでても仕方ないわよ! 切り替え切り替え。この国のリーダーがそんなんでどうするの!」

 俺達の腕をグイッと引っ張って起こす。


「二国相手にしても勝てるように、作戦を練り直すの。戦力を増強してもいいし、別の国と同盟を結ぶのも手だわ。いい? 部下達に次の道を示すのがアナタ達の仕事よ!」


 彼女の言葉に、5日前の草原を思い出した。帝国のために勝利を誓った、あの雄叫び。

 そうだよな、俺らがしっかりしなくちゃいけないよな。



「魔王様、やりましょう」

「すまない。今、酒は切らしてるんだ」

「ヤケ酒じゃなくて!」

 話聞いてましたか!


「次の作戦会議です。一気呵成でサクリャーク帝国だけ潰す、二国を分断させる、バータリも同盟を結ぶ、別の国から攻めて戦力を増強する。色々考えていきましょう。みんな、魔王様の言葉を待ってます」


 それを聞いて、魔王様は目を見開いた後、大きく深呼吸して立ち上がった。


「そうだな。落ち込んでても仕方ない。ケーカクもサクリャークも、今度は倒すからな!」

 その様子を見て、桜佳は今までで一番ニッコリと微笑んだ。




***




「本当に帰るんだな」

「寂しくなるな、オーカがいないと」


 その日の夜、白墨で描かれた魔法陣の真ん中に、桜佳がゆっくりと向かう。

 ひと段落したので、一旦元の世界に戻るらしい。


 湿っぽくならないように他の魔族は呼ばないで、というのが彼女からのお願いだった。


「とにかく、しっかり計画して戦うこと! また様子見に来るから、召喚しなさいね!」

「ああ。では、いくぞ」

 魔王様が呪文を唱えようとする。


「あ、ちょっと待って!」


 魔法陣を出て、自分の使っていた部屋へ戻る桜佳。


 やがて、ゴロゴロと何かを転がしながら戻ってきた。


「肴は持ったけど、樽酒を忘れるところだったわ」

「酒かよ!」

 宴でほとんど飲み干して、中身を詰め直してもらった、満杯の樽。


「よし、と。じゃあ魔王、リバイズ、またね。みんなにもよろしく」

 彼女と握手を交わす。魔王様もしっかりと握手した。


「じゃあな、オーカ」

 そう言って、魔王様は呪文を唱える。すぐに魔法陣に煙があがり、やがてどんどんその煙が濃くなった。その靄のような中で、ゆっくりと桜佳は消えていく。


「次は絶対勝ってね! またね!」

 最後の言葉が部屋に響き、煙が陣に吸い込まれた。





「行ったなあ」

「ええ」


 あっという間に現れて、俺達の日常を変えて、あっという間に消えていった。

 クールで、ちょっと不器用で、お酒の大好きな、俺達の先生、コンサルタント。


 ありがとな、遠峰桜佳。バータリは桜佳のおかげで、少しだけ強い国になった気がするよ。



「さて、リバイズ。早速今から作戦会議だ。戦略を練って、すぐにプロジェクトを立ち上げるぞ。あ、あと、オーカが教えてくれたことをもう一度頭に入れ直そう。なんたって……」


 ああ、その続きは分かりますよ。一緒に言いましょうか。


!」

 魔王様が笑う。一緒になって、俺も笑う。


「じゃあ俺、隊長に声かけてきます!」

「ああ、よろしく頼むぞ!」


 こうして、俺達の仕事は続いていく。





  

【これまでのポイント】

■マネジメントを「知る」ということ

 バータリ帝国の仕事の仕方は、桜佳によって大きく変わりました。仕事の仕方を知り、チームでの動き方を知り、プロジェクトの計画の仕方・推進の仕方を知って、魔王とリバイズを中心に一丸となって動ける組織になっています。


 本書の冒頭でも書きましたが、「マネジメント」とは仕事や組織をうまく動かしていくテクニックです。このやり方を知っているだけで、今とは仕事の仕方が大きく変わるかもしれません。バータリの皆がそうであったように。


 もちろん、この本で紹介した以外にもマネジメントに関する知識は幾らでもあります。「組織は知識、知らなければ死ぬ」、もし興味が湧いてきたら自分なりに本やWEBを調べ、文字通り「生きた」組織を作っていって下さい。


 物語はこれで終わりですが、帝国軍の活動も、皆さんの活動も、まだまだ続いていくでしょう。これからも勉強と実践を重ねながら、皆さんの持っているタスクやチームやプロジェクトを、もっともっと上手に回していきましょう!

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なぜ魔王は人間に勝てないのか ~ガーゴイルとざっくり学ぶマネジメント~ 六畳のえる @rokujo_noel

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