第29話 決戦前夜

 雲のない夜。絵に残しておきたいほど丸く明るい月と、群れながら光って遊ぶ星々。


「いやあ、綺麗なもんだねえ」


 魔王様の部屋、大きな窓から見える空は、自分の部屋から見るより一段と綺麗に見える。


「どう、リバイズ。全部終わって見る空は」

 桜佳の問いかけに、振り返らずに答える。


「最高だね」

 ああ、本当に最高だ。



 ケーカク攻勢準備のプロジェクトは、バッファを全て使い切らずに、59日目で全てのタスクを終えた。


 武器もある、防具もある、食料もある。攻撃態勢も、防御体制も、退却ルートも、緊急避難所も、全ての準備が整った。



 いよいよ明日は、ケーカク王国への攻撃開始日。


 これから、決戦を控えた「決起会」が始まる。




「みんな変わったな」

 いつの間にか、魔王様が後ろに来ていた。


「働き方も変わった。みんな短時間で集中して働いて、空いた時間でよく遊ぶようになった。チームの動き方も、隊長や小隊長が随分リーダーっぽくなった。なあ、オーカ」

「へへ、そうね」


「プロジェクトでやることを洗い出してみんなで取り組んだら一気に準備が進んだ。今までのやり方は何だったんだ、って感じだよ」

 ふう、と嘆息する魔王様。


「何だったか、か。まあ端的に言うと『愚かだった』かしらね」

「すごい端的だな!」

 感慨深かったのに台無しだよ!


「ふふっ」

 コンサルタントが吹き出す。彼女が来てもう100日ほど経つだろうか。彼女のおかけで、帝国軍は大きく変わった。


「ねえ魔王。。死ぬなんて大げさかもしれないけど、ワタシは本気でそう思ってるの」

 ゆっくり歩きながら話していた桜佳は、こっちを振り向いて優しく微笑む。


「組織でやる仕事って、個々の内容は全く違うけど、進め方にはコツがあるの。それを知らないと、みんながムダに働いて疲弊したり、ゴールが見えなくて失敗したりする。そのまま崩壊する組織だってあるわ。でも知識があれば、誰でもすぐに変われるの」


 ずっとこの仕事に携わってきたであろう彼女だからこそ、その言葉には力があった。


「ああ、オーカの言う通りだ。それにリバイズ、お前にも礼を言わないといけない。プロジェクトの準備、よくやってくれた」

「いえいえ、魔王様、そんな」


「始めは、鳥と人間の中間っぽくて気持ち悪いと――」

「え、まだ言うのそれ!」

 どんだけ嫌悪感持ってるんですか!


「本当に、助かった。ありがとう」

 魔王様に面と向かってこんなことを言われては、こっちが出来ることは1つだけ。

「こちらこそ、お仕え出来て光栄でした」

 片膝をついてひざまずく。このお方に、ついていこう。





「魔王様、準備が整ったようです。全部隊、揃っております」

 城の外で確認してから、部屋に戻って報告する。


「ああ、分かった」

「魔王、大仕事よ、頑張ってね」

 桜佳の声援に、少しだけ口元を緩める。


「任せておけ」

 部屋を出て階段を下りる。2階の大部屋、そのバルコニーに出ると、眼下の草原には帝国軍全てのメンバーが終結し、歓喜の声をあげていた。



「魔王様! 魔王様! 魔王様!」



 待機要員150匹は除いて、プロジェクトの参画メンバーだけ集めても良かったのかもしれない。


 でも、魔王様はそうは考えなかった。「ケーカクを倒すという意志はみんな共通だ。全員でやろう」と言って、500匹全員を集めた。それが魔王様らしくて、なんだか嬉しい。


「えー、ケーカク王国攻勢の戦略担当、リバイズだ! これから『ケーカク王国攻勢プロジェクト』終了、そして決戦前夜の決起会を始める! まずは、魔王様からお話がある!」


 声を張り上げると、「おおおおおっ!」という唸りが返ってくる。そのまま地を這って城の外壁を登ってきそうな、声の塊。


 そして、魔王様が前に出た。バルコニーの柵の手前まで、なるべく皆に近づく。



「まずは皆、日夜仕事に励んでくれていることに、心から感謝する。この帝国がここまで大きくなったのも、皆の尽力あってこそだ。少し前までは自分の力に拠るところが大きいと思っていたが、最近色々気付かされた。改めて礼を言う」


 隣で聞いていた桜佳がクスクスと笑っているのが横目で見えた。


「さて、いよいよ明日はケーカク王国へ攻撃を仕掛ける日となる。我々がこれまで何度戦っても勝てなかった相手だ。しかし今回は違う。体制を組み、タスクを洗い出し、スケジュールを立てて、その通りに進めてきた。この万全の体制で、今度こそ我々が勝利するのだ!」


 低く、しかし咆哮にも似たその低音が草原いっぱいに響き渡る。静寂の中を木霊が駆け抜ける。皆、直立不動。武具の掠れる音一つ、聞こえない。


「攻勢に参画する者たちよ、共に戦おう! 今こそケーカクを倒すときだ! そして待機要員の者たちよ、お前たちにもケーカクを倒す想いはあるはずだ! その心を我々に託せ! そしていざというときは、全力でこの帝国を守れ!」



 沈黙、後。



「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「バータリ! バータリ! バータリ! バータリ!」



 地響きがするほどの、音の振動。全員が叫び、吼えていた。


「カッコいいじゃない、アナタの国の王様」

 隣のコンサルタントが微笑む。


「ああ。バータリの王は、このお方だ」

 仕事の仕方も任せ方もめちゃくちゃだったけど、やっぱりこの方しかいない。




 そして、しばしの静寂の後、それを打ち破る声が3つ。

「あの、桜佳先生!」

「ん?」


 窓の外で、3匹の隊長が手や羽を振っている。

 攻撃部隊隊長、イフリートのアングリフ。

 防御部隊隊長、コカトリスのファンユ。

 調達部隊隊長、ドワーフのアルム。



「おっ、ちゃんと間に合ったな。オーカ、バータリ帝国からの贈り物だ」

 3人で階段を降り、草原に向かう。

 魔王様に押されて真っ先に登場した桜佳を、魔族が皆、一斉に取り囲んだ。


「桜佳先生、今日までご指導ありがとうございました」

「俺達、しっかり戦えそうです!」

「綺麗な先生で良かったー!」

「絶対ケーカクに勝ちますよ!」

 次々に彼女にお礼を告げる帝国軍の面々。そして。



「これ、バータリからのプレゼントです!」

「わっ! やったあ!」

 彼女が3人座れるくらいの大樽が目の前に置かれる。中身はもちろん、帝国酒。

「最近汲んだばかりの一番上等なものだぞ」


 説明しながら隣に来る魔王様。俺も知らないうちにこんな準備してたのか。


「これならしばらくは飲めるだろう?」

「そうね、何日かはもちそうね」

「それしかもたないのか」

 魔王様と桜佳、2人で笑う。なんだかんだ良いコンビだな。退屈しないよ。


「よし、みんな、ワタシが教えられることはちゃんと教えたつもりよ。ここからはもう全力で戦うだけだけど、これだけしっかり準備したんだから大丈夫だと思う。明日からの戦い、しっかりね!」

 その応援に、全員で「はいっ!」と声を合わせた。



「ところで魔王、明日は朝から攻めるんだっけ?」

「いや、昼からの予定だが」

「そう。じゃあこのお酒、みんなで飲んで前夜祭しましょう!」

「うおおおおおおおおっ!」


 ええええええええええええっ!

 もう飲んじゃうの! プレゼントって言いましたけど!


「いや、あの、オーカ、それは贈り物――」

「何よ。あのね、酒は大勢で飲んだ方が美味しいって昔から決まってるのよ。リバイズ、厨房のゴブリンからグラスもらってきて。なるべくたくさんね」


 その、さも当然のような言い方に、魔王様と顔を見合わせ、思わず噴き出した。


「まあ、オーカらしいな」

「ですよね」

 ホントに、退屈しないぜ。


「よし、何匹か、一緒に器持ってくるの手伝ってくれ! 行ってくれたヤツには優先的に大きい器選ばせてやる!」

「はい、行くぞ!」

「いやいや、俺が行く!」

「リバイズ、俺は既に器持ってきてるぞ!」

「何で始めから飲む気なんだよ!」



 さて、500匹で決起会、盛大にやるとしましょうか!




※本話では「今回のポイント」はお休みです

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