第4話 おしまい

 

「お見通しだ」


 ネママイアの顔は無表情でした。

 圭吾とイオヴェズまであと一歩、というところでネママイアは立ち止まりました。


「君が今、何を考えてるのかも。エイレネ」

「ヨシュア」


 ネママイアとイオヴェズはお互いを違う名前で呼びました。


「私にだってあなたが何を考えてるか分かるわよ」


 エイレネと呼ばれたイオヴェズは圭吾の手を離し、ヨシュアというネママイアに歩み寄ります。


「君はネママイアじゃないのに?」

「ええ、そうよ。分かるわよ。だって、あなたとはもう三百年の付き合いだもの。……ケイゴにあのあそびを見せようとしたのはあなただったもの」


 イオヴェズは腕を伸ばし、ネママイアを抱き寄せました。彼の肩を抱き、その上に顎をのせます。

 イオヴェズのその顔は悲しそうでした。


「ケイゴ。……私たちね、そう見えないだろうけど、実はもう三百年もここで生きているのよ」


 イオヴェズが横顔で話し始めました。


「三百年前、私とヨシュアはここじゃない島に住んでいた。私たちはこの島に連れて来られた奴隷だったのよ。二人で逃げようとして……島の人に捕まったの」

「あのとき俺が逃げようと君を誘ったから」

「ええ、でも捕まったのは私。そのまま逃げればいいのにあなたは私のために逃げるのをやめた」


 エイレネとヨシュアは顔を見合わせて微笑みました。


「逃げようとした私たちは見せしめのためにこの島の神霊の器にされたの」

「うつわ?」


 圭吾は聞きました。


「マスカダイン島の神さまが入る容れ物のことよ。……ヨシュアは『時と人を操る神霊ネママイア』の器に」

「エイレネは『火の神霊イオヴェズ』に」

「そのとき島の人たちは気がつきはじめていたの。子供を器にすると失敗がないことに。……それ以来、島の人たちは外から子供を連れて来ては器にした。地下室にいた他の子たちはすべて戦争で親を失った子たちよ。かわいそうな子たち」


「どうしてみんなで力を合わせて逃げなかったの?」


 圭吾は当然のように聞きました。


「俺は何度も試したぜ。でもどうしてもできなかった」


 ヨシュアが鼻で笑いました。


「私たちはこの島の人たちをこの力を使って傷つけることができないの。この神さまは島の人たちが居ないと消えてしまうから。そして、今まで器になった人たちは島の人たちを愛しているから、そんなことを私たちにさせてくれないのよ」


 ヨシュアとエイレネの二人が向き直って圭吾を見ました。


「俺たちはそろそろ交代の時期なんだ。ケイゴ。だから、君がここへ来た」

「あなたを次の器にしようとしているの。でも、私たちがそんなことさせないわ……早く、この島から離れなさい、ケイゴ」


 エイレネがそう言って手を圭吾に伸ばしました。

 圭吾のすぐ横で床から炎が立ち上りました。


「早く、この教会から出て」

 

 うわっ、と圭吾はとびさすりました。


「何をしているんだ!」


 そのとき、ミゲロ神父とスーゴ神父が二階からおりてきました。


「水! 水を!」

「フラサオを呼んでこい!」


 あわてふためいてミゲロ神父が地下に向かって走ります。スーゴ神父はクッションを手に戻ると、あちこち立ち上る火をたたき始めました。


「やめなさい、イオヴェズ!」


 叱りつけられたイオヴェズは手を下ろしました。礼拝室の火は一瞬ですべて消えました。


「よし、いい子だ」


 息を切らしながら、スーゴ神父が醜い顔を歪めて微笑みました。


「そのままこっちにおいで。二人とも、いい子だから部屋に戻ろう」


 エイレネは首を横にいきおいよく振りました。


「嫌よ! もう二度と戻りたくない!」

「エイレネ、もう行こう」


 ヨシュアがエイレネと手をつなぎました。


「俺の考えが分かるんだろう?」

「ええ、ずっと前から私たち、同じことを考えていたんだもの」

「じゃあ頼むよ。俺の力では無理だから。君がイオヴェズで良かったよ」


 二人は額をつきあわせて笑いました。

 そして、もう一度抱き合いました。

 エイレネとヨシュアの足下からすぐにめらめらと炎が立ち上りました。

 炎は二人を包みこみ、二人を燃やし始めます。


「やめなさい、イオヴェズ!」


 スーゴ神父が悲鳴をあげました。


「行きなさい、ケイゴ!」


 エイレネの声に圭吾は弾かれたように教会の外に飛び出ました。


 道路に出て、むちゃくちゃに走りました。

 どこに向かっているのかも分かりません。

 けれども必死に圭吾は走りました。


「わあっ」


 突然、曲がり角から出てきたパトカーに、圭吾はぶつかりそうになってあわてて立ち止まり、後ろにひっくり返りました。


「大丈夫じゃか?」


 止まったパトカーから、大きな金髪の男の人が出てきました。


「お巡りさん! 火事! 教会が火事!」


 圭吾は夢中で叫びました。




 * * *




 お巡りさんは消防車を教会に呼んだあと、圭吾を交番へと連れて行きました。

 圭吾を机に座らせ前に座ると、


「なんで火事が起こったのか知りたいから、教えてくれじゃねえ」


 お巡りさんは圭吾に聞きました。


 アルバトロスという名前のその男の人は、圭吾のもう死んでしまった広島のおじいちゃん、おばあちゃんとよく似た話し方をしていました。

 圭吾はなんだかとてもホッとしました。

 圭吾がそのことを話すと、


「日本には少し居たことがあるんじゃき。広島にねえ。広島焼は世界で一番美味しい食べ物じゃねえ」


 アルバトロス警官はそう答えて人懐っこく笑いました。

 お好み焼きの方が僕は美味しいと思うけどな、と圭吾は思いながらアルバトロス警官が出してくれた冷たいマスカダインジュースを飲みました。


 それから圭吾は話しました。

 地下室の子供達のこと。

 おそろしいあそび。

 エイレネと地下室から逃げ出したこと。

 ヨシュアとエイレネが自分を逃がしてくれたこと。

 二人が火をつけたこと。


「子供は火遊びはいけんと言うとるじゃに。どうして分かってくれんのじゃき」

「そんなんじゃないよ」


 圭吾は言いましたが、アルバトロス警官には分からないようでした。

 無理もありません。

 実際にあの力を目にした圭吾にさえ信じられないくらいなのですから。

 地下室での不思議なあそびの話をアルバトロス警官は全く信じていないようでした。


「大変じゃったねえ。疲れただろうから、ケイゴ君は少し、眠ったらええじゃ」

「眠ってなんかいられないよ」


 あんなことがあったのに、のんきに昼寝なんかしてられません。


「本当じゃき?」


 覗き込んだアルバトロス警官の顔が、圭吾には少しぼやけて見えました。

 そのとき、アルバトロス警官の携帯が鳴りました。


「あい、スーゴ大先生。……あい、ここにおるじゃ。大変じゃったねえ……無事で良かったが。教会はたいしたことなくて良かったじゃねえ」


 エイレネとヨシュアはどうなったのかな。

 圭吾は聞きたくてたまりませんでしたが、なぜか眠くて眠くてたまらなくなりました。


「黒こげなだけでまだ灰にならんウチなら間に合うかね? ほうだか。じゃあ、よかった、すぐに連れて行くじゃき」


 どうしたのでしょう。

 だんだんと圭吾の視界が狭くなっていきます。


「あの二人はナトギ島の精霊が選んだ器じゃなかったけえ、失敗じゃったねえ……組合でもこのあいだ言うとったが。やっぱりちいとマスカダインを減らして、クスリの量をもっと増やすべきじゃないかねえ……今のままじゃと元気過ぎて子供ら余計なことしでかしよるけえ……」


 圭吾は我慢できなくなり、ついに机の上に突っ伏しました。

 電話が切れたころには、圭吾はすっかりねむってしまいました。


「すまんじゃねえ。ナトギがケイゴ君のことをえらく気に入って選んでしもうたんじゃけえ。しょうがないんじゃ。かわいそうじゃけど、ヘタなことしたら、組合が黙っとらんじゃけえ。オイラも一応、ワノトギじゃけえの」


 アルバトロス警官はねむってしまった圭吾を軽々と抱き上げました。


「気の毒やけど、ケイゴ君のお父さん、お母さんは事故で昨日死んでもうたんじゃ。ケイゴ君はお姉さんの旦那さんの家に引き取られる手はずだったんじゃき。あきらめんしゃいね」


 そして圭吾は外へと連れ出されていきました。




 * * *



 圭吾はうす暗い部屋で目が覚めました。


「やあ、目覚めたね」


 ろうそくを手に持ち、白くて長い服を着たミゲロ神父とスーゴ神父が圭吾を見下ろしていました。

 背中とお尻がまるで石の上に寝かされているかのように冷たく感じます。

 嫌なにおいに気づいた圭吾はゆっくりと横を向いて自分の隣を見ました。

 真っ黒に焦げた死体がそこには横たわっていました。

 逆を見ます。同じような死体がありました。

 圭吾は二つの焼け焦げた死体に挟まれているのでした。


 自分がいるのは、教会の地下室であること。そして、寝かされているのは、へんなあそびをしたあの台の上だということに圭吾は気がつきました。


「君はどっちかな? 自分の名前を言えるかい?」


 ミゲロ神父がやさしく聞きます。

 その瞬間、圭吾は全てが分かりました。


 自分が何者であるのか。


 なぜなら、圭吾の身体の中には何人もの人が居たからです。

 その人たちは、器をしてきた昔の人たちだということが圭吾にははっきりと分かりました。

 みんながひっきりなしにガヤガヤしゃべっています。

 その中で一番小さくなっている男の子がいました。その男の子はみんなよりも一番年下なので隅に追いやられているのでした。

 男の子は泣いているようでした。


『吾はネママイア』


 圭吾は答えました。


「そうか、分かりやすくて良かった。このあいだのネママイアと同じ髪、瞳の色だからね」


 スーゴ神父が頷きました。


「さあ、起き上がって。みんなが待っているよ」


 圭吾が起き上がると、足もとに七人の子供たちがずらっと並んでこっちを見ていました。


「こんにちは、新しいネママイア。さあ、一緒に遊ぼう」


 クヴォニスがにっこり笑って手を差し出しました。


「うん」


 圭吾はその手をとりました。

 そして、きゃっきゃと笑う子供たちの輪の中に入っていきました。












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おそるべきこどもたち 青瓢箪 @aobyotan

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