第3話 あそび

「ねえ飽きた、次に行こう」


 クヴォニスの足を押さえていたユシャワティンがため息をついて、突然そう言いました。


「よし、次はモジャモジャ、モジャモジャ」

「爪から、耳から」


 お腹がはちきれんばかりに膨らんだクヴォニスを置いて、男の子たちは今度はそう叫び始めました。


 フラサオがくるくると回していた指を止めます。

 ゴボッと、クヴォニスが水を吐き、漏斗が口から落ちました。


「ねえ、シャンケル。ツルがいい。葉っぱと」

「いっぱい咲かせて、シャンケル」


 子供たちは口々に言います。


「オーケー」


 圭吾の隣に居た緑の髪の女の子シャンケルが今度はフラサオがしていたようにくるくると指を回し始めました。

 一瞬のち。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 クヴォニスが叫びました。

 それと同時に、クヴォニスの皮膚が突き破れ、手足の爪の間から、耳から、腹から、太ももから、植物のツルが伸びました。

 鮮血が辺りに飛び散りました。


「あはは、ニョキニョキ」

「モジャモジャ」


 血の雨を降らしつつ、ツルには葉っぱが青々と生い茂ります。小さなつぼみがみるみるうちに膨らみ、白い可憐なバラの花を咲かせました。

 クヴォニスの体の上がまるで小さな庭になったようでした。


 圭吾は息をするのも忘れてそれらを見守っていました。

 相変わらず、身体は硬直して動くことが出来ません。


「あはは、キレイ。誰が『土』になるかによって、花の色が違うよね」

「クヴォニスは白かぁ」


 子供たちはのんきに花をほめました。

 クヴォニスの身体からは鮮やかな血がどんどんと流れ出しています。大理石の台の上にあふれ、とうとう床へとしたたり落ちました。


「ねえ、飽きた」

「次はブタの死刑」

「ユシャワティン、ユシャワティン」


 子供たちの歓声に、紫の髪の男の子ユシャワティンが得意げにポーズをとり、大きく礼をしました。


「しょうがないなあ、やっぱり僕がクライマックスだよね」


 みんなが拍手します。


 圭吾は今更ながらやっと恐怖をおぼえました。盛り上がり方が先程とは違います。


 ユシャワティンが手をハサミのようにして愉快そうに言いました。


「はーい、それではみなさん、手にご注目。まずは指からいくね。……はい、チョッキーン!」


「ぎゃあっ!」


 クヴォニスが叫び、クヴォニスの手足の親指がスパッと離れて、落ちました。


「チョッキ、チョッキ、チョッキ、チョッキーン!」

「ぎゃあっ、ぎゃあっ、ぎゃあっ、ぎゃあああ!」


 ユシャワティンの声に合わせ、人差し指、中指、薬指、小指の全てが切り離されました。

 鋭い刃物で切ったようなそれは見事な切り口でした。


「よーし、では引き続きまして、これから手術をします。僕はスーパードクター、ユシャワティンでーす」

「オペ、オペ、オペ!」

「スーパードクター、ユシャワティン!」


 みんなが手を打ち、騒ぎます。


「ゴールドフィンガー、ユシャワティン参上! ……いざ、開腹!」


 十文字に深くクヴォニスのお腹に切れ込みが入りました。一瞬の間の後、切れ目から腸が飛び出しました。


「あはは、ブタの解体みたい」

「次はダルマ! ダルマ!」

「処刑人、ユシャワティン! 処刑人、ユシャワティン!」


「はーい、はいはい。みんな、落ち着いて……処刑人、ユシャワティン参上! いざ処刑!」


 ユシャワティンが頭の上で両手を合わせると、刀を気取って勢いよく振り下ろしました。


「サムライスピリッツ!ハラキリ、ゴクモン! シャキーン!」


 クヴォニスの両脚が胴体から切断されました。

 圭吾は出ない悲鳴が喉にはりつきました。

 わっ、とみんなが足をふみ鳴らし、手を打ち合わせました。


「次は死刑、死刑、死刑! チム=レサ!」

「ビリビリ、ビリビリ、やってよ、チム=レサ!」


 みんなにもてはやされて、プラチナブランドの女の子が前に出てきました。

 両手を矢印の形にして胸の前で交差させると、チム=レサはウインクをします。


「月に代わってぇ、おしおきよ! 」


 そのとき、ふ、と圭吾の身体が押さえつけられていた何かから解放されました。あわてて、圭吾はクヴォニスから手を離しました。


「受けてみなさい、サンダーアタック!」


 直後にクヴォニスの身体が振動し始めました。


「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」


 クヴォニスが圭吾の足下でうなりました。

 身体から煙が上がります。焦げ臭いにおいがします。

 ボッ、とクヴォニスの服のあちこちが発火しました。キレイに咲いたつるバラが燃え上がります。


「最後は火あぶり! 魔女狩り! ねえイオヴェズ!」

「イオヴェズ! イオヴェズ!」


 赤い髪の女の子にみんなが注目しました。


「勘弁して。調子が悪い、て言ってるじゃないの」


 みんなの期待に反して、素っ気なくイオヴェズは首を振りました。


「それよりもさっさと、片付けなさいよ、掃除が大変になるわよ」

「そうね、においも大変だわ」


 イオヴェズの横にいたピンクの髪の女の子、ミュナがサッと手をあげました。


「はい、もう終わり」


 その声が放たれた次の瞬間、全ては元に戻っていました。

 クヴォニスはきれいな身体で傷ひとつなく、台座の上に横たわっていました。


 圭吾は目をぱちくりさせました。

 悪い夢でも見たようです。


 圭吾の目の前で何事もなかったようにむくりとクヴォニスは起き上がりました。

 鼻をひくつかせ眉根を寄せて、 クヴォニスはこう言いました。


「自分のにおいだけど臭いなぁ。たのむよ、ヲン=フドワ」

「了解」


 オレンジの髪の男の子、ヲン=フドワが手をあげてふると、あたりに漂っていた血なまぐさいにおいと、焦げた肉のにおいはたちまち消えうせました。

 地下室の部屋の空気は、来たときと変わらず、清浄になりました。

 しかし、台の下の床にはまだ赤い血の跡が残っていました。


「ねえ、今のはなんだったの? どういう手品?」


 狐につままれたように圭吾はポカン、としてみんなに聞きました。

 けれども、みんなは笑うばかりです。


 その中で黒い髪のネママイアがいないことに圭吾は気がつきました。


「遊びだよ、ほんとうのあそび」


 ユシャワティンがキラキラした瞳で圭吾に近づきました。


「僕らだけに許されたあそび・・・さ。すごいだろ? ゲームみたいにリセットできるんだぜ。君もすぐに慣れて楽しくなるよ。どんだけおもしろい遊びかってことがわかる」

「何がおもしろいのか全然わかんない。僕、帰るね」


 みんなはへんな手品をして自分を驚かせたのだと、圭吾は腹が立ちました。

 嫌な不気味さも手伝って後じさりすると、圭吾はさようなら、とあいさつしました。


「ケイゴ、これから君はずっと僕たちと一緒なんだよ、何を言ってるの?」


 クヴォニスが不思議そうに言いました。


「君はもうすぐネママイアかイオヴェズと交代するんだ。ここに居なきゃいけない」

「何を言ってるの?」


 何か勘違いをしているのだと圭吾は思いました。


「誰かと間違ってるんじゃない? 僕は明後日には船に乗って飛行機に乗って日本に帰るんだよ。夏休みが終わって学校が始まってしまうから」

「学校!」


 ヲン=フドワが鼻を鳴らしました。


「つまんないところなんだろ! ここにいれば遊び放題だぜ! ずっと夏休みみたいなものなんだもの」

「好きなものは全部、ミゲロ神父が買ってくれるのよ。お菓子も食べ放題。ご飯を食べなくても怒られないわ」


 ミュナがチョコバーをかじりながら言いました。


「テレビも見放題。夜更かししても怒られないのよ」


 シャンケルが言います。


「僕たち、楽しみにしてたんだ。新しいメンバーが来るのをね。もう百年、このメンバーでずっといたんだもの。飽きもくるよ」


 フラサオが圭吾の手をつかみました。


「君の身体なら何色のバラが咲くのかな……ねえ、みんな、見てみたくない?」

「見てみたい、見てみたい!」


 みんながわっ、と圭吾の周りを取り囲みました。


「やめて!」

「大丈夫よ。ミュナが最後には治してくれるもの」


 チム=レサがにっこりと微笑んで圭吾の腕をつかみました。片方の腕はミュナがしっかりとつかんでいます。


「君の番だよ。祭壇に乗って」


 ヲン=フドワが背中を押します。


「さあ」

「いやだ! 帰らせて!」


 圭吾は悲鳴をあげました。

 そのとき。


 ボワッ!


 圭吾の身体の周りに火が現れて、子供たちはきゃっ、と叫んで圭吾から手を離しました。

 その直後に赤い髪のイオヴェズが圭吾にぶつかるようにして走ってきました。


「来て!」


 圭吾の手をとるなり、扉へと引っ張ります。


「イオヴェズ!」


 非難するように叫ぶ子供たちを振り返り、イオヴェズが手をかざしました。


「わあっ!」


 あたりが火の海になりました。


「逃げるわよ!」


 イオヴェズが体当たりするように扉を開けました。圭吾を連れ出すと振り返り、イオヴェズは扉に手をかざしました。じゅ、という音がしました。鉄製の扉を溶かしつけて、開かないようにしたようでした。


「はやく!」


 イオヴェズは圭吾の手をつかんで階段を駆け上がります。圭吾は足がもつれそうになりながらイオヴェズに必死について行きました。


 教会の礼拝室に入った途端、イオヴェズが急に立ち止まりました。

 圭吾は突然止まったイオヴェズの背中にしたたかに鼻をぶつけました。


「ネママイア」


 イオヴェズがつぶやいた先に、黒い髪と目の男の子が待ち構えているのが見えました。


「イオヴェズ。俺はネママイアだぜ」


 ネママイアはゆっくりとこっちに近づいてきました。


「君の考えていることなら分かる」
















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