大盛りパスタと彼の声

秋葉 達

第1話

 コンビニの仕事はスピードが命だ。

 午後四時に出勤すると、仕事帰りのお客様のために準備をする。揚げ物を作り、中華まんを蒸す。夕飯を買っていく人が多いので、お弁当の整理も大切な仕事だ。

 五時を過ぎると店内は帰宅前の人で溢れ、レジの前に列ができる。商品をスキャンする順番も大切で、カゴの中にお弁当等の温める必要な商品があったら真っ先にレジを通し「温めますか?」と先に確認する。他の商品をスキャンする前に電子レンジで温めることで時間短縮になるのだと、新人の頃に教わった。

 もうすぐコンビニのアルバイトを始めて一年になる。たまに失敗することはあるけれど、レジ打ちだけは、今年四十三歳になる店長よりも早い自信がある。

 午後七時を過ぎた辺りから、客足が途絶え始める。きっと各々夕食を食べ、家でテレビでも見ながらくつろいでいるのだろう。そんな想像をすると、自分も早く帰って録画してある音楽番組でも見たい気持ちになってくるのだけど、今日もあの人が来るかもしれないと思うと帰るわけにはいかない。

「お客さんも少なくなってきたし、そろそろ休憩行ってきて大丈夫だよ」

「あ、わかりました。お先に休憩入ります」と礼儀正しく挨拶をしてくれる後輩を見て、少し罪悪感が生まれた。

 毎回決まった時間に来店する彼を初めて意識したのは一ヶ月前くらいで、お会計時に慌てた様子で「すみません、お金おろしてくるので、少し待っていてください」と急いでATMに向かう姿がなんだか可愛かったのを今でも覚えている。それ以来少しずつ会話するようになった。

 そして今日も、いつも通りの時間に彼が来店した。

「いらっしゃいませ〜」

 なるべく平然を装いつつ、挨拶をする。まだ着慣れていなさそうなスーツを着た彼が、ぺこりを軽くお辞儀をした。

 彼が買うものは大体決まっていて、大盛りパスタと炭酸飲料、あとたまにチョコレートなどを買っていく。買い物内容を覚えているなんてちょっとストーカーみたいだなと自分でも思うけれど、毎日同じような商品をカゴに入れてレジに来る彼を意識していたら、自然と覚えてしまった。

「いらっしゃいませ。お仕事おつかれさまでした」

商品を一つずつスキャンしながら、世間話をするのが日課になっていた。

「ありがとう。なんか最近毎日いない?」

「毎日ご来店ありがとうございますー。女子は色々とお金がかかるもんなんですよ」

「そりゃ男にはわからない苦労なのかな」

 会話してる時の無邪気な笑顔が、わたしは好きだ。年上なのに話しやすく、わたしの顔も自然とほころんでいく。この時間が楽しみで、毎日無理やりシフトに入れてもらっているだなんて、絶対に言えない。

「パスタは温めますか?」と最後の商品をスキャンしてから言ったら、彼はわざとらしくお辞儀をしながら「お願いします」と答えた。

「そういえば、今日ってスーパームーンらしいよ」

「スーパームーン?ってなんですか?」

「月が一段と大きく見える日なんだって。今日天気良いから見えるかも」

 出入り口に向かって歩く彼につられて、わたしも一緒に外に歩き出した。

「あ、ほら見て。あんなに大きく見える」

 月を指さしながらわたしに笑顔を向ける彼の顔は、普段店内で見るよりも綺麗に見えた。月明かりのせいだろうか。一瞬見惚れてしまったわたしは慌てて、彼の指さす空を見た。

「わぁ……綺麗ですね………」

 こんなに綺麗な月を初めて見た。無音の中、吸い込まれそうなほど大きくみえる月に見惚れていたら、彼の視線がこっちを向いていることに気づいた」

 月明かりに照らされながら、わたしと彼は見つめあった。なんでわたしの顔を見ているのだろう。自分にとって都合のいい理由ばかりが頭の中をよぎる。顔が熱くなっていくのが自分でもはっきりとわかった。

「あの…」と彼が口を開いた瞬間、店内の電子レンジから温めが終わった事を知らせる電子音が鳴り響いた。

「あ、商品のことすっかり忘れてました」

 急いで電子レンジの音を止めに行くわたしは、どんな表情をしていたんだろう。

「お待たせしました」

 商品の入った袋を手渡す時、彼の手が少し触れた。不自然にならないように笑顔を作りながら、わたしは彼を見送る。彼はなんて言おうとしたんだろう。もしかしたら、また雑談に花咲かせようとしただけかもしれない。スーパームーンの雑学なんかを披露して、得意げな顔をしていただけかもしれない。

 でも、もしかしたら、違うかもしれない。

「休憩ありがとうございました〜」

 事務所から戻ってきた後輩を見て、わたしは「ちょっとレジ見てて」と外へと向かって走り出した。

「あの!」

 大声で呼び止めれらた彼は、驚いた様子で振り返る。

「また明日!お待ちしてます!」

 目を丸くした彼が「ふふっ」と笑った後に、満遍の笑みで手を振ってくれた。軽やかに歩き出す彼の後ろ姿を少し見つめた後に、わたしはお店にもどった。

 明日のシフトは誰だったかな。そうだ、明日発売のチョコレートを買いに来よう。たぶんそのチョコレートは、きっと忘れられない味になる。

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大盛りパスタと彼の声 秋葉 達 @Toru_Akiba

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