海で食べるプリン

@flutami

第1話

オレが海水浴場で日光浴をしていると、物売りの声が聞こえてきた。


 季節は夏真っ盛り。海岸には人が大勢賑わっている。オレは海岸の隅っこの方を陣取り、デッキチェアに寝転がりながら水平線をただ眺めていた。海パン一丁の姿だが海には入らない。もうこの歳にもなると、砂浜で日の光を浴びてるだけで満足なのだ。


 最初、物売りの声は雑音として周囲のざわつきに紛れているだけだった。けれども彼の言葉が理解できた途端、オレの興味はすぐさまそちらへ引かれた。


「プリン、プリンいかがっすかー!」


 プリン?海岸でプリンを売るなんて珍しいこともあるもんだ。アイスや飲み物なら分かるけど、プリンって。


 オレはチェアの横に置かれたテーブルからビール入りのタンブラーを取ると、プリン売りの兄ちゃんを目で追った。クーラーボックスを肩にかけている。恐らくあの中にプリンが入っているのだろう。こんな暑い日にあんな重そうなボックスを持ってプリンを売るなんて、ご苦労なこった。もっとマシな物を売れば良いのに。


 冷えたビールがうまい。プリンなんて売らずに、ビールを売ればいいのだ。プリンなんかよりもよっぽど売れるはずである。利益率も良いはずだ。なぜよりによってプリンなのだろうか。


 オレが疑問に思っていると、中学生くらいの女の子がプリン売りに駆け寄っていった。


「プリン2つ下さい!」

「あいよ。合計で400円ね」


 女の子はプリンとスプーンを受け取る。遠目に見たところ、普通のカスタードプリンのようだ。女の子はお礼を言って、来たときと同じように走って帰っていった。オレが知らないだけで、海でプリンを食べる客は結構多いのかもしれない。今の中高生が何を考えてるのかなんて分かりやしない。それにしてもプリンを買ったあの女の子、とても良い笑顔だったな。彼氏なんかと一緒に食べるのかな。若い。羨ましい限りだ。


 プリン1つで200円か。売り歩いている割には安い。海岸でプリンを食べてみる、というのも意外とオツかもしれない。なんだか無性にプリンが食べたくなってきた。女の子が買ったプリンを見ていたせいだ。あの甘みが恋しい。


「すいません。プリン売りの人、プリン1つ下さい」


 気づいたときにはデッキチェアから身を乗り出して、少し大きめの声で叫んでいた。プリン売りはすぐこちらに気づく。結局、オレはプリンを買ってしまった。プリン売りは客であるオレに軽く会釈したあと、大声でプリンを宣伝しながら人混みへと消えていった。




 オレは買った物を確認した。プラスチックのスプーンと、プラスチックのカップに入った普通のプリンだ。底にはきちんとカラメルが見える。さっきまでクーラーボックスで冷やされていたのか、とてもひんやりとしている。


 まあ、ずっと眺めていても仕方がない。こんな真夏日だ。なま物であるプリンなんて、すぐに悪くなってしまうかもしれない。オレは早速カップの封を開け、ビニールからスプーンを取り出すと、プリンをすくって口へ運んだ。


 うん、うまい。滑らかな舌触りだ。少し強めの甘みが舌を通じて脳に伝わる。オレはカップの底にまでスプーンを突っ込み、今度はカラメルと一緒に食してみた。美味しい。甘めに作られたプリン部分とは対照的に、カラメルソースは苦味が強めだった。だが、この炎天下のもとではこの苦味がたまらない。飲み慣れたビールとはまた違う、懐かしい苦味だ。甘みと苦味が口の中で溶け合う。オレは次々とプリンを口へ運び、すぐに全て平らげてしまった。


 海にプリン。案外悪く無いのかもしれないな。もしくは海で食べれば何でも美味しく感じるということか?まあいい。今日は新しい発見があったのだ。


 オレは日光浴の続きに戻った。




 それにしても暑い。さっき食べたプリンの甘さがまだ口の中に残っている。暑いし、甘ったるい。オレは口の中をビールで流すため、タンブラーを手にとった。そこで思い出す。カラだ。もうビールが無い。さっき、女の子を見ながら全部飲んじまったんだ。


 予備のビールはもう無く、新しく買うには海の家まで歩く必要があった。海の家はずっと遠くに見える。人混みをかいくぐり、そこまで歩いて行くことを想像して、オレは溜息をついた。


 飲み物はない。口の中は甘ったるい。仕方ねえなあ。オレはデッキチェアから重い腰をあげると、海へ向かって歩き出した。久々に泳いでみる気になったのだ。甘ったるさも海水で流されるかもしれないしな。波がこちらへ打ち寄せてくる。足にかかる水しぶきが思ってたよりも冷たい。


 オレは日光浴をやめたことを一瞬だけ後悔したがすぐに思い直し、頭から海へ真っ逆さまに飛び込んだ。

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