第3話 ブラフと本音

 「あ、どうぞ座って下さい」


 「ああ、済まない。ありがとう」


 恋路と相談者らしい女生徒の正面衝突から数分後、恋路はその女生徒と向かい合って座っていた。

 ちなみに夏恋と光は恋路の後ろにボディーガードのように左右に分かれて立っている。

 まあ、そんなに姿勢を良くしている訳では無いが。

 

 「じゃあ・・・」


 早速、恋路が自己紹介をしようとした所、恋路の視線が女生徒が身に着けているネクタイを捉える。

 

 藤壺学園では学年によってネクタイの色を1年生は【赤】、2年生は【緑】、3年生は【青】というように分けている。


 それは生徒数の多さのあまり見た目では学年を判断できなかったり、生徒同士お互いの学年が分からず、コミュニケーションの取りづらさの防止など様々な理由がある。


 その女生徒のネクタイは緑なので2年生。恋路達の先輩に当たる。

 


 「っと、先程はすみません。自己紹介が遅れました。俺は1年の叶恋路っす」


 恋路も礼儀ぐらいは心得ているので先輩には敬語で謝罪も兼ねた自己紹介をする。

 ・・・敬語の使い方は少しおかしいが。


 「俺も1年の七瀬光です」


 「私も1年の倉木夏恋です」


 後の2人もネクタイの色で先輩だと気付いたようでこちらは正しい敬語で自己紹介をする。


 「ああ、こちらも突然済まなかった。私は2年の【源紫乃みなもとしの】だ。よろしく」


 紫乃は恋路達が後輩にも関わらず礼儀正しく一礼してくる。

 しかもそのお辞儀がピシッとしており、茶道など礼儀に厳しい習い事などを習っていたのか、お手本の如く綺麗で違和感の無いほど様になっていた。

 

 紫乃の名前が耳に入った途端、「ああ、先輩が・・・」と紫乃の事を知っているのか相槌を打つ。


 「先輩の事は名前だけ存じています。あの新聞部発行の学園新聞に名前が乗っていました」


 光が学園新聞の記事に目を通していた時、偶然、夏恋だけで無く、紫乃の名前も覚えていたらしい。   

 思い出したように口にする。


 「マジ?先輩もあの新聞に名を連ねていたのか。ちなみに何位?」


 「確か、2位だったはず・・・」


 「で、コイツは?」

  

 「あー、倉木さんは3位だったかな」


 新聞部の独断と偏見によって順位付けされたのだがそれでも学年3位。文句無しの結果だが、3位という結果を恋路は鼻で笑う。


 「ハッ、残念だったな倉木。上には上がいる。先輩の方が美人だと世間で評価されているんだ。残念だが諦めろ」


 「止めてよ。それじゃ私がランク入りを狙っていたように聞こえるし。・・・しかも私3位だったんだ」


 女子としては嬉しいのだが、それが親友が自分の情報を新聞部に売った結果なので、喜ぶべきかを迷っている微妙な表情だ。


 「あの・・・そろそろ本題に入っても大丈夫だろうか?」


 恋路に美人扱いされたのが恥ずかしいのか、少し頬を染める紫乃。

 

 少し長めの紫紺しこんの色のポニーテールの凛とした顔立ちが特徴的な少女で、可愛い、というより美人、という言葉が似合う。


 更に女子高生には珍しく高身長で、先程、ぶつかった時、170センチ前後の身長の恋路とほぼ変わらない場所を痛めていたからほぼ身長は同じくらいの170センチ程だろう。


 高身長に凛とした姿。スーパーモデル並みの体型。場所が場所なら直ぐにスカウトがあってもおかしくはない。

 夏恋とはタイプが違った美人だが、

 夏恋に負けずとも劣らないルックスの持ち主だ。

 


 「で、先輩はどんな相談事で?見たところ先輩自身の恋愛の相談ではないっすよね?」


 「あ、ああ、その通りなのだが・・・あの1つ質問良いだろうか?」


 「はい、何か?」


 「恋愛相談を請け負っているのはしているのはそこにいる七瀬君と聞いていたのだが・・・」


 紫乃は遠慮がちにだが、聞いていた話と違ったのか困惑したように光に視線を向けながら遠慮がちに言ってくる。


 「ああ、それなんですけど、実際は俺がその相談事を引き受けているんすよ」

 

 「そうなのか?・・・あ、いや別に七瀬君が良かったなどとは思っていないんだ!そこだけは誤解しないで欲しい!」


 「あ、ハイ。分かってますよ。それで相談内容は?」


 そんなに焦らなくても、と言いたげな表情を浮かべる恋路。

 まるで最初から分かっているような落ち着いた態度だった。

 

 そんな冷静な恋路の対応に先程までの自分の狼狽ぶりが恥ずかしくなったのか、また頬を染める紫乃だったが、直ぐに気を取り直して


 「その相談内容だがーー」


 と相談内容を言い始めた。



 ◇ ◇ ◇


 紫乃の相談内容は、紫乃の知り合いの男子生徒の恋愛についてだった。


 その男子生徒の名前は【新堂崇人しんどうたかと】。崇人は1年の時からある女子生徒に片思いをしているらしい。


 ここではその女生徒をBとしよう。


 崇人はその女子生徒Bとは仲も良好で時々、一緒に帰っていたりといい関係を築いていたらしい。

         

 そして2年になり少し経ったある日期せずして告白のチャンスが訪れる。

 それは【恋愛禁止】の校則が無くなったの事だ。

 これをチャンスと思い、崇人がさあ、告白しようとしていた所、先に他の男子生徒からBに告白があったらしい。


 崇人はこっちの方が仲が良いからどうせ断るだろう、と高を括っていた所、Bが満更でも無い様子で崇人に自慢してきたらしい。


 それにショックを受けた崇人は告白する気が一瞬で消えてしまい、心此処に非ずと言った状態になってしまったらしい。


 それを心配した紫乃が崇人から相談を受け、どうしようかと迷っていた時に光の恋愛相談の噂を聞きつけ、足を運んだらしいーー




 「なるほど、普段仲が良かったから、何処ぞのヤツが自分に勝てる訳が無い・・・と思っていたらまさか・・・ってヤツか」


 「油断大敵、って事ですか・・・」


 「でもショックかも、好きな人から告白された事を自慢されると・・・」


 「私も力になりたいが、何せ産まれてこの方武道にしか力を注いでいなくて、恋愛事には疎くてな・・・」


 紫乃はそんな自分を不甲斐無いとでも思ったのか肩を落とす。


 「・・・その女の先輩は告白をOKしたんですか?」

 

 夏恋がこの恋愛事の鍵となる部分を訊く。


 「いや、話によると返事はまだしていないらしい」


 「そうですか・・・」


 それを訊いて少し安心したのか夏恋が安堵の表情を浮かべる。


 「それで、どうするんだ恋路?」


 「ま、その先輩に実際に会ってみるしか方法は無いだろ」


 「だよね」


 「え、ちょっと待って、今から会いに行くの?」


 夏恋がそう訊いてくるが、恋路は、マジかコイツ、と言いたげな表情を浮かべ、溜息を1つ付きこう言う。


 「当たり前だろ。何言ってんだ」


 「えー、でも流石にこの時間は・・・」


 もう放課後から1時間はとうに過ぎている。もう帰宅しているか、部活に入っているのなら練習しているかのどちらかだろう。


 その夏恋の発言を聞いて恋路は更に呆れたような表情を浮かべた。


 「アホか、この相談事はスピード勝負な所もあんだよ。極端な事を言えば今すぐにでもその先輩に告らせたい所だ」


 「え、それって・・・?」


 どういう事か、と思っていると


 「もし、その先輩が今日の夜にでも答えを出して【LANE(レーン)】でもメールでも告白をOKしたらそこでゲームオーバーだからね。恋路の考えとしては一応、男子の先輩も告らして同じ土俵に持って行きたいんだよ」


 光は恋路の意図を理解していたらしく分かりやすく説明する。


 「あっ・・!」


 「そういうことだ。その男の先輩は女の先輩と仲が良かったっていう話だからな。今まで仲の良かったヤツから告られたら、多少気持ちが揺らぐだろ。

 ここで揺らがないヤツはまず告白受けた時点でOK出しているはずだからな」


 「確かに・・・」


 「ほら。そうと決まったなら行くぞ」


 「え、私も?」


 「当たり前だろ?お前が俺の事、中二病呼ばわりするからわざわざ証明しようとしているんだろ」


 「うっ・・・」


 確かにあの時恋路の事を中二病呼ばわりして馬鹿にしたのは夏恋だ。

 自分で撒いた種なので自分がどうにかするしかない。


 「それに・・・」


 「え・・」

 

 恋路が夏恋にスッと近づき、耳元でこう囁く。


 「お前の告白を断るヒントも得られるかもな」


 「!」


 夏恋の相談内容をとうに見抜いていて、それを前提にして言ってくる。


 「・・・私まだ相談内容言ってないんですけど」


 「もうとっくにバレてんだよバカ」


 人を小馬鹿にした軽薄そうな笑みを浮かべる。

夏恋はその恋路の馬鹿にした態度にムッと来たので

 「へえ、あの【恋愛センサー】(笑)で?」


 夏恋は相談内容がバレたのが悔しいのか少し八つ当たり気味に恋路をディスる。

 


 「おまっ・・・!」


 「あはは、倉木さんって意外に毒舌なんだ?」


 「え、そうかな?」

 

 「・・・自覚ないのかよ」

 

 まあいい、と恋路は反論する事を諦めてこの話を閉じ

 


 「それじゃ先輩、行きましょう。その先輩は今何処に?」


 紫乃にその男子の先輩の居場所を

尋ねる。 


 「ああ、普段通りなら・・・」


 紫乃がその先輩が居るであろう場所を告げると、露骨に恋路が嫌な顔をした。



 ◇ ◇ ◇

 

 恋路達がボロ校舎から出発して20分後、部室棟の1階に来る。



 「着いたぞ。ここになる」


 そう先輩が言ってその部屋の扉を開けるとーー


 「ハアアーー!!」


 「オオォーー!!」


 「ウィィーー!!」


 そこは男子高校生の野太い声と青春の汗が舞う武道場だった。



 「・・・・」


 「ココなんだねその男子の先輩がいるところ・・・」


 「まあ、武道を嗜んでいる源先輩の知り合いだから意外でも無いはずだけど」


 今、恋路達の目の前では道着に身を包んだ筋肉質の男子生徒が技の掛け合いや投げたり、極めたりをしている。


 「・・・その男子の先輩って柔道部かよ・・・」


 全く想像つかなかった。

 いや、確かに武道を身に着けている先輩の知り合いだから有り得ない話でも無い。


 別に誰が恋愛をしようが自由だ。

 恋路もこの事は当たり前だと思っているし、どうこう言うつもりはない。

 じゃあ、この恋路の急激のやる気ダウンの理由はというとーー


 「ガチの体育会系かよ・・・」


 暑苦しいにも程がある。

 いや、特に恋路は運動が苦手とかそんな事はないが、基本的に熱い人間やテンションの高い人間がそれほど得意ではない。

 恋路の性格は【陰】の要素が強いので、あまり【陽】タイプの人間とは関わりが少ない。

 某テニスプレイヤーなどは恋路には天敵に等しい。


 だが、その女の先輩がいつ、告白を受け入れるのか分からないので四の五の言ってられない状況だ。


 「源先輩。それで例の先輩は・・・」


 「ああ、それなら向こうに・・・」


 紫乃が指差す方に視線を向けると・・・



 「「「あ」」」


 恋路、夏恋、光の3人同時に見つけたらしく3人の声も被る。

 だが、それは誰でも分かるだろう。

 何故ならその男はーー


 「ハアアッッ!!どうした新堂!体調悪いのか!?」


 「・・・いえ」


 「ムンッッッ!!どうした新堂!疲れたのか!?」


 「・・・いえ」


 「ウォォォッ!!どうした新堂!腹減ったのか!?」


 「・・・いえ」


 皆が稽古に取り組んでいる中、1人だけパイプ椅子に座り、某ボクシング漫画のボクサーの如く燃え尽きていた。


 それを見た3人の第一声は一致。



 「「「もうダメだ」」」


 

 「まっ、待ってくれ、まだ諦めないでくれ!」


 紫乃が慌ててそう引き止めるが、


 「ですが先輩。このまま放っておいたら直ぐに樹海に行きそうな雰囲気醸し出してるんですけど」


 「私も、ここまでダメージ受けているとは・・・」


 「これで想い人が付き合っている事が発覚した場合が怖いですね・・・」

 

思い思いにその絶望に打ちひしがれた男の第一印象を述べていく。


 「多少落ち込んでいるとは思っていたが、まさかここまでとはな・・・」


 実に、実に

 

 

 「まあ、当人から話を聞かないと話にならないからな。先輩、その先輩を呼んで来て貰えますか?」


 「ああ、分かった」


 いきなり面識の無い先輩に話し掛けるのは入学して1ヶ月と少しの1年生トリオには少し荷が重いので、紫乃に頼む。


 だが紫乃はーー


 「おーい、少しいいだろうか!?」


 「「「!?」」」


 

 普通、用事のある先輩にだけ声を掛けると思ったのだが、何と紫乃は柔道部員の全員に声を掛けた。


 「「「ん!?」」」


 ピタっ、と練習を止めて野太い声で体格もガッチリとしている柔道部員が一斉に恋路達のいる方を向いてくる。


 ズン、ズン、ズン!!


 しかも恋路達の方に近づいてくる!


 (((あ、死んだ・・・)))


 その時の3人の思考は奇跡的にもまた一致する。

 

 練習を急に止めさせられ、頭にきて投げ技の実験台にさせられると思ったがーー


 

 「「「お嬢!!お疲れ様ですッッ!!」」」

 

 一寸の狂いも無く、ほぼ同時に紫乃(・・)に向かって礼をする。


 「「「え・・・」」」


 何が起こったのか理解できない1年生3人。

 それに対して紫乃は


 「もう、お嬢は止めてくれ、と何度も言っているのに・・・」


 【お嬢】と呼ばれるのは嫌なのか、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。


 ◇ ◇ ◇


 紫乃の一家の源家は、鎌倉幕府を築いた【源頼朝みなもとのよりとも】の傍流にあたる一家。

 武士の家系の名残なのか現在は道場を開いて、護身術や柔道、弓道などを教えて生計を立てているらしい。


 藤壺の柔道部員達も紫乃の父親には世話になっているらしい。


 紫乃も時々、柔道部員達の指導を行っているらしく、紫乃の存在は、体育会系の男子達のオアシスとなり、紫乃の事をいつからか【お嬢】と呼ぶことになったらしい。


 だが、紫乃の父親だけで無く、紫乃からも教えを受けている身なので、紫乃にも丁寧な態度を取るべき、と体育会系の真っ直ぐさと紫乃をアイドル的存在にしている感情が混じり合い、間違った方向に表れ、今の様な状態になった。



 「ああ、だから【お嬢】と呼ばれているんですね」


 「【お嬢】は止めてくれ・・・道場の皆から言われるのは流石に慣れたが他の人からそう呼ばれると恥ずかしい・・・」


 恋路がそう言うと、紫乃が俯いて頬を染める。

 

 その恥ずかしそうにしている紫乃の様子を見た柔道部員達はーー


 「か、可愛い・・・」


 「流石は俺達の女神・・・」


 「普段の凛とした表情とのギャップが・・・イイ」


 先程まで大声を出し、必死に練習していた柔道部員達はクネクネと身をよじらせ、紫乃を見て悶ている。


 「あはは・・・」


 夏恋もその柔道部員の様子を見て笑ってはいるが確実にドン引きしている。

 心のディスタンスは100メートルあるだろう。


 「先輩。新堂先輩を・・・」


 「おっと、そうだった。済まないが、新堂を呼んで来てもらえないか?」


 恋路が紫乃にパイプ椅子に座っている失恋の炎で燃え尽きている崇人(まだフラれたかどうかは分からないのだが)を呼んでもらう。


 「はいっ!」


 紫乃に話し掛けられた柔道部員は先とはうって変わってピシッとした熱い体育会系に戻って、機敏な動きで崇人を肩に担いで

持ってきた。


 「連れて来ました!」


 「ああ、ありがとう。・・・おい、

新堂」


 紫乃が崇人に話し掛けるが・・・


 「・・・」


 「へんじがない。ただのしかばねのようだ」


  恋路が某RPGの有名フレーズを引用して崇人の現状を表す。

 

 「ふっ!」


 「叶君!」

 

 それに珍しく光が小さく噴き出し、夏恋が恋路を睨んで嗜める。

 

 「おい、新堂!・・・叶君、反応が無いのだが・・・」


 「・・・ひとまず連れて行きましょう。

 おい光、お前は足を持て、俺は腕を持つから。倉木は腰を支えろ。源先輩は新堂先輩の私物の類をお願いしていいっすか?」


 「分かった」


 「あ、うん」


 「了解した。済まない皆、少し新堂を借りるぞ」


 「「「はい!」」」


 「あと新堂の私物は・・・」


 「・・・持ってきました!」


 1人の柔道部員が何故か汗だくで、息も絶え絶えになりながらカバンやら靴やらをもってきていた。


 そんなに急がなくてもいいのに・・・と紫乃が思いながらその部員に礼を言おうとしたら、その部員の後ろには沢山の部員が倒れている。


 紫乃は何が起こったのかよく分からなかったので私物を持ってきてくれた部員に


 「ありがとう」

 

 花も羨むような笑顔で礼を言った。

 礼をされた部員は勿論の事。


 「はうっっ・・・!」


 感激のあまりに心臓を撃ち抜かれたかの様に倒れる。



 ・・・だが1年生トリオは最初から最後までしっかりと見ていた。



 「「「・・・・」」」



 新堂の私物を誰が渡すかで、バトルロワイヤルを広げていた部員達を・・・



 ◇ ◇ ◇


 一同は中庭に到着。



 「かけるよー、せーのっ!」


 バシャ! 


 夏恋が崇人にバケツ一杯の水をかけて意識を覚醒させる。


 「・・・大丈夫かな?生きてるかな?」


 「お前もまあ大概失礼な事言うよな。

 見ろよこの虚ろな目を、どっからどう見たって生きてるだろ」


 「・・・まあ、死んではいないだろうけど、それで生きてるって言うのもね・・・」


 夏恋の発言に恋路がツッコミ、恋路のツッコミに更に光がツッコむという謎のやり取りが行われていた。


 「ここは・・・?」


 「新堂!良かった・・生き返ったのか!」


 「いや、死んでいませんって・・・」


 紫乃のナチュラルなボケに光がまたツッコむ。

 光はツッコミ体質ではないが、周りにボケしかいないので消去法的にこの役目を押し付けられた感がある。


 「・・・あれ、お嬢?どうして・・?」

 

 「ああ、お前に用があってな・・」


 「そうですか・・・。あの・・・」


 「ああ、この人達はお前の悩み事を解決してくれる人だ」


 「悩み事・・・?ああ、アレですか・・・」


 その話題になった途端、また崇人が虚ろな目になり、急激にテンションがダウンする。

 どうやらその件は相当堪えているようだ。


 「新堂先輩」


 「? お前は・・?」


 「俺は叶恋路と言います。今回源先輩からの依頼を受けてあなたの恋の成就を手伝いに来ました」


 恋路は先程まで崇人をイジっていた姿が嘘のように見える対応で自己紹介をする。

 あの砕け過ぎた敬語も使わずに。


 「俺は七瀬光です」


 「私は倉木夏恋です」


 新堂はチラッと恋路達を一瞥した後、すぐに俯く。


 「恋の成就?ハハッ、もう可能性すら無いのに?」


 体にマイナスのオーラを纏い、もう既に諦めた様子を感じさせる崇人。

 

 「そ、そんな事は無い!!」


 「え、ええ。そんな事ありませんよ!まだフラれたとは限りませんし!」


 紫乃と夏恋がフォローにまわるがーー


 「そんな慰めはもう・・・だって、だって橋本に告白した相手は・・・!」


 焼け石に水、暖簾のれんに腕押し、全く効果の無い状態だ。

 もう自分の恋路に区切りをつけるかのように

 

 「・・・ありがとうお嬢。相談に乗ってくれたりして、俺めっちゃ支えられたよ」


 紫乃に今までの感謝を伝えて終わりにはいっている。


 「そんな諦めた様なムードになるな!まだ分からないだろ!フラれてもないのに!」


 「もういいんだお嬢・・・」

 

 「諦めるな新堂!」


 紫乃がまだ頑張れると一生懸命に崇人を励ます。


 「新堂は人一倍努力家で、練習も毎回残ってまで頑張ってる!父も褒めていたぞ。柔道部では2年にも関わらず部のエースだ!それからーー」 

  

 だがーー


 「もういいんだッッ!!」


 「・・・ッ!」


 「もういいんだ。ほっといてくれ・・・」


 崇人から拒まれる。


 紫乃は掛ける言葉が見つからない。

 紫乃は今までの人生で世間一般の【恋愛】と呼ばれる物を経験した事が無い。

 その為、好きな人が目の前で他の人に告白された事を喜んでいる姿を見た崇人がどれだけ辛かったか分からない。

 半端な同情は崇人に対して失礼にあたるだろう。

 紫乃もそれは理解している。

 


 「叶君・・・」


 紫乃はこの状況を打開してくれる唯一の人物、恋路に頼った。

 思えば最初は光の噂を聞いて訪ねてきたのだが、本当は恋路が相談事の解決にあたっていると聞いても不思議と違和感が無かった。

 これも長年武道に携わっている内に芽生えた1つの勘、だろうか? 


 紫乃はその勘を信じ、恋路に一縷の望みをかける。

 だが、恋路はーー



 「あ、電話だ」




 「・・・え?」


 見事なまでにその期待を裏切り、今までのやり取りで作り上げられた重い雰囲気を無視してポケットからスマホを取り出して電話に出る。

 他の皆も空いた口が塞がらない、といった様子だ。

 

 「もしもし、ああ、俺だけど。

 ・・・え、な、何だってーー!?」

 

 「「「?」」」


 全員が突如、驚くように声を上げた恋路の会話に注目する。

 付き合いの長い光でさえ恋路の性格上このような大声はまず上げないので驚いている。

 そして恋路からこの場にいる全員が信じられない事を口にする。


 「新堂先輩の件だが、告白をOKしただとーー」



 「「なっ・・・!」」


 夏恋と紫乃はその初耳の事実に驚きを隠せない様子だ。

 だが、それ以上の驚きを見せる男が1人。

 それはーー

 

 「何ィィーー!!」



 「あっ」


 先程の纏っていた負のオーラや諦めの言葉は一体何処へやら。

 崇人は恋路のスマホをひったくり、


 「おい!その話は本当かッッ!!」

 

 直接マイクの部分に口を近づけてまで聞いてくる。


 だがーー


 シーン



 恋路のスマホは電話を掛ける前の状態の様に何も反応がない。

 まあ、


 「ど、どういう事?」


 何が起きているのか分からない様子の夏恋が恋路に尋ねようと恋路の方を向き、同じく他のメンバーもどういう事かを尋ねようと恋路の方を向く。


 すると恋路はニヤッ、といやらしい笑みを浮かべた。

 そしてーー


 「なーんだ先輩。ホントは気になってるんじゃないっすかーー」



 「あっ・・・」


 しまった・・・、という感じで分かりやすく口元に手をあてる崇人。


 「ど、どういうことだい?叶君?」


 紫乃も現状をイマイチ理解できないのか恋路にどういうことか尋ねる。


 「どういうことも何も。あの電話はっすよ」


 「「「なっ!?」」」


 「あー、なるほど」

 

 夏恋、紫乃、崇人は驚きのあまり声を上げるが、光だけは納得した様子だ。


 恋路は崇人の想い人の名前すら知らない。

 だからこんな電話が掛かってくる筈もなく、誰かを使って調べさせる事ができる訳がない。

 だが、その事について知っているのは恋路の他に夏恋、紫乃、光の計4名だけ。

 

 崇人はその事実を知らない。


 恋路は最初から新堂がまだ諦めきれていない事を見抜いていて、新堂がその事を知らないのを逆手に取ってこのような作戦を取った。

 

 結果は見ての通りだ。


 「強がんない方がいいっすよ。今ので諦めついてないのはバレてますし」

 

 ちゃんと告った方がいいっすよ、と言いながら新堂からスマホを返してもらう。


 「叶って言ったか・・・」 


 恋路の策に上手く嵌められたので、恋路を悔しさと恥ずかしさと恨みが入り混じった瞳で睨みつける。


 「ええ、叶。叶恋路っす」


 恋路は口角を軽く上げ、人から自分の事を嘲笑っていると言われる表情を浮かべる。

 しかも、先程のきちんとした敬語は何処へやら。先輩に使う「〜っす」の口調に戻る。


 「確かにお前の言う通りだ。俺は橋本の事がまだ諦めきれてない」


 「じゃあ、何で諦めるんすか?まだチャンスはあるのに」


 そう訊くと、崇人はチラっと恋路の後ろにいる3人へ視線を向ける。

 夏恋、紫乃、光。10人中10人誰もが認めるイケメン、美女だ。

 それを見てハッ、と崇人は自嘲気味に笑う。


 「お嬢や後ろの1年には一生分からないはずだ。それはーー」「だが、俺のルックスじゃ橋本先輩に釣り合わないー、っすか?」


 自分の悩み、いや自分のコンプレックスを5分前に会ったヤツに見抜かれる。

 

 「何で・・・!?お嬢に聞いたのか?」


 崇人が紫乃の方を向き確認をとるが紫乃は言っていない、と首を横に振る。


 「別にそんな事先輩に訊かなくても俺は分かりますよ」


 恋路の目には崇人が紫がかったオーラを纏っているように視えている。


 誰か好意を寄せている人物がいる時に視える赤に近いピンク色のオーラと自分にマイナス面の事がある時視えるグレーに近い青のオーラ。

 それが混じり、今の紫がかったオーラに視えている。



 「で、その橋本先輩は美人なんすか?」

 

 「ああ、だから・・・」


 「いいじゃないっすか。そんな美人と付き合えるなら。とっとと告りましょうよ」


 「だからそれが出来ないから・・・!」


  新堂は未だにヘラヘラしている恋路の対応が癇(かん)に障るのか段々声を荒げて言い返す。

 だがーー


 「おいおい、出来ない、は違うだろ。

 ビビってる、だろ?」

  

 「ッッ!」


 急に恋路の口調、雰囲気が変化する。

 表情は先程と同じくヘラヘラしているが声はゾッとする程冷たい。


 「『フラれたらどうしよー』とか、『今までの関係がー』とかそんなちっさい事で一々悩んでいる暇あんならとっとと告れよ」


 「つーか、どんだけ構ってほしいんだよ?わざわざ源先輩の手を煩わせてまで。しっかりしろよー。男の子だろー?」


 わざと聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるような口調で話す恋路。


 崇人は俯きながら怒り、悔しみに拳を震わせて耐えている。

 ・・・もしくは自覚しているのか何も言い返す事が出来ないからか。

 

 その様子を知ってか知らずか恋路は新堂の所へ歩を進める。


 そして恋路はヘラヘラ笑いながら新堂の顔を覗き込みながら、新堂の一番言われたくない事を言い放つ。


 

 「んだよ。やっぱこんなチキン野郎より告白した男の方が橋本先輩とお似合いじゃねーか」



 「お前ッッーー!!」

 

 遂に我慢が限界に来たのか、新堂が恋路の胸ぐらを掴む。


 「叶君!?」


 紫乃が見かねたのか怒り狂った新堂止めに入るが恋路が止めるな、と制す。



 「お前に何が分かるッッ!!」


 「お前に何が分かる!好き放題言いやがって!当事者でもないのに!俺の気持ちも知らずに!」


 今まで相談相手だった紫乃にも言えず、ずっと抱えてきた感情を今、爆発させる。


 だが恋路は胸ぐらを掴まれても顔色一つ変えず、むしろ先程以上のいやらしい笑みを浮かべる。


 「分かる訳ねーだろ」

 

 「なっ!?」


 「じゃあ何で自分にもういい、と言い聞かせて、諦めたフリをする?何で仲の良い友達のままでいい、と妥協する?」

 

 「それは・・・!」


 「それはただ単に他の人から慰めて欲しいだけだ。その人が本当に好きなら今はどうやってその恋敵に勝つかだけを考えてるはずだ」

 

 胸ぐらにある崇人の手を払いのけ恋路は


 無慈悲に、

 

 冷酷に、



 「アンタの気持ちは偽物だ」


 こう言い放つ。


 

 「叶君!少し言い過ぎだよ!」


 「言い過ぎだ!叶君!」


 それを見かねた夏恋も紫乃も流石に非道(ひど)い、と思ったのか止めに入る。

 しかしーー


 「違う!」



 「本当に好きなんだ!アイツの言葉があったから馬鹿にされた柔道も誇りに思えた!アイツの励ましがあったから頑張れた!俺のこの気持ちに間違いはない!」

 

 「だが、相手が自分よりイケメンで、俺よりカッコ良くて、俺より頭が良かった。もし負けたら・・・と思った。だから・・・!」

 

 「アホか」


 「!」


 「何で諦めたかの理由なんてどうだっていいんだ」


 「違うって言い切るならどうする?」


 「アンタ自身がどうしたいかを訊いてるんだ」

 

 まるで何かを試すように崇人に問う。

 お前が今、何かをしたいか?それを訊く。

 

 「俺、自身が・・・」


 ◇ ◇


 『新堂ー。お前、柔道部なんだろー?

 ガタイはいいけどちょっとカッコ悪くねー?』


 『アハハ、言われて見ればそうかもー。柔道って汗臭いし、カッコ良いイメージないよねー』


 『ああ、そうだな・・・・』


 (やっぱり、格好良くないよな・・・)


 

 『えっ、そうですか?』



 『え?』



 『私は格好良いと思いますよ。柔道』


 『!』


 『強い人は格好良いですから。誇って良いんですよ新堂君』


 あの一言に救われた。

 今までの努力を肯定された。

 あの時からーーー



 好きになった。


 ◇ ◇ ◇


 「告白したい・・・」


 「「!」」


 「告白して、好き、と言いたい!」


 「ずっと側にいたい!」


 崇人は今の今まで誰にも言えなかった自分の思いの丈を吐露する。


 「叶。手伝ってくれ!」


 恋路はやっとか、と言いたげな表情を浮かべた。


 「アンタの恋路こいじ俺が叶えてやるよ」


 「それじゃ・・・!」  



 「ええ、じゃ、明日から作戦会議っすね。じゃあ明日の昼にあのボロ校舎に集合で」 


 「え?」


 「あ、源先輩は新堂先輩に場所教えといて下さい。・・・じゃ、かいさーん」


 「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」


 崇人が言うだけ言って帰ろうとする光を引き止める。


 「何すか?もう帰りたいんすけど。腹も減ったし」


 「いや、きょ、協力してくれるのか?俺の告白に?」


 「だから作戦会議するんでしょう。そこら辺は読みとって下さいよ」


 「ッッ!・・・叶ぇぇ〜!!」


 「ちょ!?アンタ汗だくなんだよ!しかも涙と鼻水のオプションがついてんだよ!あー、抱きつくな!おい、止めさせろ光!」


 「ごめん。無理」


 「叶ぇぇ〜!!」


 「あ、あー!止めろーー!!」



 新堂の熱い抱擁から何とか逃げきって疲れ切って大の字に寝ている恋路の元に夏恋と紫乃が来る。



 「お疲れ様。叶君」 


 夏恋が手を差し伸べてくる。


 「別に疲れてねーけど」 


 そう言いながらその手を掴んで起き上がる。


 「ほら、背中。土がついてるよ」


 寝転んだ場所がちょうど中庭の芝生が無い場所だったので土がついていた。

 

 「ほら、払うから動かないで」


 「へいへい」 

 

 「へい、じゃなくて、はい、でしょ・・」

 そう言いながらも夏恋は恋路の服の汚れを払う。

 その様子を優しげな表情で見つめる紫乃。


 「・・・何すか先輩?」

  

 「いや、仲睦まじいな、と思ってな」  


 「そうっすか?」


 「2人は恋仲なのか?」


 「ええ、実は・・・」「違います」


 恋路が悪ノリで肯定しようとするが夏恋がスパっと否定する。


 「先輩信じないでください。付き合ってませんから」


 「あ、ああ、済まない」


 「それで先輩はどうしました?」


 「!あ、ああ、君に礼が言いたくてな」


 「俺?先輩の依頼通りにしてますが今の所」


 何か問題ありました?と恋路が訊く。


 「いや何の問題も無い。強いて言うなら君か新堂に胸ぐらを掴まれた時はどうしようかと思ったが」

 

 「叶君は先輩にあれだけ失礼な事言ったんだから一発くらい殴られてもおかしく無いんだけどね」


 「言おうといえばもっと言えたけどな。流石に柔道部員に暴力を振るわせる訳にはいかないからな」


 「ああ、まさかそこから新堂を焚き付けるとは君は心でも読めるのか?」

 

 冗談のつもりで訊いた紫乃の質問だったが、


 「読めますよ」


 「え・・・」


 「まあ、正確には心を読む、ではなく感情が視えるが正しいんすけど」


 「それは本当か?」


 「ホントっすよだから先輩の相談内容も予め大体分かっていましたよ」


 「ッ!そういえば・・・」 


 「だから新堂先輩の事も最初から分かっていましたからあの作戦を作ったんです」


 「だから・・・」


 「まあ、コイツは信じていないんすけどね」

 

 恋路は後ろで服の汚れを払っている夏恋を指す。


 「普通は信じないけどね。そうですよね、先輩?」


 恋路の身長で隠れているので背中からひょこっと顔を見せて紫乃に訊く。

 

 有り得ない、と切り捨てると思っていた夏恋だが、紫乃の答えはーー


 「いや、ありえるかもしれない・・・!」


 「そら見たことか」


 「先輩!?」


 「最初、叶君が相談役ということについて妙に納得できるとこがあったし、武道において【気】というのは未だに信じられているからな。それと似たような力を持っているのだろう」

 

 「いやー、そうっすよねー、流石先輩。頭の固いコイツとは大違いで」


 「いや、普通は信じないから。先輩の例が特殊なだけだからね」


 

 「やっと見つけたぞ!叶ッッ!」


 崇人が恋路を見つけるなり、柔道部で培った俊足で恋路の元にやってくる。


 「ゲッ、もういいでしょ・・・」


 「そうじゃない。お前に改めて礼が言いたくてな」


 それを聞くと呆れたような表情を浮かべ、


 「何言ってんすか?まだ付き合えてもないのに」


 「それでもだ。お前がいなければ未だに俺は腐っていたままだっただろう」


 「それは私からも礼を言いたい。君がいなければ私の友人は諦めたままだっただろう」


 「「本当にありがとう」」


 恋路は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに、はあ、と溜息を1つつき、


 「ハイハイ、こちらこそ。じゃ、明日。あのボロ校舎集合で、お疲れ様。・・光、帰るぞー」


 「あ、私もそろそろ帰らなきゃ」


 「はいはい。それじゃ皆さんお疲れ様です」


 「ああ、お疲れ様」

  

 「お疲れ、叶、七瀬」


 そうして紫乃と崇人は恋路達を見送る。

 恋路達が見えなくなった後、崇人は改めて紫乃に礼をした。


 「すまない、お嬢。心配かけて・・・そして、ありがとう。」

 

 「な、なに、門下生の悩みは私の悩みだ、気にするな」

  面と向かって礼を言われて恥ずかしいのか、顔を逸らす紫乃。

 恥ずかしさを紛らわす為、普段、【門下生】などと言わないのに、言う所が恥ずかしがっているという事が分かる。

 崇人もそれを察したようで、微笑ましく思いながら

 

 「ありがとうお嬢」


 礼を伝えた。

 ◇ ◇ ◇


 ーー夏恋の家にて、



 『どうだったのー夏恋!相談出来た!?』


 電話越しでも相変わらず色恋事ではテンションの高い由紀乃だった。

 一応、話を聞かせてとの事だったので夏恋は電話を掛けたが、失敗だった、と多少後悔している。


 「いや・・・できなかったけど」


 「何で!?もしかして情報が間違ってた!?」


 「いや、居たは居たんだけど・・・」


 「じゃ、どうして・・・?」


 「ユキちゃん」


 「な、何?」


 「私、少し変な事に巻き込まれたかも・・・」


 「へ?」


 そういう他無かった。

 

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叶恋路の恋愛成就術 絵虫恵理 @keiry

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