エピローグ
親友と幼馴染
小学校の卒業式の日、彼女に声をかけられた。
彼女と言葉を交わすのは、だいたい一年ぶりの久しいものだった。
「……同じ中学に行くんだって?」
熱のこもらないその言葉に、僕の全身は冷や汗をかく。
「……うん」
肯定したのか、ただ返事をしただけなのか分からないような音を出た。
「……そっか」
どこか悲しげに言う彼女を見て、僕は言葉を絞り出す。
「ごめん! でも絶対迷惑かけないから! だから――」
「大丈夫、迷惑なんて思ってないよ……でも……しばらく学校では話しかけないでもらいたい……かな」
そう言って彼女は背を向ける。
「私はまだ……一人で頑張れるから……」
そしてそのまま、僕の前から去って行った。
それ以来、僕たちは言葉を交わすことはなかった――
***
『明日、お話したいことがあります。朝が早くて申し訳ないですが、七時半までに教室へ来てください。私は先に学校で待っています』
こんな堅苦しい文章のメッセージが陽菜ちゃんから届いたのは、靖人が荒れた日の夜だった。
正直、今日の今日で解決するとまでは思っていなかったけど、どうやら上手くいったらしい。
少し時間が空いて、冬華も同様の内容のメッセージが靖人から届いたという連絡を受ける。
他人事だと言うのに、僕の顔はどうしようもなくニヤついてしまうのだった。
そして翌朝、登校すると靖人と陽菜ちゃんの二人だけが教室にいた。
タイミングは微妙にずらしたが、僕と冬華はほぼ同じくして教室に入った。
「ここじゃあなんだから、場所を変えたい」
言い出したのは靖人だった。
言われるがまま僕たち四人は場所を移し、教室を空にする。
移動した先は屋上庭園の一角だった。
まだ登校している生徒も数人しか見られないこの時間に、屋上庭園には僕たち四人の姿しかない。
靖人と陽菜ちゃんが並び、その対面に僕と冬華が並ぶ。
まず切り出しに、靖人が昨日の非礼を詫びてきた。僕と冬華は気にしていないから大丈夫、と笑顔で返す。
それから靖人は続いて、何故昨日の様なことになってしまったかを語り始めた。
要はつまり、荒れた原因がどこにあったか、ということだ。
まあ、最初は真剣に聞いていたんだけど、なにぶん前置きが長い。途中でちょっと飽きてきた。二人の小学校時代の話とか聞かされても、正直ピンとこないしね。
それからやがて本題に入る。ここからは陽菜ちゃんも話に参加してきた。
内容は、まあ、誰も好きにならないように感情を抑え込んでいた、とか、好きな気持ちを抑え込んで思いださないようにしていた、とか、それでもやっぱりどうしようもなくお互い好きなことに気付いてしまった、とか、既にこちらはお察しの事ばかり。
完全に把握していたわけじゃないけど、それでもおおよそは察していた通りだった。
僕はそれを聞きながら、湧きあがってくる笑いを抑え込むのに必死だった。
横目で冬華の事を見てみると、どうやら僕と同じ様子だった。学園祭で活躍した名女優の貫録はそこにはない。
そして、僕と冬華の気持ちに応えられなくて申し訳ないと、二人は深く頭を下げた。
僕はここで耐え切れずに、プッと吹き出してしまう。
「あははは! ちょっとそれズルイよ!」
釣られて冬華も笑いだす。
頭を下げていた二人は、慌てて顔を上げて笑う僕たちを見る。目を丸くして、何がどうなっているんだと言うような表情をしていた。どうやら、驚きを隠せないらしい。
そうそう。その顔が見たかったんだよ。
僕と冬華は顔を合わせて、パーン! とハイタッチをする。
そして驚く二人を見てドヤ顔で言った。
「「作戦成功!!」」
***
八月の半ば過ぎ。夏休みもあと少しで終わるというこの時期に、スマホに未登録の番号から着信が入った。何の抵抗もなく、応答してしまった事を少し後悔するが、とりあえず耳を傾けることにする。
『…………涼? …………久しぶり』
その声は聞きとるのがやっとな程、擦れ消えそうなくらい小さかった。
「……? 冬華!?」
『そう……良く分かったね』
「…………」
僕は何を返せばいいのか分からなくなって、思わず沈黙をする。
『ちょっと……黙らないでよ』
「ごめん……どうしたの? こんな唐突に……それに僕の番号だって……」
小学校の卒業式以来、実に四年半振りの会話だった。
この期間、本当に冬華とは一言も言葉を交わしていない。
靖人・僕・陽菜・冬華の四人が一緒になることは今までも多々あったが、それでも僕は冬華との直接的な会話を避けてきていた。
多分、この四人が一緒になる機会が増えてきてからだ。僕がニコニコした顔を張りつけるようになったのは。
自分の感情が表に出ないように、笑顔で隠した。
そうしないと、冬華に対する罪悪の念に押しつぶされてしまいそうだった。
だから笑って誤魔化した。
四人でいるときは、たいてい笑って相槌を打つのに徹した。積極的な話を持ち出したことはない。
冬華も僕に対するスタンスは徹底していたので、お互いの均衡が崩れることは今までなかった。
僕たちの仲があまり良くなさそうなことは、靖人陽菜の二人だけじゃなく、他の生徒の大多数も気付いていたようだが、そこを深く聞いてくる人物はひとりもいなかった。
会話もないからもちろん、お互いの番号もメアドもLINEも知らない。
『知っている子から聞いたの』
「そっか、なるほど……」
明らかに動揺を隠せてない態度をとってしまう。四年半も保っていた均衡が、こんな形で向こうから崩してくるとは思わなかった。次に出てくる言葉が、どんなものかも想像がつかない。緊張の糸が、はち切れんばかりに張りつめていた。
『えへへ……なんかこれだけ久々だと……ちょっと緊張するね』
その緩い感じの言葉に、僕の緊張の糸も少し緩む。
本来なら、僕は彼女から恨みや憎しみの罵声を浴びせられてもおかしくない事をした。しかし、今まで一度も彼女はそれをしなかった。あの時のことを、全てなかったかのような振る舞いに僕は戸惑う。
「僕も……正直緊張している」
余計な言葉は挟まず言葉を繋ぎ、彼女の返答を待った。
『実は……ちょっと相談したいことがあって……』
「……相談? もしかして、靖人と陽菜ちゃんのこと?」
『そう! そうなの! え、でも凄い、良くわかったね!』
冬華は本当に緊張していたのかと思うほど、急に声のトーンが変わった。
「まあ……なんとなくだよ」
という僕の言葉は嘘だった。
中学校に入ってから、いや、そのずっと前。多分……距離が離れたあの時から――僕はずっと、冬華の事を見ていた。
冬華のことを見守るようにしていた。
だから今、何に悩んでいるかもおおよそ見当がついていた。
高校二年になってからの冬華は、靖人と陽菜ちゃんの事を見るとき、どうしても煮え切らないような表情をしていた。
だから最初から、聞くまでもないくらいの確信を持っていた。
『もうさ、最初から分かっていたんだけど、かなり今更な気もするんだけど。あの二人、いい加減にしてくれないって感じなんだけど!』
「なんの事かはおおよそ見当つくけど、それについては僕も同意見だよ」
『でしょ! もういい加減、お互い好きなこと認めちゃえばいいのに! 近くで見ているこっちの方が辛いよ!』
「はは、それはなかなか難しそうだね」
『そうなの……言っても絶対認めないだろうし、どうやったらいいか分からないんだよね……』
その内容よりも、いつの間にか自然に会話していることに、僕の気持ちは高まった。
本当にきっかけなんて、どこに転がっているかも分からない。
一縷の光が差し込んだような感覚が、僕の胸を突き抜ける。
『だからさ……二人にそれを気付かせるために、協力してくれないかな?』
***
「……え? 作戦成功……ってどういうこと?」
陽菜ちゃんが笑っている僕達を交互に見やる。靖人は静かに目を細めた。
「いやね、あんた達二人がお互いに好きだなんてこと、最初から知っているんだって。言ってもどうせ認めないだろうから、こうやって涼と二人で気付かせられるように一芝居打ったってわけ」
ふんと肩を浮かせて冬華は言った。
「ええええええ!!!!!??? いや……涼くんは私の事、好きじゃないんだろうなーとは思っていたけど……まさか冬華も!?」
「もちろん嘘。ほら、私、演技派女優だし」
冬華は当たり前のように平然とした顔で言う。
「そもそも作戦って何!? いつからそんなこと企てていたの!?」
陽菜ちゃんのテンションは上昇気流に乗っている。このまま空まで昇っていかないか心配になるくらいだった。
「それについては僕から説明しようかな。一応、発案者だしね。
まあ、いきさつとしては冬華に相談を持ちかけられたからなんだけど、要は二人にお互いの気持ちを認めさせようってことだった。
今までの二人を見てきて、普通に話しただけじゃ認めないのは分かっていた。そこで僕はそれぞれ、なにか理由があって互いを想う気持ちを失くしているんじゃないかっていう風に考えた。
それにはまず、今の環境を変えなきゃいけない。だから冬華は靖人に、僕は陽菜ちゃんに近づいた。
それでどうするか具体的に決めていた訳じゃないし、どうなるかの確信も全くなかったけど、少なくとも二人の刺激にはなると思った。
冬華とは随時、報告しながら二人の状況を観察し合っていたんだ。
今思うと、知っているような言動や、あつらえたような状況があったとは思わないかい?
まあ、それはそれとして――
二人の間になにが起こったは分からないし、僕達のやっていた事はどこまで的を射ていたかも分からない。それでも今の二人を見る限り、作戦は成功したと思ってもいいんじゃないかな」
「ちなみに靖人と陽菜が好き同士だなんて、皆大体気付いているから、今更驚く人は居ないと思うよー」
冬華は二人をからかう様に言葉を付け足す。
「え? え? でも、涼くんはそんな作戦のために腕まで怪我しちゃったんだよ……? いくらなんでも身体張り過ぎじゃ――」
陽菜ちゃんは心配そうな顔で僕の腕を見る。
ああ、そうか。この鬱陶しい拘束具ともこれでお別れできるのか。
僕は、左手に捲かれた包帯を解き、ギブスを外した。そしてそのまま、左腕を適当にブンブン振りまわす。
「大丈夫。折れてないから。実は全くの無傷だよ」
僕の姿に返す言葉もなく、唖然と見つめる陽菜ちゃん。頭の上の疑問符が、可視化出来てしまいそうな勢いすら感じる。
「ただ告白するだけじゃあ、陽菜ちゃんの心を僕の方に持ってくるのは難しそうだったからね。だからさらにもう一芝居上乗せさせてもらったんだよ。あ、ちなみに主犯っぽかった金髪の大学生。アレ、僕の兄さんだから」
「ああ…………あれが全部演技だったなんて…………もう! 本当に怖かったんだからね!!」
「あははは。悪気は無かったんだよ。ただ、少しやり過ぎちゃったかなとは思っている。あの時は怖がらせてしまって、本当にごめんなさい」
そう言って僕は深く頭を下げた。
僕は本当に反省をしていた。あの芝居で陽菜ちゃんを怖がらせたことではなく、怪我をさせてしまったという思いが、陽菜ちゃんの心を予想以上に締め付けてしまった事を……
その事が、陽菜ちゃんの心が壊れるのを加速させてしまったのは間違いないのだから……
「冬華!」
今までなにやら考え事をしていた靖人が急に口を開く。
それに対して冬華は、なあに? と普通に返した。
「俺は……まあ、自分の気持ちに気付かなかった俺が言うのもなんだけど、俺は冬華が全部演技でやっていたとは思えない。いや、思いたくない。それくらい、冬華は真剣だったように感じる。あれは、本当に全部演技で、全部嘘だったのか?」
言われて冬華の肩がビクっと震える。
「あーあ……そこ突っ込んじゃう? 本当に靖人はズルイなあ……」
冬華はそう言って、俯きながら頬を掻いた。
「全部嘘……だったらもっと楽だったんだけどね……残念だけど全部本当――私が靖人に話した気持ちの全てに、嘘偽りはないよ――まあ、若干芝居かかっていたところはあるけど。
確かに私は靖人の事が好きだった……
でもね。本気で靖人と付き合いたいとか思っていた訳じゃないんだよ。
靖人と一緒に過ごせて楽しかった。私は言えなかった想いを全部伝えられて、これ以上ないくらい満足している。だから二人には、私の気持ちを気遣うような事はして欲しくない。
未練がないかって聞かれたら、それこそ本当にないんだから!
それに……一緒に居て、嫌というほど思い知らされた。靖人は結局、一度も私の事なんか見ていなかったんだよ。
私のこと考えているふりして、私のこと想っているふりして、でもその奥には絶対陽菜の影があった。どんなに優しい言葉も、私を傷つけないための言葉でしかなかった。私を傷つけないように、傷ついた私を見て、陽菜が傷つかないようにしているだけでしかなかった。
どんだけ頭ん中、陽菜でいっぱいなんだよ! って叫びたくもなったりした。
なーんか、ショックを通り越してひたすら呆れていたなー」
話しているうちに冬華の表情は、晴れ晴れしさを増していた。
「結局俺は……無意識のうちに、ずっと冬華の事を傷つけていたんだな……」
靖人の表情は少し沈んで見える。
「そんなことないよ! こんな私の傍にいてくれたこと感謝している……私の想いはきっと――靖人にあの時のこと、ありがとう! って言いたかっただけなんだよ!」
「そう言ってもらえると、救われる気がするよ……」
「あ! 靖人! あと一つだけいいかな?」
冬華が靖人に向かって人差し指を立てる。
「ああ、なんでも言ってくれ」
「あの時の返事、聞かせてもらっていいかな? それで終わりにしよ」
靖人は優しく微笑んで冬華に向き合う。
「俺は陽菜の事が好きだ。だから冬華の気持ちには応えられない。本当にごめんなさい」
そう言って深く頭を下げた。
「ふふふ。ありがとう! 靖人!」
冬華はなんの憂いも感じられない、明るい表情で笑った。
「まあ、これで皆、納得のいく形に収まったかな。めでたしめでたし」
僕はパンパンと手を叩いて、締めくくりに入る。
「そうだねー。そろそろ教室に戻ろっかー」
そう言って冬華は歩を踏み出した。
ふう、これで僕達もお役御免か――後は二人とも、末永く幸せにやってくれるだろう……
僕と冬華は並んで歩き始める。
「ちょっと待って……」
しかし陽菜ちゃんが僕達を呼び止める。僕達は足を止め二人の方へ振り返った。
「私達……全然納得していないことがあるんだけど……ねえ靖人?」
「そうだな。自然過ぎる不自然ってこのことだと思う」
ジッと僕達を見つめる二人。
言いたいことは分かるけどね。残念ながら、さすがに無視してはくれなかったようだ。
「涼くんと冬華。なんか親しげだけど……いつからそんな感じだったの?」
まあ、気になるとしたらやはりそこだろう。今まで二人の前ですら、冬華と会話をしているところは皆無だったのだから――
僕と冬華の関係――それを表現する言葉はある――
それは――――
「幼馴染だよ」
「「え!?」」
冬華の言葉に驚いた二人の声が重なる。
「涼……?」
あまりにも信じられないことなのか、靖人は僕に確認を求めるような顔で訴える。
「そうだよ。僕と冬華は幼馴染だ」
それに対し、僕は胸を張ってその言葉を口にした。
「小学校が一緒だとは聞いていたけど……幼馴染って言える程なのか……?」
靖人は半信半疑で聞く。
「え!? 二人って小学校一緒だったの!? 私、それすら知らなかったんだけど!」
ごめん。陽菜ちゃんにはその話はしていなかった。というか話す話しの流れが特になかった。
「えーっと、陽菜と靖人は生後六カ月から同じ保育園に行っていたんだよね? 私達は生後0カ月から一緒だったから、幼馴染って言ってもいいんじゃないかな?」
「そんなに前から!?」
「もともと私達、家が隣だったんだよね。さすがに同じ日には生まれなかったけど、誕生月は一緒。親同士が仲良かったから、わざわざ生まれる時期とか合わせたみたい。だから私達は親に仕組まれた幼馴染って感じかな? 私が小四の時に家を建てて引っ越しちゃったから、今は隣同士じゃないけど、いきさつはまあ、そんなところだよ」
そう、実はそんな感じです。僕と冬華も靖人達と同じように兄弟……いや、双子同然のように育ってきていた。
今の靖人達に負けないくらい仲が良かった自信さえある。
「でも、今までの二人って全然喋らないし、仲よさそうに見えなかったんだけど、わざわざそうしていたのって理由はあるの?」
冬華の方を窺うと、苦笑いを浮かべながら経緯を語り出した。
「うーん――いや……涼ってさ、まあ、見た目こんなんだからやっぱりモテるじゃん? 小学生の頃もやっぱり女子から人気があったんだけど、私は涼と特別仲良かったからさ。それを快く思わない奴っていくらかいたんだよね。
それでちょっと嫌がらせ……っていうか周りから無視されたりとかがあってさ。気付いたら友達って呼べるような人、居なくなっていた。
だから頑張って勉強してこの学校に入った。中学に入ったら、友人関係リセットしてやり直そう! って思っていたんだよ。
それでもやっぱり、小学校の時みたいになるのがちょっと怖くてさ……だから意図して涼との関係は隠していたって訳」
「って言うことは、学校の外では普通にしていたのか? 四年以上も」
靖人が不思議そうな顔で言う。
「いやー。つい最近までは学校外でも、全っ然一っ言も喋らなかったよ。
陽菜達の仲を取り持つのを手伝ってもらうようにお願いしたときだって、四年振りの会話だったし」
「なんで!? そこまでする必要無かったでしょ!?」
陽菜ちゃんは驚きの声を上げる。
「まあ、そうなんだけど、私が中学以降も話しかけないでってお願いした手前、こっちからはなかなか話しかけづらかったんだよね。涼は涼で、当時の事ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと気にしているのか、微妙な距離感保ったまんまだったし。ね? 涼」
冬華はこちらを見てニヤっと笑う
。
「それはまあ……冬華が無視された原因が僕にあると思っていたし、当時の僕は冬華を助けることが出来なかったからね。
こうやって冬華と前みたいに話せるようになったのは、靖人と陽菜ちゃんのお陰だと思っている。
本当に感謝しているよ」
そして僕は、あの日の事を思い出す――
***
陽菜ちゃんにキスをされた僕は、予想外の出来事に相当焦っていた。
陽菜ちゃんが僕の事を本気で好きになってしまった訳じゃないのは分かっている。
では何故、あんな行動にでてしまったのか――それは陽菜ちゃんの精神の崩壊を意味していた。
無理をして張りつめて、必死に靖人の事を忘れようとして、そんなことをしてしまったのだろう。
とにかくこのままの状況が続くのは避けたかった。最善としては靖人に陽菜ちゃんへの気持ちを思い出してもらうのがいい。
陽菜ちゃんと別れた帰り道、僕は必死にどうするべきか考えた。しかし、一向に答えは出てこなかった。
帰宅後、僕はすぐに冬華に連絡をした。ことの一部始終を話し、早急な対応を求める。
『…………』
僕の話を聞き終えた冬華は、長い沈黙返す。どうやら冬華にもいい考えが浮かばないらしい。
焦りを増す僕だったが、次の一言でその気持ちは吹き飛んだ。
『涼。まだ、小学校の時のこと気にしているの?』
冬華は凛とした口調で話す。
「気にしている……っていうか、今でも許されることじゃないと思っている……」
八月に冬華から相談を持ちかけられて以来、連絡を取り合うことは多かった。それこそ、以前のように、自然に会話が出来ていたと思う。
それでも――過去の清算はしていなかった――
あの時の事を冬華に思い出させるのが嫌で、僕は向き合うことを避けていた。
向き合うのが怖くて、逃げていただけだった――
しかしそんな思いは、いとも簡単に打ち消される。
『別に私は涼の事恨んだり憎んだりしてないよ。だから許されないとかもない。
だってしょうがなかったじゃん。あの時は私にも涼にもどうしようも出来なかったんだから。
だからもういいんだよ……
今の私を見れば分かるでしょ? 楽しいんだよ、今が!
あの時のことなんて、もう笑い話に出来るくらい前を向いて歩けている!
でも……涼がいつまでもそんな調子だと……こっちまで辛くなるよ……』
そう、冬華は一度も逃げなかった。
小学校の時も、中学に入ってからも、そして――靖人への気持ちと向き合うことも――
それに対し、僕はただ逃げているだけだった。
小学校の時も、中学に入ってからも、そして――僕の冬華への想いからも――
冬華の想いを知った僕は、本当の意味で失ったものを取り戻そう――
そう――強く思えた――
「今までそんな思いをさせてしまってゴメン……でも冬華の気持ちを聞けて安心したよ。
だから大丈夫――僕も一緒に前を向ける!」
『うん! そうでなくっちゃ!
靖人の方は任せて。明日、ちゃんとケジメをつけてくるから……
だから――私達も戻ろう――
仲の良かった幼馴染に!』
そして僕は――失くしていた何かを取り戻した――
***
「で、二人は結局仲良しってことでいいの?」
陽菜ちゃんが首を傾げて聞く。
「まあ、そうなんじゃない? もともとの付き合い長いからねー。そう簡単に切れる縁じゃなかったなーって思うよ」
「そっか! それなら良かった!」
陽菜ちゃんは笑顔で言うと、スマホを取り出し操作し始めた。
「これね。上がったテンションでは撮ったはいいんだけど、なかなか二人に送り辛かったんだよね……でも、今なら送っても大丈夫だよね!」
はい、送信と言ってニコっと笑う。
ポケットの中にあるスマホが小さく震える。僕と冬華は同時にスマホを取りだした。
「陽菜……これって……」
画面を見た冬華が驚きの声を上げる。
「学園祭の閉会式の時の写真だよ。ナンバーワン男女ご登壇! って感じ?」
「陽菜! ありがとう!」
冬華はこの写真を喜んでいたようだった。
僕もジッとスマホの画面を見つめる。
そこには造り物の王冠を頭に、ドンキで買ったような安いマントを羽織った僕と冬華が並んでいる写真だった。二人とも必死の愛想笑いで手を振っている。
確かに冬華との2ショット写真なんていつ以来だろうか――
僕はその写真を見ながら、思わず笑みがほころんだ。
今なら靖人と陽菜ちゃんの気持ちがよくわかる。
幼馴染――意外とこの関係は面倒くさい。
近過ぎるが故に、距離の計り方が難しからだ。
だから二人は、気持ちの距離を離した。
ただ、それがいいか悪いか、互いの想いを失うことになったいた――
しかし心のどこかで、いつしかそれを取り戻すことを望んでいたはずだ――
二人の事が本当に羨ましく思う。
いつかきっと――僕も二人と同じあの場所へ――――
いや、いつかと言っている時点でもう駄目なのだろうな……
そうやって、問題を先延ばしにして僕は失敗をしたのだから――
僕は取り戻した――幼馴染という関係を――
でも――それじゃあ満足できないんだ!
「冬華!」
気付くと僕は勢いよく叫んできた。
大声で叫ぶなんて、まったく柄に無いことだとつくづく思う。
嬉しそうにスマホを眺める冬華の顔がこちらへ向いた。
そして僕は大きく息を吸う。
「僕はずっと――ずっと冬華の事が――――」
僕達は失くした何かの夢を見ていた――
靖人と陽菜ちゃんは『互いの想い』を――
僕は『冬華との時間』を――そして――この想いを――
はたして冬華はどうだろうか?
失った友達を取り戻して、今は親友も出来た。
好きな人もできて――ケジメをつけて――
今、冬華の想いは何処にあるのだろうか――
少しでも僕の方にあればいい――
そんな希望を――そんな夢を――胸に抱きながら、僕は言葉に想いをのせた。
≪了≫
僕達は失くした何かの夢を見る gresil @gresil7
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