劉惔3  張憑デビューす 

簡文かんぶん文壇や謝安しゃあんさまにも

一目置かれていた文人に、

張憑ちょうひょう、という人がいる。


かれは幼いころから

その聡明さを際立たせていたそうで、

こんなエピソードを残している。


ある日張憑の祖父、張鎮ちょうちん

張憑の父に対して言ったそうである。


「わしは、お前にはかなわんな」


いきなりそんなこと言われたパパ氏、

きょとんである。

するとじぃじ、ふふっと言う。


「おまえには

 出来の良い子がいるだろう?」


言い換えれば、お前の出来は

悪いのになぁ、というわけだ。


ここでパパ氏の

リアクションは残っていない。


ただ張憑がじぃじにお辞儀し、

こう言った、とされている。


「おじいさま、子供を使って

 その父をからかうのは、

 あまりよろしくないのでは?」



そんな張憑さん、すくすくと

才人として育ったようである。


孝廉こうれん、地方にいる優秀な人材を

選抜する考査に通り、中央に。

自負心バリバリの張憑さん、

トップクラスに食い込んでやるぜ、

そう意気込んでいた。


なので、一緒に船で

都に向かう人々に向け、言う。


「おれさ、劉惔りゅうたん殿に

 会ってこようと思うんだよ」


はぁ? なにゆっちゃってんの?

劉惔と言えば当代トップの名士。

会いたいと言って、

ホイホイ会えるような存在でもない。

その無謀さに、皆が笑った。


気にしないのが張憑さんである。

劉惔の家に訪問、目通りが叶う。

とは言え劉惔さん、政務の処理中。

まともに取り合ってはくれず、

簡単な時候の挨拶のあと、

下座に放置された。


張憑から何か話題を振ろうにも、

取りつくしまがない。


さて、どうしたものか。

そんなときにやってきたのが、

王濛おうもうたち。

清談仲間が到着すると、

そのまま清談がスタートした。


だがタイミングよく、と言おうか、

そのやり取りに齟齬が生じ、

流れが滞る。


ここで腰を上げたのが、張憑さんである。

遥か下座から両者の言論を判定。

その言葉は簡便、趣旨は深淵。

みごとにその停滞を解消した。


ファッ!?

なんか下座にすげえ奴がいるよ!?


どよめくみんな。

そして劉惔、張憑を上座に呼ぶ。

それから劉惔、張憑と

飽きることなく清談をかわした。

やがて日が暮れ、夜も更け。

遂には、朝方にまで至る。


劉惔は、やがていう。


「いったんそなたは戻りなさい。

 のちほど、そなたを連れて

 司馬昱しばいくさまに紹介したいと思う」


そうして船に戻った張憑さん。

いきなり一晩いなくなったのである。

同行する人たちが心配するのも

当たり前だった。


「どこに行ってたんだ?」


その質問に、

張憑さんはふふ、と笑うだけ。


答えはすぐに明らかとなった。

劉惔からの使者が、

「張憑殿のお載りになっている

 船はどちらか?」

と、たずねてきたではないか。


ヒョフゥ!?

ビビる同行人たち。


そんな彼らを尻目に、張憑さん、

使いと共に司馬昱さまのもとへ。


劉惔と合流すると、劉惔、

司馬昱さまに向け、言う。


「本日、司馬昱さまがお考えであった

 大学の教員に相応しい人物を

 見出すことが叶いました!」


司馬昱さまと会話する張憑さん。

その才覚に、司馬昱さまも舌を巻き、

大絶賛。


「その話しぶりは

 ぼそぼそとしてはいるものの、

 その洞窟には、理が詰まっているな!」


なので、即教員に採用された。




張蒼梧是張憑之祖,嘗語憑父曰:「我不如汝。」憑父未解所以。蒼梧曰:「汝有佳兒。」憑時年數歲,歛手曰:「阿翁,詎宜以子戲父?」

張蒼梧は是れ張憑が祖なれば、嘗て憑が父に語りて曰く:「我は汝に如かず」と。憑が父は未だ所以を解さず。蒼梧は曰く:「汝に佳兒有り」と。憑は時にして年數歲なれば、手を歛りて曰く:「阿翁、詎んぞ宜しく子を以て父に戲たるべからんか?」と。

(排調40)


張憑舉孝廉出都,負其才氣,謂必參時彥。欲詣劉尹,鄉里及同舉者共笑之。張遂詣劉。劉洗濯料事,處之下坐,唯通寒暑,神意不接。張欲自發無端。頃之,長史諸賢來清言。客主有不通處,張乃遙於末坐判之,言約旨遠,足暢彼我之懷,一坐皆驚。真長延之上坐,清言彌日,因留宿至曉。張退,劉曰:「卿且去,正當取卿共詣撫軍。」張還船,同侶問何處宿?張笑而不答。須臾,真長遣傳教覓張孝廉船,同侶惋愕。即同載詣撫軍。至門,劉前進謂撫軍曰:「下官今日為公得一太常博士妙選!」既前,撫軍與之話言,咨嗟稱善曰:「張憑勃窣為理窟。」即用為太常博士。

張憑の孝廉に舉げられ都に出づるに、其の才氣を負い、必ずや時彥に參ぜんと謂ゆ。劉尹を詣でんと欲さば、鄉里、及び舉を同じうせる者は共に之を笑う。張は遂に劉を詣づ。劉は料事を洗濯したらば、之を處し下坐せしめ、唯だ寒暑を通じ、神意は接さず。張は自ら發さんと欲せるも、端無し。之の頃、長史ら諸賢は來たりて清言す。客主に通ぜざる處有らば、張は乃ち遙か末坐より之を判ず。言は約にして旨は遠、彼我の懷きたるを暢せるに足らば、一坐は皆な驚く。真長は之を上坐に延べ、清言せること彌日、因りて留まり宿し曉に至る。張の退るに、劉は曰く:「卿は且しく去りたるに、正に當に卿を取りて共に撫軍に詣でん」と。張の船に還ぜるに、同侶は何處に宿れるかを問う。張は笑い答えず。須臾にして、真長は傳教を遣り、張が孝廉船を覓めしむ。同侶は惋愕す。即ち同載し撫軍に詣づ。門に至り、劉は前に進みて撫軍に謂いて曰く:「下官は今日、公が為に一なる太常博士を妙選し得たり!」と。既に前まば、撫軍は之と話言し、咨嗟し善きなるを稱えて曰く:「張憑は勃窣たれど理窟を為さん」と。即ち用いて太常博士と為す。

(文學53)




張憑

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054886746679

では「母の追悼文は書いたけど父の追悼文は書かなかった」とされている。うん、……これ、パパ氏よっぽど才能無かったんだね……

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