楽広6  李重の子供たち 

李重りじゅうという人がいる。

李秉りへいという人の息子で、

西晋時期を代表する人なのだ、という。

どのくらいかと言うと、

王衍おうえんと張るレベル。


ときは司馬倫しばりんが専横を極め、

そのブレインたる孫秀そんしゅうが権威をかさに

好き放題していたころ。


その孫秀が、邪魔者の抹殺を企てる。

すると、周囲のものは言う。


楽広がくこう殿は名望高く、

 殺すのにデメリットが多すぎます。


 危ういのは、李重でしょうか。

 逆に言えば、彼に及ばないものは

 いちいち殺すに足るとも思えません」


この話もあり、李重は間もなく死亡。

病死とも、自殺とも言われる。



そんな李重は、子もまた賢い。


例えば、娘の李氏。


ある人が慌てふためいた勢いで、

結い上げた髪の毛の中に隠した手紙を

李重に手渡した。


書かれていたのは、孫秀と配下のやり取り。

その内容を見た李重、顔を真っ青にし、

手紙を李氏に示した。


すると李氏、叫ぶ。


「あぁ、もうおしまいだわ!

 一度外に出ようものなら、父上!

 貴方様は、たちまち

 自殺させられてしまうことでしょう!」


李重は何事につけても、

李氏に相談していた。


その李氏ですらどうしようもない状況に、

李重は追い込まれてしまったのだ。



ただし、李重の死は、

子どもたちの命を守ったようである。


やがて永嘉えいかの乱が起き、

晋の名族らはこぞって長江を渡った。


李重の五男、李廞りきんもそんな一人だ。

父や姉にも負けない清名、

見識を博していたが、

病がちであったため、

士官も結婚もせずにいた。


臨海りんかいという、長江を基準にすれば

さらに南の奥地に居住。

兄、李式りしょくの墓を守り、日々を送っていた。


ただ、その名声は

遠く建康けんこうにまで届いていた。

そこで王導おうどうさま、彼を厚遇したいと、

丞相じょうしょう府付きの役人として招聘した。


のだが、それを聞いた李廞。

一笑に付す。


「あやつはずいぶんとまた、

 安くおれを買い叩こうとしたものだ!」




 李平陽,秦州子,中夏名士。于時以比王夷甫。孫秀初欲立威權,咸云:「樂令民望不可殺,減李重者又不足殺。」遂逼重自裁。初,重在家,有人走從門入,出髻中疏示重。重看之色動,入內示其女,女直叫「絕」。了其意,出則自裁。此女甚高明,重每咨焉。

 李平陽は秦州が子にして、中夏の名士なり。時のひと以て王夷甫と比ぶ。孫秀は初にして威權を立てんと欲したれば、咸なは云えらく:「樂令は民望あらば殺すべからず、李重に減ぜる者は又た殺すに足らず」と。遂にして重ね逼され自裁す。初にして、重の家に在りしに、有る人は走り門より入り、髻中の疏を出し重に示す。重は之を看て色を動じ、內に入りて其の女に示さば、女は直ちに「絕」と叫びたり。了には其の意、出で則ち自裁せん、たり。此の女の甚だ高明なるに、重は每に咨りたり。

(賢媛17)


 李廞是茂曾第五子,清貞有遠操,而少羸病,不肯婚宦。居在臨海,住兄侍中墓下。既有高名,王丞相欲招禮之,故辟為府掾。廞得牋命,笑曰:「茂弘乃復以一爵假人!」

 李廞は是れ茂曾が第五子にして、清貞にして遠操を有せど、少きより羸病あらば、婚宦を肯んぜず。臨海に居在し、兄の侍中の墓下に住す。既にして高名有らば、王丞相は招じ之を禮さんと欲し、故に辟し府掾と為す。廞は牋命を得、笑いて曰く:「茂弘は乃ち復た以て一なる爵を人に假さん!」と。

(棲逸4)




最後にこれが来るのは、なかなかに趣深いですね。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054886868181


ここで、謝安しゃあんさまが楽広さんと李重さんを比較しています。まさに、ここで語られること、まんまの話。


それにしても李重、晋書しんしょでは病死になっています。にもかかわらず、世説新語では自殺説がことさらに主張されている。この辺、どっちが正しいのか論じる意味もない感じではありますが。


まあ何にせよ、後世で妙に楽広の評価が低い理由がようやくわかりました。わかったというか、思い出した、になるわけですが。つまり王衍のお仲間扱いなんですね、楽広。人格者だし、優れた論談を構築できる。「けど八王の乱を加速させた下手人である」。


なるほど、そりゃ東晋の人々からは激烈なサゲを喰らいますわ。仇みたいなもんじゃん。


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