王羲之12 ゲロを吐く  

王羲之おうぎしが十歳にも満たなかった頃の話だ。


王羲之、王敦おうとんに可愛がられていた。

ちょくちょく同じベッドで

寝たりとかもしている。


これは、そんな日の翌朝の話。


王敦が目を覚ますと、

参謀の銭鳳せんほうがやってきた。


王敦、ベッドから起き出し、

人払いをした後に銭鳳と語る。

議論に夢中となり、

王羲之がベッドにいたことを

すっかり忘れてしまっていた。


その議論の内容とは、謀反。


目が覚めた王羲之、

議論の内容を聞いてしまう。

え、これ……

起きてたってばれるとヤバくね?


そこで喉に手を突っ込み、

ゲロを吐き、顔面にかぶせた。

そのまま布団にくるまり、

熟睡しているふりをする。


うっかり王敦さん、

議論も半ばに至って、

ようやく王羲之の存在を思い出す。


え、ヤバくね!?

王敦と銭鳳、大慌て。


「王敦さま、かくなる上は、

 かれの排除もお心得なされよ!」


そう囁きかける銭鳳と共に、

ベッドのカーテンを上げる。


するとそこには、

顔面をゲロで汚しながらも、

そんなことにすら気付いていないで

横になっていたままの王羲之の姿。


このありさまで目覚めないとは、

よっぽど熟睡しているのだろう。

王敦と銭鳳、胸をなでおろす。


こうして王羲之は事なきを得た。


時の人は、この機知を

大いにたたえたそうである。


……えっ、いつこの話が洩れたの?




王右軍年減十歲時,大將軍甚愛之,恆置帳中眠。大將軍嘗先出,右軍猶未起。須臾,錢鳳入,屏人論事,都忘右軍在帳中,便言逆節之謀。右軍覺,既聞所論,知無活理,乃剔吐汙頭面被褥,詐孰眠。敦論事造半,方意右軍未起,相與大驚曰:「不得不除之!」及開帳,乃見吐唾從橫,信其實孰眠,於是得全。于時稱其有智。


王右軍の年の十歲に減ぜる時、大將軍は甚だ之を愛し、恆に帳中に置きて眠る。大將軍の嘗て先に出づるに、右軍は猶お未だ起きず。須臾にして錢鳳が入り、人を屏いて事を論じ、都べて右軍の帳中に在せるを忘れ、便ち逆節の謀を言す。右軍は覺めたれど、既に論ぜる所を聞き、活理無きを知り、乃ち剔吐にて頭面を汙し褥を被り、孰眠を詐る。敦の論ぜる事半ばに造り、方に右軍の未だ起きざるを意え、相い與に大いに驚きて曰く:「之を除かざるを得ず!」と。帳を開けるに及び、乃ち吐唾し從橫せるを見、其の實に孰眠せるを信じ、是れに於いて全きを得る。時のひと其の有智を稱う。


(假譎7)




とりあえず「こんな話当時の王羲之が洩らせるはずもねえし、過去の思い出話としてしか語られるはずもねえんだから、時の人とかいるわけねえだろ」とツッコミたい。そしたら晋書ではこれ、はとこの王允之おういんしのエピソードになっていた。しかも「ともに王敦と酒を飲んでいたから泥酔してつぶれていたふりをした」という事になっていた。いや、素直にこっちで持ってきなさいよ……。


王敦と王羲之は、庾亮ゆりょう絡みでも絡んでいたりもした

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054885983738

から、その溺愛されっぷりを盛りたかったんだろうなーと言う気はしている。それにしたってさぁ、いくらなんでもいろいろ無理ありすぎだろこのエピソード……。

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