第3話 痴女ってなあに?

2月の1週目の金曜日。今日も白沢さんは社務所でストーブに当たりながら窓から人通りのほとんどない神社の境内を眺めていた。

「日本は本当に平和になったな」

くぁ――――とあくびをしながらそんなことを一人で言ってみても聞いている者は誰もいない。

もともとここは打ち捨てられた神社だったのだ。それをここ最近になって新しい神主が赴任して、といってももう10年は経っているが。

「ん?」

ボーとしていると、神主が何か人と話しているのが見えた。

「おや。浩介ではないか」

よく見てみれば、見知った顔だった。

「何を話しておるんじゃろうな?――――どれどれ。ちょいと盗み見てやろうかの」

白沢さんは、目に意識を少し集中すると、人間の目からヤギのような眼へと瞳孔が変化した。

白沢さんの特殊能力の一つ。「白澤ハクタクアイ」である。

「白澤アイ」はズーム機能が可能な目であり、倍率を調整できる望遠レンズのようなもの。これで、神主と浩介の口元を読唇術で見てやろうというのだ。

一歩間違えば、盗撮とストーカー嫌疑が掛かりそうだが、幸い人はいない。



「おや、浩介くんじゃないかい?元気かね」

「こんにちは。えっと、白沢さんは居ますか?」

「ああ、いるとも?質問事かね?」

「はい。チジョって何なのか聞きたくて」

「……?もう一回いいかね?」

「チジョです」

神主は頭を押さえた。頭痛がしていたためだ。

「「う」が抜けてはおらんかね?地上のことでは?」

聞き返し、似たような言葉を行ってみるが、浩介の答えは

「ちじょです。「う」はついていませんでした」

「あー。困ったねぇ。その言葉はあまりいい言葉ではない。使ってはいけないよ」



「痴女」、猥褻行為を(しばしば常軌を逸して)好む女性を指す俗語の一種とされ、元々は性風俗業界の造語とも言われており、多くの辞書には載っていない。痴漢の「漢」(男性)の対義語「女」を用いた操作的概念であり、明確な定義があるわけではない。淫乱な行為をする場合も痴女には含まれる。


「――――おそらく、出どころは照じゃなぁ」

ハクタク先生は一人で呟いた。

「仕方ない出るとしようか」

社務所の扉をあけ、境内へと歩き、声を掛ける。神主では荷が重い。とても6歳の子供に言い含められるとは思えなかった。

「神主殿。あとは私が」

「ああ。白沢さん。見ていたのかね。どうにも困ってしまっておってなぁ。助けてはくれんかね?」

「はい。お任せを。で? もう一回知りたい言葉を言っておくれ。浩介」

「ちじょです」

「出元は?」

「おねぇちゃんです」

「状況は?どんな感じで言っておった」

「えっと、ソファで寝てたらお姉ちゃんが隣にいて僕のおまたを撫でてました、で、「やだぁ。あたし痴女かもしんない」って言ってて――――」

「おのれ。照め!。浩介。お前はそれをされて起きんかったのか?」

「勿論、くすぐったかったので起きました」

「だろう。そういう行為をした際には蹴っ飛ばしてやれ。不快だと行動で示さねばならんぞ?」

「まぁまぁ、なにも蹴らんでもいいんじゃないかね?」

「馬鹿には馬鹿の対処の仕様があるんです。ここでしっかり教え込んでおかねばなりません」

そうでなければ、暗黒面へまっしぐら。だ。

「まぁ、痴女とはお前の姉のような奴のことを言う。また寝ているときに無断でさわったりすることを世の中ではそれをセクハラと呼んでおる。睡姦ともいう」

「せくはら…すいかん…」

「こんど、触られたら大声で叫んでやれ。セクハラ女!とな」

「白沢さん。それは何でも…」

「いいや!照にはこれでよいのです。他家の事には手出し無用とは言いますが、弟のモノを寝ている最中にまさぐるなど、もってのほか」

「まぁ確かに」

「浩介。今度触られたら、ようしゃなく叫んで、蹴り飛ばしてやれ。そして、謝罪するまで、決して口を聞くな。無言で抗議してやるのが一番良い」

早口でハクタクさんはまくし立てて、憤慨していた。



「いったぁ…」

翌朝に浩介は言われた通りに寝室に潜り込み、自分を抱きしめて惰眠をむさぼろうとした照を思いっきり蹴った。

脛への一撃。組み付いた状態では避けられもせず、照は脛蹴りを食らってベットから転げ落ちた。

「何するの!いきなり蹴るなんてどういうこと?」

流石に照は憤慨して、浩介の布団をはぎ取った。しかし

べちり。

軽めのジャブが布団の下から跳ね上がり、照の顎を撃った。

「あいたっいたっ。やめて、これマジの奴じゃない?!おねぇちゃんマゾになっちゃうぅぅ…!」

何を言っているのか浩介には分からなかったが、ベッドの上での攻防戦は浩介に軍配が上がった。


「照?また浩介の部屋に入ったでしょ?」

母親の恵子が軽くたしなめた。

「入ったわよ。だっておねぇちゃんだもん。可愛い浩くんの寝顔にスリスリはお姉ちゃんの特権だし。日課だから」

悪びれもしない。どうしようもない姉である。

「確かに、浩介はかわいい盛りだけど、スキンシップが強すぎるのは母さんいけないと思うわ」

「ママは甘いの。浩くんがほかの女に取られちゃうわよ?それでもいいの?」

「いいの?って子供は自立するものよ?いつか結婚だって…すると思うし」

「ふーん?じゃあさ。ママは浩君がビッチギャル連れて来たとしてどうするの?」

「ビッチって…」

それはお前の事だろとはこの時言うことは出来無かった。

「でも…その子を連れて来たとして、ママは浩介がいいなとおもった子ならいいかなって」

「ふん。惰弱よね?ママはそうやって浩くんに甘いんだから!取られてからじゃもう遅いの!今のうちに、「姉」の良さを教え込んでやるんだから」

今日も照はぶれない。

法律上では結婚できなくても、浩介の隣にいるのは自分なのだと信じて疑ってはいない。

「母さん、照を警察に連れて行くのは嫌よ?だってめんどくさいし、恥ずかしいわ。世間様に顔向けできない」

「そうやって世間体ばっかり気にしてるからいけないのよ?パパと最近したのはいつよ?」

「えっと…」

流石に1年以上もセックスレスだとは言えない。照の前でそれをいったら、バカにされてもう立ち上がれなくなってしまう。

「とにかく、浩介はまだ小さいのよ?あたしが守ってあげないといけないの!ママはそれを分かってない」

やれやれと恵子は首をうなだれる。しかし、次の照の一言が恵子のハートに火をつけた。

「で、今のうちにおねぇちゃん大好きっこに洗脳を―――――」

ガシっ

照の顔に恵子のアイアンクローがめり込む。

「あだ!あだだだ!」

ワンハンドアイアンクローで恵子は照を持ち上げ、

「今なんていったのかしらぁ?照ちゃん…お母さん、そういう犯罪臭がする言葉って嫌いなのよ?照ちゃんも知ってるわよねぇ?」

ギリギリギリ

指先に力を込めながら照に言葉の撤回を求めた。

「いだい!いだい!分かった!ジョーク!ジョーク!許してぇ‼ママぁ!」

「今後、過剰なスキンシップはひかえるのよ?いいわね?」

「分かった!分かったからぁ!!」

アイアンクローを解かれた後で、照は頭痛に耐えながら、次のスキンシップを行う算段を考えていた。

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