教えて!ハクタク先生!

ヒポポタマス

第1話  アワビの話


「先生!アワビって舐めると美味しいの?」

「妙な質問だな。アワビを舐める?――――食うの間違いではないのか?」



 長野県某所の神社の境内の木の下でひとりの少年が、ここの権禰宜にむかって、今日も質問を投げていた。

 少年は学校の帰りだろうか。ランドセルを背負っている。

 女性は上は白束、下は紫色の袴姿。長い髪を両横で結っておりそれを後ろでまとめ上げている。目は細い。身長は170センチはありそうで、少年を見下ろす感じになっていた。



 少年の名は浩介。女の名前は白沢さんという。

 彼女はこう見えても、ここの権禰宜で――――そして伝説の聖獣、ハクタクでもあった。

 ちなみに先生と呼んでいるのは浩介だけだ。いつの間にか質問をされ、そして答えるうちに「先生」とあだ名で呼ばれるようになっていた。


 白澤または白沢(はくたく)は、中国に伝わる、人語を解し万物に精通するとされる聖獣である。

『三才図会』によると、東望山に白澤と呼ぶ獣が住んでいた。白澤は人間の言葉を操り、治めるものが有徳であれば姿をみせたと言う。

 徳の高い為政者の治世に姿を現すのは麒麟(きりん)や鳳凰(ほうおう)に似ているが、その姿は1対の牛に似た角をいただき、下顎に山羊髭を蓄え、額にも瞳を持つキモイ姿なのだが――――今は綺麗な女性の姿を取っていた。


 黄帝が東海地方を巡行したおりに、恒山に登ったあとに訪れた海辺で出会ったと言われる。白澤は1万1520種に及ぶ天下の妖異鬼神について語り、世の害を除くため忠言したとかなんとか。


「先生!アワビって舐めると美味しいの?」

「アン? アワビを舐める?――――食うの間違いではないのか?」


 アワビ(鮑、鰒、蚫)は、ミミガイ科の大型の巻貝の総称で、雌雄の判別は外見からではほぼ不可能。肝ではなく生殖腺の色で見分ける。生殖腺が緑のものがメスで、白っぽいものがオスである。


「うん――――そうだよね。僕も食べるって事かなって思ってたんだけど…」

「けど?」

「おねぇちゃんが言うのは、違う意味みたい。ねぇ。アワビって舐めるモンなの?」

 浩介は純粋だった。

「お主――――無事で良かったのう」

 このときになってハクタク先生は姉の言おうとしていた答えがわかった。

しかし、本当のことを言うわけにはイカない。

(浩介はまだ6才だ。答えを教えてしまって良いものか…いや、まだ早すぎるの)

ハクタク先生は少し考えた末に答えをした。

「浩介。ワシがいいというまでアワビのはなしは、姉の前で言ってはならん。」

「えー。なんで」

「お前が姉に食べられてしまう」

「え?なんで僕が食べられるの?」

 浩介はまだはてな顔だった。


 アワビは実は女性のあそこの事を指す隠語でもあることは割と知られている。

 姉の照が言った意味合いは間違いなくエロい意味に違いない。

 姉の照は高校に上がったばかりだ。きっとシタクてたまらないのだ。

 JKの頭のなかはエロが渦巻いている。

 なに? 女はそんなことがあるわけないだと。

 甘い、スケベな女子だっているのだ。年を経るにつれて女性の性欲は強くなり、逆に男は減退することを覚えておくとよい。


(なんと伝えて良いものか)

 この時ハクタク先生は静かな表の下で頭を回転させた。

(たかが6つの子供に女のアソコの事じゃと言ってもわからんだろうし。きっとアソコってどこ?とかしょうもない質問をされるに決まっておる)

 ハクタク先生はうんうんと頭をひねり続けていた。

(しかし、聞かれたからには答えたいな。何か妙案はない物か)

 ハクタク先生には悪い癖がある。習性と言ってもよい悪癖が。

 

(もういっそのこと〇〇〇〇だと言ってしまえば簡単じゃが、この年齢から隠語を教えるわけにもいかん。ええい――――バカ姉め。きっと弟がエロワードに目覚めたと、おもったのじゃろう。マセガキめ!要らん知識を吹き込みおって)

 照の発情した顔が思い浮かんで――――ハクタク先生はげんなりした。

きっと、弟を見る照の瞳孔はハートマークで、じゅるりと涎をふき取っていたに違いない。

(浩介を煩悩まみれダークサイドとす訳にはいかんのだ)

 照は真正の変態である。弟の事を好きで堪らないのだ。そして、最近は浩介にエロワードを教えて、その反応を楽しんでいるらしいこともハクタク先生には分かっていた。

(ダークサイドに墜ちるのは、映画の中だけで十分じゃよ)

可愛い子供が、真っ黒いオトナになるところなどハクタク先生は見たくなかった。

「いいか。浩介。アワビ(鮑、鰒、蚫)は、ミミガイ科。大型の巻貝の総称じゃ。食いはするが、ナめたりはしない」

「うん」

「ちなみに、お前の姉の言うことは信じてはいかん。姉の言ったナめるとか――――ゴホン。そういうことは大きくなってからでよい」

 ハクタク先生はナめるシーンを想像して少し恥ずかしくなった。

「ハクタク先生。なんで赤くなってるの?」

「ンンッ――――とにかく。アワビは食べるもの――――もしくは生物じゃ。ナめるものではない」

「はぁい」


 こうして浩介はハクタク先生によって正しい知識で修正され神社の境内から今日も元気に家路についたのであった。

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