第6話 ドラゴン、出てきてしまう

 四人とも、一瞬だけポカンとした。

 その後、顔を見合わせてから、勇者がソラトに向かって話しかけてきた。


「ええと。俺らがドラゴン退治をすると何か不都合が?」

「え? あ、いや、その、なんというか……」

「あ、わかった。きみ、ドラゴンに協力していたんじゃないか? だいたい、ここに一人でポツンといたのは不自然だもんな」


「いや、それは――」

「ああ、いいよ。言わなくてもわかるから。前に、村ごと魔物に脅されていた、なんてところもあったからさ。きみもドラゴンに脅されて仕方なく言うことを聞いてたんだろ?

 大丈夫。安心してくれ。俺らはドラゴンには負けないよ。だからきみも、もう言うことを聞く必要はない。このまま素直に俺らを通してくれて、なんの問題もない」


 ――!?



 あっ、そうか。

 ソラトは今、なぜかとても意外なことを聞いたような気がした。


 言われて初めて、気づいた。

 なぜ、今まで気づかなかったのだろうと思った。


 勇者一行は、ドラゴンを全滅させた実績を持っている。

 デュラ本人も、勇者には敵わないようなことを言っていた。


 つまり、ここで勇者一行にデュラを倒してもらえば、全てが解決してしまうのだ。


 もう船など必要ないではないか……。


『このまま勇者一行を通せ。勇者がドラゴンを倒せば、お前は解放される。その後は頂級冒険者として良い人生が送れるだろう』


 どこからともなく聞こえてくる、その囁き。


 ……。





 ……それで本当にいいのだろうか。


 勇者の、『脅されて仕方なく』という言葉。

 まったく違っているとは言えないが、事情を正しく表現しているとも言えない。


 こうなったのは、自分が一番最初に嘘をついたからだ。

 それも、もう取り返しのつかないような嘘を……。


 最初に会ったとき、デュラは「正直に答えれば命は奪わない」と言っていた。

 正直に答えれば殺されるだろうと勝手に判断して嘘をついたのは、自分だ。

 この状況を招いたのは、自分なのだ。


 今思えば。

 結局、自分のしてきたことは――


 自分が殺されるのが嫌だから、デュラに嘘をついた。

 自分が殺されるのが嫌だから、その嘘を通し続けた。


 そういうことだ。

 なんのことはない。自分は最初から今に至るまで、保身のためにデュラを裏切り続けていたのだ。


 それなのに、デュラは自分の嘘に疑いを持たず、それを恩だと感じてくれた。

 自分を頂級冒険者になるまで鍛えてくれたり、背中に乗せて飛んでくれたりもした。





 ……やっぱり、ダメだな。


 ここで勇者たちに全てを任せるのも、確かに一つの解決方法だろう。

 だがそれだと、一番悪いはずの自分が、一番得をしてしまう。


 嘘をつかれ裏切られていたデュラは、そのことを知らないまま死ぬ。

 勇者一行は真実を知らず勘違いしたまま、デュラを手にかける。

 そして自分は何の罰も受けず、頂級冒険者としてのうのうと生きる?


 そんなことが許されていいはずがない。


 それに……。


 勇者に言われるまで、その解決方法に気づかなかったこと。

 そして、さっき町で討伐の話を聞き、ここまで反射的に飛んで来たこと。


 もう認めるしかない。

 やっぱり自分は、デュラに死んでほしくないと思っている。

 もしかしたら、死んでも死なせたくないと思っているかもしれない。


 死ぬのが怖くてここまで騙し続けてきて、追放用の船まで用意してしまったくせに、だ。

 もう大矛盾だ。


 その矛盾は……ここで解消しなければならない。





 ソラトは、剣を仕舞った。


「どいてくれるんだ?」

「いや、どきません」

「?」


 ソラトは、ひざまずき……。

 土下座した。


「ええと。どういうことかな」


 勇者の困惑した声。


「僕は、ここにいるドラゴンと一年以上過ごしてきて、これからも生きていてほしいと思っています。自分が死んででも、生きていてほしいと思っています」


「え? そう言われてもな……。そのドラゴン、きみと一緒にいたということは、もう人間にとって無害なのかい?」

「無害かどうかは、僕にはわかりません」

「わからない?」

「はい。僕はそのドラゴンに嘘を――」


 と、その時。斜面のほうから、大きな音がした。


 勇者が斜面のほうに目を向ける。

 ソラトも頭を上げ、振り返って斜面を見た。


 大きな音は、瓦礫が崩れる音だった。


 デュラが、ドラゴンの姿のまま、外に出てきた。

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