第1話 ソラト、嘘をつく

「お前は人間か? なぜここに一人で……」


 現れたドラゴンは、人間の言葉を発した。

 だが、それはソラトが今まで体験したことがない、腹の中にまで響いてくるような波長の声だった。


「た、助けて……」


 すぐに逃げなければ――それはわかっていた。

 しかし、体は震えるだけで力が入らず、情けない言葉だけがソラトの口から漏れた。


 ドラゴンは日の光で鱗を妖しく光らせながら、ゆっくりと寄ってくる。

 そしてソラトのすぐ目の前で止まった。


「人間よ」

「い、いやだ……」

「これからする質問に答えよ」

「ま、まだ死にたくない……」


「聞いているのか? これからする質問に答えよ」

「し、質問……?」


「なぜ人間の子供が一人でここにいる。ここは我が同胞の地だ」

「え? いや、僕は『この山は安全だから一人で大丈夫』って……」


 ソラトは尻餅をついたままドラゴンを見上げ、声を震わせながらそう答えた。


「ここが人間にとって安全だと? そんな馬鹿な」


 ドラゴンは首を高く立て、周囲や空を見回した。

 一通り見回すと、また同じ動きで確認を繰り返した。


「同胞の姿がどこにも見当たらぬ。どういうことだ」

「ど、ドラゴンは……もういないはずなんだ……」

「いない? この山を捨てどこかに行ってしまったのか? ……魔王城への、大魔王様への報告は済んでいるのだろうか」


「だ、大魔王も……もういないんだ」

「大魔王様もいないだと?」

「う、うん……」


「同胞たちも、大魔王様も、どこかに移ったということだな? 移住先は知っているのか?」

「……」

「答えよ。行き先を知っているのか。正直に答えれば命は奪わない」


 ドラゴンは、知らないようだった。

 勇者たちによって、大魔王が倒されたということを。

 そしてドラゴンも全滅したということを。


 ソラトは、恐怖により回転しない頭で、必死に考えた。


 正直に答えれば命は奪わないと言っているが、その通り正直に答えたら、怒り狂ったドラゴンに殺されるに違いない。

 だが……。

 大魔王も他のドラゴンも、生きていることにすれば……なんとかこの場は見逃してもらえるかもしれない。


 ソラトはそう思った。


「あ……う、うん。い、一応……知ってるよ……」


 とにかく今死にたくなくて、嘘をついてしまった。

 もう、大魔王も、他のドラゴンも、この世にいないのに。



「そうか。私は合流しなければならない。どこだ?」

「ず、ずっと、遠いところ」

「それではわからぬ」

「ええと……海の向こう……」


「方角は?」

「ひ、東……」

「この大陸から東? 別の大地があるとは聞いたことがない」

「う、うん……。見えないくらい、ずっと、遠くなんだ」


 ソラトは、適当に嘘を重ねた。


「山一つ程度ならば一度も着陸することなく飛べるが。見えないくらい遠いのでは、一気に飛ぶのは難しいか……」

「……」

「人間よ。どうすれば私はそこに行けそうだ?」


 このまま適当に飛んで行って去ってくれるのではないか――その希望は、叶わなかった。


「どうした? 答えよ」


 ソラトはさらに嘘で対応しようとしたが、答えに窮した。


「……? お前はひどく震えているようだな。

 なるほど。そのような状態ではまともに答えることはできないか。

 では今日はもういい。町に帰り、一晩考えよ」


「ひ、一晩?」

「そうだ。ここから一番近い町がお前の町だろう?」

「う、うん」


 この山に一番近い、大陸南端にある町。ソラトの家はそこにあった。


「落ち着いて考え、明日またここに現れるのだ」

「わ、わかった」


「お前の名は?」

「そ、ソラト……」


「ではソラト。私は裏切者が嫌いだ。もし約束を違えて明日来なかったり、他の人間を寄越すようなことがあれば、山を下りてお前を探し出し、この爪で引き裂いて殺す。そして町を炎で焼き尽くすだろう」

「……」

「勇者さえいなければ、私だけで町の人間全員を殺せる自信はある」



 ――とんでもないことになった。


 震える両足と、止まらぬめまい。

 ソラトはヨロヨロと歩きながら、町へ降りていった。


 私は裏切者が嫌いだ――そのフレーズを、頭にループさせながら。

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