第4話 ドラゴン、背中に乗せる

 ソラトは厳しい稽古によって出来上がった体で、次々と依頼をこなしていった。

 ランクは中級、上級と、順調に上がっていった。


 そして――。



「ソラト。一番上の級の冒険者になったのか」

「うん。頂級冒険者になったよ。断トツで最年少記録」

「よく頑張ったな」


「あ、そうだ。あと十六歳になった」

「そうなのか。おめでとう」


 祝いの言葉を口にして、デュラが顔を近づけてくる。


「不思議だね。もう全然怖くないや」


 ソラトは右手でデュラの顎を撫でた。


「最初はひどく震えていたな。だが毎日見ていれば、慣れるのだろう」

「ははは」


「これで、大きな依頼も受けられるようになるのか」

「うん。今日さっそく新しい依頼を受けてきたんだ。頂級用の中でもかなり難しい依頼。これを成功させれば、ちょうど船が買えるくらいのお金になると思う」

「そうか。いよいよだな」


「でもこの依頼、場所が結構離れたところなんだ。しばらくここに来ることはできないと思うよ」

「しばらくとはどれくらいだ」

「うん。目標は六十日」


 ソラトがそう言うと、デュラのまぶたが少しだけ落ちた。


「その間は戻って来られないのか。それは少し留守にしすぎだ」

「そう? じゃあ依頼を受けたのを取りやめにしようかな? ギルドには怒られるかもしれないけど」


「いや、その必要はない。私がお前を運んでやる」

「えっ。背中に乗せるってこと? いいの?」

「ああ。かまわない」


「……大魔王の部下とかは、よく乗せてたりしたんだ?」

「もちろん誰でも乗せていたわけではない。我々が背中に乗せるのは、信用できる相手だけだ。大魔王様の部下でも、一部の者しか乗せたことはない」


 ――僕は、信用されているのか。

 ソラトの胸が、ズキンと痛んだ。


「……あ、あの。やっぱり僕、歩いていくよ」

「なぜだ」

「だ、だって。デュラが飛んでるとこを見られたら、騒ぎになるから……」


「大丈夫だ。夜に飛べば見つかる可能性も低いだろう。私は星の光だけでも十分に飛べる」

「……」


 いや、そうじゃないんだ。

 僕は君に嘘をついている。だから、背中に乗る資格がないんだ。


 ……とは、やはり言えなかった。




***




 満天の星空を、飛ぶ――。

 人間でそれを体験したのは、世界で自分ただ一人。


 本来なら、嬉しいことなのかもしれない。

 一生をかけてでも、その望みを叶えたいという人はいるかもしれない。


 でも……。


「ソラト。どうだ?」

「うん。いつもより星がしっかり光ってる気がする。それに……町の灯りが、上から見るとすごく綺麗だ」


「揺れて怖くはないか?」

「いや、大丈夫だよ。怖くない」


 明らかに揺れないように配慮された飛行。

 中継地点へのフワッとした離着陸。

 そして、乗り心地を定期的にソラトに確認する、その気遣い。


 ソラトには、たまらなく申し訳なく感じた。




***




 無事に依頼も終え、お金も貯まり。デュラが乗っても沈まないような、少し大きめの船を買った。


 デュラにそれを報告したら、「これでやっと同胞や大魔王様のところに行ける」と喜んだ。

 それを聞き、ソラトの胸は、また痛んだ。


 これで全ての用意は整ったことになる。

 船にデュラを乗せ、ありもしない東の大地に向かってもらう。

 当然どこにも着かないし、騙されていたことに気づいた頃には、すでに自力で戻れる距離ではないだろう。

 ソラトは殺されなくて済む。


 ……。


 ソラトは自分のしていることが最低だという自覚があった。

 しかし、いま本当のことを言ってデュラに殺される勇気まではなかった。


 そして、「こうするしかなかったんだ」と自分の行為を正当化する思いが、心のどこかにあるのも事実だった。


 そんな自分が、心底嫌だった。

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