終談 葛原瑞樹と都市伝説
「どういうことですか……?」
レイコさんの姿が完全に消えると同時に、不思議と法頼も死体を残すことなく、その姿を消していた。
逃げる時間があったとは思えない。
もしかしたら法頼もまた、何かに取り憑かれた、一つの怪異だのかもしれない。
「わたしには、『テケテケ』が瑞樹を助けたように見えたんですけど……」
「見えた、じゃなくて、きっとその通りよぉ」
不思議そうな顔をする智里さんに、サキが優しい声で告げる。
「
「じゃあ、最後に『テケテケ』は自我を取り戻した、ということですか……? 契約を破棄すれば霊力の繋がりは消える。霊力の縛りが無くなった『テケテケ』はカシマレイコの人格を取り戻し、瑞樹を助けた。あれっ? それじゃあ最初の契約を解く時には――」
「もぉう! どっちでもいいじゃない、そんなことぉ」
しびれを切らしたように叫ぶサキ。
それから僕の方にゆっくりとやってくると、暖かな声でゆっくりと語りだす。
「ねぇ、瑞樹ぃ。あの人はきっと、瑞樹のことを恨んでなんかなかったのよぉ。うぅん、それだけじゃない。きっと死んでからも、瑞樹の事を大切に思ってた」
「そうかな……、そうなのかな……」
「そうよぉ、絶対にそうだわぁ」
レイコさんは、最後、僕に笑いかけた。
その笑顔が目に焼きついて離れなくて、彼女が死んでから始めて、僕は泣いた。
ずっとずっと、泣き続けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勝の怪死(世間では容疑者未定の殺人事件という扱いになっている)もあり、僕たちのクラスは手離しで喜べる雰囲気ではなかったけれど、それでも皆、新しい何かがそこにあればと、暗い表情に、どこか希望を浮かべていた。
サキ以外の全ての
「あー、えっとねぇ、その、言いにくいんだけどぉ……」
「ん? どしたのサキ? もしかして何か思い出した?」
「いや、思い出したって言うか、そのね……、あたし、もう完全に記憶、戻ってるのよねぇ……」
「ええぇ!?」
「なんですって!?」
サキの話では、智里さんと契約した際に記憶を取り戻したらしい。
以前にチラリと聞いたけど、智里さんの霊力は僕のモノと比べて上質であるらしく、そのことが、初戦で成す術もなかった『テケテケ』と、ある程度渡り合えた理由であるという。
上質の霊力を取り込み、元々記憶がないという不完全な形だったサキは、完全の状態まで復活、それに伴い、無くしていた記憶も戻ったとのことだった。
「なんですぐに言わないんだよ!」
「そうです! アナタ、それが一番の目的だって言ってたじゃないですか!」
「だってぇ、場の空気とかあるでしょぉ? これから生きるか死ぬかって時だったじゃないのぉ……」
「それで、そのままズルズルとタイミングを逃して言えなかった、と」
「……はいぃ」
まぁ、なにはともあれ、サキの記憶が戻ったのはいいことである
そう思った時、ふと疑問が生まれた。
サキは記憶の断片で、僕のことを知っているような気がすると言っていた。結局サキはレイコさんではなかったのだから、僕のことを知っているというのもヘンな話だ。
いったいサキは、誰なのだろう?
「それについても、恥ずかしい話なんだけどぉ……」
「なんですか? まさかここにきて人違いだったとか言うつもりじゃないですよね?」
いい加減なことがキライな智里さんは、すでにかなりピリピリきていた。
「いや、間違いなく瑞樹のことなんだけどぉ、あたしと瑞樹、べつに知り合いじゃなかったしぃ……」
「……えっ?」
「どういう意味ですかソレ! はっきりと説明してください!」
「わかったわよぉ、ちゃんと言うわよぉ、言うから怒らないでぇ」
珍しくサキはヘコんでいる。
サキにしてみれば、僕のことをずっと行動原理にしていたのだから、その結果が知り合いじゃなかったとくれば、ガックリも来るのだろう。
けれど、ガックリくるのは僕も同じだ。
サキには、洗いざらい吐いて貰うことにした。
「だからぁ、瑞樹とレイコさんの乗ってたバス、アレにあたしも乗ってたのぉ」
「……サキが?」
「うん。つまりあたしも、あの事件の被害者ってこと」
サキが言うには、あの事件があったバスに同乗していたサキは、ずっと僕たちのことを見ていたらしい。
「仲の良さそうな姉弟だなぁって。あたし一人っ子だったから、羨ましかったのよねぇ。事故が起きて死ぬまでの間、あの二人は大丈夫だったかなって、ずっと、そればっかり考えてた気がする」
死の間際の思いが色濃く残り、それが怪異となった時の記憶のカケラになったのだろうと、サキは説明した。
「だから、瑞樹と会えてよかったわぁ。お姉さんは残念だったけど、あの時の弟くんが、こーんなに大きくなったのを見れたんだからぁ」
記憶が戻れば、サキが現世に留まる理由もなくなる。
いつか『死角の殺人鬼』が言ったように、契約を解かず、霊力の補充さえ続ければ、ずっとこっちにいることもできるのだろう。
けれどもサキは、冥界に旅立つことを望んだ。
生前のサキは、どこにでもいるような普通の女子高生で、その生涯はとても恵まれていたし、不幸な事故とはいえ、その死についても納得していた。
だからもう、サキを繋ぎ止める未練は、なにもない。
夏休みに入ってから数日、僕たちは思い出づくりにめいっぱい遊び、笑い、楽しく過ごし――そして、別れの日はやってきた。
最後の時、僕たちは全てが始まった場所、あの事故があり、そして僕がサキとジンさんに初めて出会い、智里さんと初めて話した、あの踏み切りへとやってきていた。
「そうだわ瑞樹ぃ。最後にもう一度、あたしと契約してくれない? 智里の霊力って強力なのはいいんだけど、どっかツンツンしててカワイクないのよねぇ」
「なっ、どういう意味ですか!」
法頼との戦い以来、特に戻す理由もなかったため、サキの
「うん、いいよ」
僕は最初にした時と同じように、サキに向けて手を差し出す。
僕の手をとったサキは――そのままその手を引き寄せ、僕のことを思い切り抱きしめた。
「ちょっとサキ! なにしてるんです!」
智里さんの怒声を聞きながら、僕はサキとの契約が成立するのを感じていた。
互いの体が二つになり、互いに交わって二人になる。例えようなもない、心地いい感覚。
「あぁ……、やっぱり瑞樹の霊力は最高だわぁ……」
噛み締めるように言ってから、サキは僕の体から手を離した。
「もう、行くの……?」
そう言う僕に、サキは黙って頷いた。
「あたし、二人に会えてよかった。死んだあとに思い出ができるなんて、あたしは世界一幸せな幽霊だわぁ」
「僕も、サキ会えてよかったと思う。いろいろ辛いこともあったけど、サキと過ごした時間は楽しかった」
「わたしもそう思います。この怪異の事件、わたしにとって、とても大切な記憶になりました」
僕たちは互いに手の取り合い、それから何度も抱き合った。
本来なら、ありえかったハズの出会い、そして、迎えることのなかった別れ。
なにも残していけない彼女だからこそ、僕はこのことを、生涯覚えていようと誓った。
「じゃあ、二人とも元気でね。寂しいからって、すぐにこっちに来ちゃダメよぉ!」
その言葉を最後に、彼女は踏み切りの向こう側へと歩いていく。
警報機が鳴り、遮断機が降り、電車が通り過ぎると、そこにはもう、サキの姿はなかった。
しばらく彼女の消えた虚空を見つめていた僕たちだったけれど、やがてそこに背を向けると、ゆっくりと歩き出した。
この夏は、お墓参りに行こうと考えながら。
夕焼けになんて昨日の彼方に過ぎ去った、真夏の晴れた日の出来事だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そうして、多くの人にはいつも通りに、八鹿町の夏は過ぎていく。
少しだけの、都市伝説を残して……。
フォーク・ロア 春乃寒太郎 @kantarou
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