終談  葛原瑞樹と都市伝説

「どういうことですか……?」

 レイコさんの姿が完全に消えると同時に、不思議と法頼も死体を残すことなく、その姿を消していた。

 逃げる時間があったとは思えない。

 もしかしたら法頼もまた、何かに取り憑かれた、一つの怪異だのかもしれない。

「わたしには、『テケテケ』が瑞樹を助けたように見えたんですけど……」

「見えた、じゃなくて、きっとその通りよぉ」

 不思議そうな顔をする智里さんに、サキが優しい声で告げる。

怪主かいぬしの契約は、怪主かいぬし怪異ロア、どっちかの意思で一方的に破棄できるわぁ」

「じゃあ、最後に『テケテケ』は自我を取り戻した、ということですか……? 契約を破棄すれば霊力の繋がりは消える。霊力の縛りが無くなった『テケテケ』はカシマレイコの人格を取り戻し、瑞樹を助けた。あれっ? それじゃあ最初の契約を解く時には――」

「もぉう! どっちでもいいじゃない、そんなことぉ」

 しびれを切らしたように叫ぶサキ。

 それから僕の方にゆっくりとやってくると、暖かな声でゆっくりと語りだす。

「ねぇ、瑞樹ぃ。あの人はきっと、瑞樹のことを恨んでなんかなかったのよぉ。うぅん、それだけじゃない。きっと死んでからも、瑞樹の事を大切に思ってた」

「そうかな……、そうなのかな……」

「そうよぉ、絶対にそうだわぁ」

 レイコさんは、最後、僕に笑いかけた。

 その笑顔が目に焼きついて離れなくて、彼女が死んでから始めて、僕は泣いた。

 ずっとずっと、泣き続けた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 怪異ロアの事件が終焉を迎えてからしばらくして、僕の中学は夏休みに入った。

 勝の怪死(世間では容疑者未定の殺人事件という扱いになっている)もあり、僕たちのクラスは手離しで喜べる雰囲気ではなかったけれど、それでも皆、新しい何かがそこにあればと、暗い表情に、どこか希望を浮かべていた。

 サキ以外の全ての怪異ロアは冥界へと旅立ち、もはや怪異ロア狩りの必要がなくなった僕たちは、夏休みはサキの記憶探しに専念しようと思っていたのだが――。

「あー、えっとねぇ、その、言いにくいんだけどぉ……」

「ん? どしたのサキ? もしかして何か思い出した?」

「いや、思い出したって言うか、そのね……、あたし、もう完全に記憶、戻ってるのよねぇ……」

「ええぇ!?」

「なんですって!?」

 サキの話では、智里さんと契約した際に記憶を取り戻したらしい。

 以前にチラリと聞いたけど、智里さんの霊力は僕のモノと比べて上質であるらしく、そのことが、初戦で成す術もなかった『テケテケ』と、ある程度渡り合えた理由であるという。

 上質の霊力を取り込み、元々記憶がないという不完全な形だったサキは、完全の状態まで復活、それに伴い、無くしていた記憶も戻ったとのことだった。

「なんですぐに言わないんだよ!」

「そうです! アナタ、それが一番の目的だって言ってたじゃないですか!」

「だってぇ、場の空気とかあるでしょぉ? これから生きるか死ぬかって時だったじゃないのぉ……」

「それで、そのままズルズルとタイミングを逃して言えなかった、と」

「……はいぃ」

 まぁ、なにはともあれ、サキの記憶が戻ったのはいいことである

 そう思った時、ふと疑問が生まれた。

 サキは記憶の断片で、僕のことを知っているような気がすると言っていた。結局サキはレイコさんではなかったのだから、僕のことを知っているというのもヘンな話だ。

 いったいサキは、誰なのだろう?

「それについても、恥ずかしい話なんだけどぉ……」

「なんですか? まさかここにきて人違いだったとか言うつもりじゃないですよね?」

 いい加減なことがキライな智里さんは、すでにかなりピリピリきていた。

「いや、間違いなく瑞樹のことなんだけどぉ、あたしと瑞樹、べつに知り合いじゃなかったしぃ……」

「……えっ?」

「どういう意味ですかソレ! はっきりと説明してください!」

「わかったわよぉ、ちゃんと言うわよぉ、言うから怒らないでぇ」

 珍しくサキはヘコんでいる。

 サキにしてみれば、僕のことをずっと行動原理にしていたのだから、その結果が知り合いじゃなかったとくれば、ガックリも来るのだろう。

 けれど、ガックリくるのは僕も同じだ。

 サキには、洗いざらい吐いて貰うことにした。

「だからぁ、瑞樹とレイコさんの乗ってたバス、アレにあたしも乗ってたのぉ」

「……サキが?」

「うん。つまりあたしも、あの事件の被害者ってこと」

 サキが言うには、あの事件があったバスに同乗していたサキは、ずっと僕たちのことを見ていたらしい。

「仲の良さそうな姉弟だなぁって。あたし一人っ子だったから、羨ましかったのよねぇ。事故が起きて死ぬまでの間、あの二人は大丈夫だったかなって、ずっと、そればっかり考えてた気がする」

 死の間際の思いが色濃く残り、それが怪異となった時の記憶のカケラになったのだろうと、サキは説明した。

「だから、瑞樹と会えてよかったわぁ。お姉さんは残念だったけど、あの時の弟くんが、こーんなに大きくなったのを見れたんだからぁ」




 記憶が戻れば、サキが現世に留まる理由もなくなる。

 いつか『死角の殺人鬼』が言ったように、契約を解かず、霊力の補充さえ続ければ、ずっとこっちにいることもできるのだろう。

 けれどもサキは、冥界に旅立つことを望んだ。

 生前のサキは、どこにでもいるような普通の女子高生で、その生涯はとても恵まれていたし、不幸な事故とはいえ、その死についても納得していた。

 だからもう、サキを繋ぎ止める未練は、なにもない。

 夏休みに入ってから数日、僕たちは思い出づくりにめいっぱい遊び、笑い、楽しく過ごし――そして、別れの日はやってきた。

 最後の時、僕たちは全てが始まった場所、あの事故があり、そして僕がサキとジンさんに初めて出会い、智里さんと初めて話した、あの踏み切りへとやってきていた。

「そうだわ瑞樹ぃ。最後にもう一度、あたしと契約してくれない? 智里の霊力って強力なのはいいんだけど、どっかツンツンしててカワイクないのよねぇ」

「なっ、どういう意味ですか!」

 法頼との戦い以来、特に戻す理由もなかったため、サキの怪主かいぬしは智里さんのままになっていた。

「うん、いいよ」

 僕は最初にした時と同じように、サキに向けて手を差し出す。

 僕の手をとったサキは――そのままその手を引き寄せ、僕のことを思い切り抱きしめた。

「ちょっとサキ! なにしてるんです!」

 智里さんの怒声を聞きながら、僕はサキとの契約が成立するのを感じていた。

 互いの体が二つになり、互いに交わって二人になる。例えようなもない、心地いい感覚。

「あぁ……、やっぱり瑞樹の霊力は最高だわぁ……」

 噛み締めるように言ってから、サキは僕の体から手を離した。

「もう、行くの……?」

 そう言う僕に、サキは黙って頷いた。

「あたし、二人に会えてよかった。死んだあとに思い出ができるなんて、あたしは世界一幸せな幽霊だわぁ」

「僕も、サキ会えてよかったと思う。いろいろ辛いこともあったけど、サキと過ごした時間は楽しかった」

「わたしもそう思います。この怪異の事件、わたしにとって、とても大切な記憶になりました」

 僕たちは互いに手の取り合い、それから何度も抱き合った。

 本来なら、ありえかったハズの出会い、そして、迎えることのなかった別れ。

 なにも残していけない彼女だからこそ、僕はこのことを、生涯覚えていようと誓った。

「じゃあ、二人とも元気でね。寂しいからって、すぐにこっちに来ちゃダメよぉ!」

 その言葉を最後に、彼女は踏み切りの向こう側へと歩いていく。

 警報機が鳴り、遮断機が降り、電車が通り過ぎると、そこにはもう、サキの姿はなかった。

 しばらく彼女の消えた虚空を見つめていた僕たちだったけれど、やがてそこに背を向けると、ゆっくりと歩き出した。

 この夏は、お墓参りに行こうと考えながら。


 夕焼けになんて昨日の彼方に過ぎ去った、真夏の晴れた日の出来事だった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 そうして、多くの人にはいつも通りに、八鹿町の夏は過ぎていく。

 少しだけの、都市伝説を残して……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フォーク・ロア 春乃寒太郎 @kantarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ