《終》はいけい、かみしろまつりさま
「久しぶりね、雑葉くん」
「こんにちは。おばさん」
あれからどのくらいの時が経っただろう。立ち直ったからと本業に復帰し、疲れ果てて家に帰れば執筆・校正、執筆・校正。担当編集者さまのお気に召さなくば、夜更けになってもリテークの嵐。正直なはなし、休みの日に外で出歩くのに、一枚上着が必要になっていることすら知らなかった。
日付にしてそろそろ三ヶ月。過ぎてみればあっという間だ。
「聞いたわよ。新刊、評判良いんだってね」
「や、や。『いつもと比べて』、ですよ。書き手も、読み手も狭いギョーカイですから」
心血を注ぎ、寝る間を惜しみ、その皺寄せに職場で怒号を喰らいながら、昨週ようやくガーディアン・ストライカーの続刊が発売となった。
売れ行き自体は相変わらずのスローペースなれど、棚ではなく平積みにされ、徐々に山が崩されてゆくのを眺めていると、完全に見放されたわけではないらしい。
『たまには遊びに来て頂戴』と、茉莉のおばさんから電話を受けたのは三日くらい前だと記憶している。特に用事は無かったが、遅れを取り戻せとばかりに仕事を振られ、本職も内職もてんてこ舞い。本日ようやく一日だけ有給休暇を得ることが出来た。
「ごめんなさいね。ウチの旦那ってば仕事が詰まってて」
「いえ。おれだってそんなに長居出来ませんし」
内心、鉢合わせにならなくてよかったなと安堵する自分がいる。鼓舞してくれたおばさんはさておき、おじさんとマトモに会話が成立するとは思えない。
煮凝った感情をぶつけ合うには、三ヶ月という日数は余りにも短すぎる。
「それじゃあ、行きましょうか」
「お供します」
神楽おばさんと共に車へ乗り込み、向かう先は、小高い丘の下に並ぶ共同墓地。
亡くなった上代茉莉が眠る、その場所に。
※ ※ ※
「それじゃあ、私は草を毟るから」
「ええ。墓石の方は任せてください」
上代の氏が掘られた四角四面の大理石。墓どころか場所を確保するだけでも大変だというご時世で、このレベルが用意出来て良かったと切に思う。
この墓が出来て最初に参った時は、何を言っていいか解らず戸惑ったっけ。おじさんとも顔を突き合わせ、なにか喋ったと思うが憶えていない。
事務所で借りた桶に共同の水道で水を張り、持ち寄ったスポンジで汚れを落とす。尤も出来て一月ちょっとだし、拭く程のものでもないのだが。
「終わりました」
「ありがとね。道具は片付けて来るから、少しの間、任せるわ」
平日の真っ昼間だ。参るヒトなど殆どいない。おばさんが事務所まで行ってしまえば、あとはおれと墓石でふたりきり。
「よう。久し振り……。は違うか? 元気してた? うん、これも違う」
きまりが悪いと頭を掻き、ひとまとめに包んだ花束を墓の下に置く。白い花びらに黄色い雌しべ。あいつの名前、
「ガラじゃないって笑うよな。おれだってそう思う。だから、本チャンの方も持って来た」
言って懐から取り出したるは、拙作ガーディアン・ストライカーの最新巻。献本というカタチで送り付けられた、書店には出回らぬ初版の初版本である。
「菜々緒のやつに散々ペケ喰らったけどさ、その分面白さはお墨付きだぜ。気になるだろ。気になっだろ。せやろせやろ」
なら、この場で読んでやる。ヒトが居ないのを良いことに遠慮も何もない音読。
「『何が伝説の九人だ、お前ら如き屁でも無い。百もの数で囲ってなお、俺一人殺せないなど馬鹿げている。俺はガーディアン・ストライカー。お前ら全員、跡形もなく消し去ってくれるッッッ』」
なんつって。ヒーロー然としたストライカーなんて観たくないって言われたけどさ。立ち位置次第でこれも相当ヒーローだと思うんだよな。あいつらめ、おれに散々リテークぶち込みやがってさあ。
「ま。最近はこんな感じかな。売り上げはあんまり伸びないけどさ、打ち切られずのびのびやってるよ」
毎度ぎりぎりの綱渡りだけどさ。ということまで言う必要はないわな。あまり先行きは良くないが、書くことが楽しいのは嘘じゃない。それだけは自信を持って言える。
「おれは、お前から託されたことを重荷になんて思ってない。続けて良いと言う人がいるなら。これで良いって言ってくれる人がいるから、おれももう少し頑張ってみる」
だから、そこでしっかり見守ってくれな。ってのは流石にキザ過ぎか。自分で言ってて恥ずかしい。だァーっ。カッコつかねえなあ、ほんと。
――そうそう。ざっぱはいつもヌけてるんだから。
「な、におう!?」
や。待て待て待て。
墓石が……喋った?
――のびのびやってるその裏で、どれだけの人たちが苦労しているか。あんた一度でも考えたことある? 独りで塞ぎ込んで鬱になって、元気になった途端に振り回して。そんなんだから大雑把なのよーっ。
「あ、ああ……」
驚きはしたが、タネが解かればどうってことはない。
こんなこといちいち言って聞かせる奴なんざ、おれの知る限りひとりしかいない。
「いつからそこに居たよ」
「あんたが上機嫌にイタイ朗読し始めるあたりから」
「イタイってなんだよ。お前だってヒトのこと言えないだろ年増」
「あんたに年増って言われる筋合いはないわよ。二十半ばの童貞男」
墓の裏からぬっと顔を出したる赤渕眼鏡のあの女。担当編集者の桐乃菜々緒。
おれが声をかけられるくらいなんだ。もっと前から関わりのあったコイツが呼ばれないわけがない。
「だいたい、イマドキ墓の前で恋人に告白なんて流行らないわよ。昭和か。昭和の悲恋ラブコメかっつーの」
「うっせーな。じゃあお前は何なのさ。似たようなモンじゃねーのかよ」
「わ。私は、別にそーゆーんじゃないから。違うから!」
鼻を鳴らして罵倒する最中、奴が花束を背に隠したのを見逃すようなおれではない。向こうだって似たような理由で此処に来たのだろう。
「もう、平気なのね」
「そいつはお互い様だろ。これまでずーっと暗い顔してたくせによ」
過去に囚われ、下を向いて過ごすのはもう止めだ。昔は昔、今は今。茉莉の想いを胸に抱き、生きたいように生きてやる。
菜々緒の持つ線香に火を点け、供えた上で手を合わせ、暫しの沈黙。
向こうにも、悲しんだり塞ぎ込む様子はない。おれが言うのも何だけど、よく立ち直れたもんだと驚くばかりさ。
「強いな、お前」
「何の話」
「うんにゃ、こっちのはなし」
お前が担当で本当に良かった、なんて言ったらマトモに取ってくれるかな。茶化されて終わる気しかしない。
「変なヒト」菜々緒は気怠げに息を吐き、背に隠した花束を手向けると。
「それよりも。折角逢ったんだし、次巻の打ち合わせしましょ。前に聞いた構想、クソダサ過ぎて目も当てられなかったし」
「お前それ言う!? 墓前でそれ言っちゃう!?」
本業にかまけ、ハナシがオソマツだったことは認める。認めるが、茉莉の前でそういうこと言うなよな。今しがた決意を新たにしたばかりだってのに……。
「何を今更。あなたは書くヒト、私は読むヒト。面白さにラベリングするのは読み手に違いないでしょうが」
「その点については同意するがよ、決定権をお前が握ってるって事実が受け入れられないの」
「意味分かんない。どちらも対して違わないじゃない」
「違うんだよ! 丸っきり違うの。だってお前、オトコキャラばっかり優遇するじゃん。漢の友情ばっかりでこちとら飽き飽きしてるんだよ! 百合! 百合もの書かせんかいコラァ」
「あぁら、あらあら。あなたにそーゆーの書けるの? 前に一回書いたやつ、自己嫌悪で即削除しちゃったじゃなーい」
「い、言うなよ。マツリの前でそういうコト話すなってぇーの!!」
少し肌寒い風が頬を撫で、アテもなく過ぎ去ってゆくこの日頃。
はいけい、かみしろまつりさま。
お前が繋いだこの縁の中、おれたちはそれなりにたのしく、暮らしています。
◎カクヨム版、ゴースト・ライト
ここに、おわる。
ゴースト・ライト イマジンカイザー @imazin26
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