シーン四十四:再起せよ、ガーディアン・ストライカー!
『神永茉莉花は預かった。返して欲しくば定刻迄に旧・ハーヴェスター専有地、製鉄工場跡まで来られたし』
悪夢から醒めた生田誠一……、ガーディアン・ストライカーを待っていたのは、件の書簡を携え、頸から上を喪った死体であった。
砂利っぽい床は点々とした血に汚れ、争った形跡がありありと残る。弱り果てた自分を匿い、見付かった後も逃げずに立ち向かったのだろう。
「俺なんかの為に……。何故だ、何故なんだ茉莉花」
親を殺し、日常を奪い、不自由な逃亡生活を押し付けたのは自分だ。だのにどうして見捨てなかった。放って置いてくれれば、こんなことにはならなかっただろうに。
困惑と悔恨に苛まれ、歪む視界の中、彼は右腕に巻かれた古く汚れた包帯を見込む。逃亡生活の最中、治癒だけだは足りないと、慣れない手付きで巻いてくれたもの。創は抉れ、この下で紫色の痣として残っている。
目を閉じると、そこに浮かぶのは茉莉花の顔ばかり。自らの目的の為、己を厭わず、再生を頼り切りにし、その都度不安にさせてきた。
(ああ、そうか……そういうこと、か……)
自分にとってはそうだったかも知れない。けれど、茉莉花にとってはそうではない。長く苦しい逃避行の中、彼女はこの旅を、自分という存在をかけがけの無いモノと認識していたのだ。
「茉莉花。お前ってやつは」
握っては開きを繰り返し、手足のストレッチで身体の調子を確かめる。不備は無い。去り際に彼女が直していったようだ。
「待っていろ。今すぐ助けにゆく」
お前がそう望むなら。自分を疎まず受け容れるというのなら。このまま逃げ遂せるのは主義に反する。
この期に及んで、誰かを護らんと戦地に赴くだなんて。まるでかつて憧れていたガーディアンたちのようだ。
いいや、自分にそんな資格はない。自らのエゴで他を殺し、世界に憎しみを振り撒いてきた自分には。
賞賛も見返りもいらない。エゴだというならそれもいい。彼女はしたいようにした、ならばそれに続くだけ。
手足に痺れはない。戦える。目の前に立ち塞がる連中を、ひとり残らず滅ぼしてやる。
◆ ◆ ◆
「本当に、来ると思っていますの?」
「来るさ。あれをこの局面まで囲っていた女だぜ」
ビーカーめいた十メートル近い半透明アクリル容器に、赤髪の少女が憔悴した表情で座り込んている。全身に刻まれた青痣は、抵抗の際に生じたものか。ビーカーの口に蓋は無いが、極端な返しがついており、自力で這い上がることは不可能。
まるで、籠の中に囚われた虫だ。手前勝手に見世物とされ、数百の配下に護られている。
「キミも見たろファンタマズル。彼女は、自らに利が無いと解っていながら、足止めにと食って掛かった。仲間と判れば即座に殺す連中とだぜ。つまり」
「この子とカレは繋がっている」彼女は茉莉花に冷たく一瞥をくれた後、「人質としてではなく、愛情で?」
「愛とまでは言っちゃいないさ。吊り橋効果やナイチンゲール症候群ってセンもあるだろ。兎に角、何も無く半年もの間、好き好んで一緒に逃げるかって話」
戦うチカラを持ち合わせていないのに、ストライカーを護って傷を負ったこの女。同僚の娘の命に興味は無いが、それで取り逃がした標的を狩れるというなら使わぬ手はない。
彼女自身はこの状況をどう思っているのだろう。そちらに目をやるも、そこから得られるものはない。窶れた瞳で下を見る茉莉花は、
「地獄の猟犬が付き纏う……赦されることはない……」
何を訊こうが、如何な痛みを加えようが、そんな言葉を糸の切れた人形のように繰り返すばかり。
「ストライカーも可哀想ですわね。助けに来た想い人が、こんな風に壊れていたんじゃあ……」
「咎人に同情なんて必要ない。奴が自分で選んだ道なんだ。勝手に嵌って、勝手に死ねばいい」
彼ら《伝説の九人》にとって、ストライカーとは理不尽に同胞を屠った狂人でしかない。伝える機会があったとしても、ガーディアンの側が彼の想いを正しく理解することはないだろう。
そんな時だっただろうか。俯いていた茉莉花が何かを捜すように首を上向けたと思うと、数百もの手勢で固めた廃工場の出入り口より響く物々しき轟音。
「来たか」
「ふふ。坊やの言う事も、あながち間違いじゃなさそうですわね」
棒立ちの雑兵が次から次へと弾け跳び、その奥からは腹の底まで響く大轟音。二輪車に乗った黒ヘルメットが、一直線にこの場所を目指して突き進む。
「約束通り来てやったぞ。今日は二人掛かりか」
黒メットにまだら模様の悍ましいボディースーツ。叫ぶ声は覇気に満ち、沸き立つ殺意を隠そうともしない。
「ああ、待っていたぜケダモノ大将。拾った命を捨てに来たな」
「逆だよ」ストライカーはマスクの下で悪辣たる笑みを浮かべ。「お前たちの命を刈り取りに来た。少数の超人が人民を子飼いにする時代は終わりだ。この星を、常人たちに明け渡せ」
「ハ、ハッ。何を言い出すかと思えば」
”九番”はストライカーの叫びを鼻で笑い、「人類の味方を気取ればマウントを取れると思ったか。ふざけたことを抜かすな。如何に言い繕おうとも、お前はただの殺戮者。異能の超人を数十人屠った、血も涙もない悪党でしかないんだよ」
誰がそれを望んだ。誰がそれを頼んだ。理屈の上では九番の言葉の方が正しい。生きる為に逃げ続け、追跡者を殺し、今更世直しに転向したところで、護られる人民は決して納得しないだろう。
「そうさ。その通り」故に。ストライカーは九番の言葉に肯定の頷きを返すと。「俺は弱者の味方になったつもりはない。虐げられる人間の救いはあんたらだ。社会からはみ出した俺じゃない。悪の組織を打ち砕き、此の世を平定したあんたらの仕事。
これはただの自己満足だ。生きる意味を奪われ、少女を奪われ、何も無い俺が、此の世に生きる意味を見つけるためのな」
「聞き捨てなりませんね」ここで、ファンタマズルが会話に割って入る。「つまりその為の殺生は、仕方がない・と?」
「必要な犠牲さ」ストライカーは臆することなく言いのける。「あんたたちお得意の台詞だろ。今、ここで引用させてもらったまで」
「せいぜい、全能感に酔ってるがいいさ」努めて冷静な言葉を返さんとした九番も、この皮肉には震える唇を止められない。
「どれだけ虚勢を張ろうとも、所詮唯一人。お前が如何に足掻こうと、此の世の理は変えられない」
「だから、そんなものに興味はない」
何もかも今更だ。どんな言葉を用いようとストライカーは止められない。彼はマスクの下で毛細血管を漲らせ、人差し指を突き立てる。
「俺の目的はお前らを殺し、茉莉花を連れ帰るのみ。世界の心配するよりも、自分の命の心配をするんだな」
「ストライカー」呪詛めいて同じ言葉を繰り返していた囚われの姫が、此処へ来て生き生きとした目で此方を視る。
そこに運命への怖れは怒りはない。茉莉花は相棒の到着と期待に笑みすら見せ、覇気に満ちた声で叫ぶ。
「そいつらを、やっつけて」
「おうよ」
ストライカーの全身が赤銅に染まり、両の手足が熱を帯びる。最早彼を縛る物は何も無い。背後より迫る雑兵を千切っては投げ、千切っては
……………………
…………
……
「駄目、没」
「ナンデ!?」
「今更言って聞かせる必要ある? キャラ解釈違いだけでも甚だしいし、『九人』をふたりも使って、やってることがヒロインの磔って雑もいいとこでしょう」
「雑。って、言われてもさ……」
ヒトも疎らな夕刻の呑み屋の座敷席に、桐乃菜々緒のきぃきぃ声がこだまする。
こちとら二週間カンヅメの中、ようやっとひねり出した新作なんだぞ。展開の杜撰さより、カムバックを果たしたこのおれを褒めろよ担当編集者。
だいたい、物語のベースアップと山場の為、主要人物を先出しさせ、対決に持ち込めって言ったのアンタでしょうがナナちん。おれは素直に従ったまで。文句を言われる筋合いなし。
「わ、私も……ちょっと、雑かなあって」
などと、おずおず手を挙げて意見を述べるは水鏡のギギちゃん。呑みを兼ねた久々の会合ってことで呼んだけど、まさかそっちに付かれてしまうとは。
「か、カレ。こんなにヒーロー然としてない……と思います」
「そ、そう……?」
ブランクを経て、トラウマを乗り越え久々に手応えがあったと思ったのに、こうもずたぼろじゃ自信が無くなってしまう。
「なあ、盛森。あんたは。あんたはどうよ? 面白いよね? 面白いよな?!」
なんて、外野に声を掛けてみたけれど。向こうは熟考した後、走り書きのスケッチブックを無言で掲げて首を横に振るだけ。
(だからさ。その顔で対応するの、やめろよな……)
悪いけれど、右に同じとてへぺろする茉莉花のイラスト。いい加減、それはアカンと言うべきだろうか。けど故人だしなあ。おれから何か言ってやるのも違う気がする。
「他を糧に自らを正当化するのはおよしなさい」駄目押しとばかりに、菜々緒の容赦ない檄が飛ぶ。「その話はガーストの基本から外れ、面白さを著しく欠いている。ならあなたのやるべきことは何?」
「もっと面白いはなしを、書く」
傷に塩を塗り込む横暴極まり所業だが、何一つ間違っちゃいない。舐めたモンをお出ししたって、“向こう”のアイツは笑っちゃくれない。
もっともっと、おれ自身が頑張らなくては。決意を新たに顔を上向けたおれの額を、菜々緒の細長い人差し指がちょんと小突く。
「違うわ。あなた、全然わかってない。ここにヒトを呼んで、リアルタイム添削にした理由は何」
「何ってお前、いつものように」
「ちーがーう」突いた人差し指で額をぐりぐり苛め、不機嫌そうな声がそこに継ぐ。
「誰があんたひとりで何とかしろって言ったの。悩む前にまず相談。ヒトならここに幾らだって居るでしょう。なのに、自分の責務だって背負い込んで。同じ本を造る立場なら、もっと私達に意見を求めろって言ってるの」
「ま、まじで……?」
至極尤もな意見だと思うし、無理矢理に話を仕上げんとした身からすればありがたい。でも、言ってる人間が人間だぜ。あの桐乃菜々緒が。お前はただの雇われだと言ってのけたあの女が。こんな風に返す日が来るだなんて。
「わ。わた、あたしも。デザイナーからの意見、くらいは……」
少し目線を横にずらせば、ギギちゃんがどもりながら協力を申し出、そのカレシたる巨漢も、先のイラストを逆向きにし、右に同じと同調のことば。
「ナナちん、あのさ。明日は向こうで雪でも降るんか」
「何くだらないこと言ってるの」
いやいや、そう言いたくもなるだろう。おれは結局雇われで。マツリの後を継いだだけなのに。
なんて、驚きを言の葉に乗せて発してみれば、我が屈強なる担当編集者は、ため息交じりの呆れ顔でおれを見て。
「もう、あなたが『夢野美杉』でしょ。間に誰が挟まるでも、自分を偽る必要も無い。このお話は、間違いなくあなたのものよ」
「……」
成る程、そりゃあ怒るな、と言葉少なに心のなかで静かに頷く。
桐乃菜々緒は、既におれより先を行っていたのだ。最早帰って来ないなら。紡ぐお話を誰より楽しみにしていると言ったなら。生者たるおれたちがしてやれることなど唯一つ。
「ごめん。そんじゃさ、もっかい書き直すわ」
「当然。三時間の呑み放題だから、その間にちゃちゃっと頼むわね」
「えっ、呑み放!? 呑み放ですか桐乃さん! あざます、あざまーーっす!!」
相変わらず無茶苦茶で、横暴で、理不尽で。
でも、こいつじゃなきゃ、ガーディアン・ストライカーというおはなしは日の目を見なかった。
「やってやんよ。やりゃあいいんだろ畜生。待ってろよコンニャロ、絶対にお前を屈服させてやるかんな!」
「意気込みだけは褒めてあげるわ。ま、それが内容に結び付くかどうかは別だけどっ」
あぁ。
そうだ。
あの騒がしくも楽しい日々が。
茉莉がくれたあの日々が。
また、戻って来てくれた。
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