第九話:川の手 四月二十四日 ―誤算―

◆主な登場人物

 コウトウ ……役所広司    シンジュク……片岡愛之助

 スミダ  ……武田鉄矢    ブンキョウ……八嶋智人

 チュウオウ……中井貴一    ネリマ  ……柄本明

 タイトウ ……三遊亭小遊三  セタガヤ ……古田新太


 ナレーション……田口トモロヲ



【ナレーション】

 東京の東端に位置し、二十三区内では四番目、東部地区では一番の広さを誇る江戸川区。以前から福祉に力を入れており、大きな公園も数多くあるため「子育てのしやすい街」として平成の頃から人気が高い。


 現在の区長は大名の系譜を継いでおり、その大らかで明るい性格と相まって区民からの人望が厚かった。

 そのエドガワとの面会にあの二人が訪れている。



      *    *    *    *    *    *



 内線通話の呼び出し音が鳴る。

 座ったまま手を伸ばし、ハンズフリーのボタンを押す。

「はい、何でしょう」


「お客様がお見えになりました」


「わかりました。お通しして下さい」


 力強い声で秘書へ伝えると、自らも立ち上がり扉へと向かう。

 扉が開き、客人たちが現れるとにっこりと微笑みながら片手で奥へと誘った。

「ようこそおいでくださいました。さぁ、どうぞこちらへ」


 墨田区と江東区はいずれも荒川を挟んで江戸川区と隣接しており、古くから関係が深い。

 一ヶ月ほど前、二人が中央区を訪れたときとは異なり、ソファへ腰を落ち着けると友好的な雰囲気の中で話が始まった。


「どうもご無沙汰しております。相変わらず、お元気そうで」

 口火を切ったスミダに続き、コウトウも笑顔を見せる。

「エドガワさんはいつもはつらつとしていますよね。私も見習わないと」


「お二人だって活発に動いていらっしゃるじゃないですか。都政改革の話、聞いていますよ」

 膝の上で両手を組んだままエドガワ(高橋英樹)も笑顔を返す。

 嫌味のない話し方は天性のものか。


「そのことなのですが」

 この日はスミダが主体で話を進めている。

「ご承知の通り、現在の都政はシンジュクの意向を忖度そんたくするかのように進められています。

 それで住民の生活が良くなるならまだしも、効果にも偏りがあり、山の手地区を優遇した施策が多いと言わざるを得ません」


 熱く語っていくスミダに対し、真剣なまなざしで耳を傾け、時折大きくうなずくエドガワ。

 思いの丈を受け止めると、あの力強い声で語りかけた。


「お二人の行動は素晴らしい。現状を変えようという熱意がある。

 ぜひ最後まで頑張って頂きたいですね。

 私も応援させてもらいます」


「では、江戸川区としてもデモに参加して頂けるのですね!」

 コウトウが満面の笑みを浮かべた。



「いえ、それは出来ません」



 予想もしなかった返答に二人は呆然とした表情を浮かべた。

 すぐに気を取り直し、あらためて訊ねる。

「賛同して頂けるなら、ぜひ参加を」

「そうです。あなたに加わって頂ければどんなに心強いか」


「申し訳ありません。出来ないのです」


「なにかシンジュクから話が来ているのですか?」


「いえ。そういうことではありません」

 穏やかな表情からは、嘘をついているようには感じない。

 いったん二人の顔から視線を外し、しばし何かを考えている様子を見せた。


「わざわざここまで足を運んでくださったお二人に、理由も言わずに断るのでは人の道に反しますね」


 再び視線を戻すと、さらに身を乗り出して語り始めた。 


「まだプレス発表もしていないので、内密に願います」




「葛西臨海公園にディズピーーランドぉ!?」

「あのディズピーーランド、ですか?」


「はい。ランド、シーに続く第三のディズピーネイチャーを作ります」

 呆気にとられる二人へ、さらに話を続ける。



 葛西臨海公園の人気施設だった観覧車は老朽化し、二年前から稼働を止めていた。取り壊して新たな施設を作るにも費用が掛かる。

 そもそも都立公園として管理されてきたのに、十五年前に区へ移管され、エドガワとしては厄介な荷物を押し付けられたと感じていた。


 そこへディズピー側から非公式な打診があった。

 区から公園の敷地を借りる形で、第三のテーマパークを作りたい、と。

 先方からすれば、千葉にあるのに「ディズピーーリゾート」と揶揄されるのがコンプレックスになっていたらしい。

 葛西臨海公園とは、間を流れる旧江戸川の河口を挟んでわずか五百メートルほどしか離れていない。

 ここに第三のテーマパークを作ることで、真のトーキョーディズピーーリゾートたる地位を得ることが出来ると考えた。

 区側にとっても、財政負担がなく、人を呼べる目玉が出来るのは願ってもないチャンスだ。

 こうしてウィン―ウィンの関係で、極秘にプロジェクトが進んでいたのである。


「一体感を出すために、マークトウェイン号を一時間に一往復、運行させる予定です」


「エリア間の移動も可能にするということですか!」

「いやぁ、そんな話があったとは」

 予想もしなかった参加拒否の理由が、これまた予想もしなかった計画であることに、コウトウは後の言葉が続かない。


「しかし、そんなことが可能なんですか? 都県を跨いでの開発なんて」

 何とか引き込もうと、スミダは諦めずに食らいつく。


「ええ」

 気負う様子もなく、エドガワが応じた。

 彼の言葉には裏付けされた自信を感じる。

「特区制度を活用します。この通常国会で観光特区が通り次第、八月には申請手続きを行わなければなりません」


 その言葉が何を意味するのか、行政の長である二人には痛いほど分かる。

 区を挙げてのプロジェクト成功に向けて一丸となるべきときに、デモへの参加を区長自らが推進することなどできるはずがない。


「そこをなんとか、少しでも」

「もうやめよう」

 粘るスミダをコウトウが諫めた。

「あんたも大将なら、エドガワさんの気持ちも分かるだろうが」

 そう言われては返す言葉もない。

 スミダも大人しく引き下がった。


「分かりました。プロジェクトの成功、お祈りしています」

「ありがとうございます。私も、みなさんの思いが届くことを願っています」

 三人は固く手を握り合った。




 【ナレーション】

   八月のデモ実施に向けて両陣営が準備と対策を進める中、セタガヤが投げ

  かけた波紋が徐々に広がっていく。

   そんな中、あの男がブンキョウと接触を図る。

   次回、「第十話:山の手 五月十三日 ―動揺―」お楽しみに!

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東京の一番あつい日【休筆中】 流々(るる) @ballgag

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