第八話:山の手 四月十日 ―出城―
◆主な登場人物
コウトウ ……役所広司 シンジュク……片岡愛之助
スミダ ……武田鉄矢 ブンキョウ……八嶋智人
チュウオウ……中井貴一 ネリマ ……柄本明
タイトウ ……三遊亭小遊三 セタガヤ ……古田新太
倉田道子 ……吉田羊
ナレーション……田口トモロヲ
【ナレーション】
江東区だけではなく、墨田区、中央区そして台東区においても、都庁へのデモ実施が各区長から発表された。
ワイドショーでも連日にわたって取り上げられ、地方自治として行き過ぎだ、いやこれこそ民意だ、強制的に参加させるのは可哀想、同情するなら金をくれ、などの意見が飛び交っている。
この動きに賛同する区が他にも現れるのか、そして誰もが敵対勢力として見ているシンジュクの動向が注目されている。
* * * * * *
例年になく暖かい日が続き、桜は既に緑の葉が目立ち始めている。
この日は閉庁を待たずに、新宿区役所の区長室で二人が顔を突き合わせていた。
ブンキョウから渡された書類に目を通しながら思わず唸る。
「なるほどぉ。これは本気でぶつかーってくる気ですね」
「向こうはデモへの参加者について一般募集も行うらしいです。
『民意で都政を改革しよう!』をキャッチフレーズにして、区のホームページで
「また例の彼女ですか?」
「いや彼女と言うか、まぁその、お互い独身ではありますが、みっちゃんは幼馴染でして、何と言いますか」
「それで、お願いした件はどうなーっていますか?」
何も聞いちゃいないかのように、書類をテーブルへ置きながらシンジュクが訊ねた。
妄想から現実に引き戻されたブンキョウは背筋を伸ばして報告する。
「はい。シナガワ、シブヤの両名からは参加の返事を頂いています。
トシマさんも間違いないでしょう。
メグロさん、オオタさんへも要請済です」
満足そうに何度もうなずくシンジュク。
手にした企画書には『都民の快適暮らしイベント』と記されている。
「しかし、こちらも人数を集めて都庁前広場でイベントを行うとなると、より注目を集めてしまうのでは」
「そこが狙いなーのです。
都政への改革を掲ーげる横で、現状の良い面を広く伝える。
相殺効果で向こうのアーピール度も薄れるでしょう」
「何かトラブルが起きなければいいのですが」
「ほっほっ。それもよし、ですよ」
「は?」
「何か不測の事態が起きれば、マースコミもそちらに目が行くでしょう。
都政の改革なんて誰も気にしなーくなります」
「なるほど。おっしゃる通りでございますね、はい」
巷では二世議員の甘ちゃんと評価されているシンジュクだが、見かけよりもずっと狡猾なことを彼は知っている。
だからこそ、ここまで後ろをついて来たのだ。
「ところで、京王プラザホテル跡地の買収がほぼお決まりになったとか。
随分とお急ぎになったんですね」
「まさにあの場所が重要なのです。都庁の目の前ですから」
「確かに立地はそうですが、公約とされている区庁舎移転となると数年、いや十年はかかるプロジェクトでは」
「あの場所へ我々の出城を作るのです」
「出城、ですか?」
唐突な言葉に、ブンキョウはついて行けない。
しかし、正面に座る男の顔をみたとき、いつものように安心を覚えた。
それが勝算のある目だということを彼は知っている。
「そう。名目は仮
しかしてその実態は我が陣営の前線基地なのです。
イベントとの連携も取れるし、いざというときの増員をスタンバイさせておくことも可能です」
「なんだか真田丸みたいですね。ワクワクしちゃいます」
「我々は負けたりしませんよ」
上目づかいでニヤリと笑う。
「おっしゃる通りでございます」
ソファに座ったまま深々と頭を下げた。
話も一段落し、シンジュクはコーヒーを口にしながら背もたれに体を預ける。
「区長会の次期議長もネリマさんで根回しも済みましたから」
「そう言えば、ちょっと気になる話を耳にしました」
ブンキョウが腰を浮かし気味に身を乗り出した。
「セタガヤさんの件なのですが」
自分で言いだしておきながら、言葉が止まる。
「なーんですか」
「どうやら、次の都知事選に打って出るらしいです」
「なーんですって!」
【ナレーション】
突然の予想もしていなかった情報に驚愕するシンジュク。
一方、川の手連合も勢力を広げようとするが……。
次回、「第九話:川の手 四月二十四日 ―誤算―」お楽しみに!
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