第3話 川沿いの少年

 川沿いの道に、“それ”は横たわっていました。

 人のかたちをした、二十センチほどの黒髪の少年が。


「……えて、はあっ?」


 いきなりの出来事に、少女も驚愕の声を漏らしました。

 黒髪の少年が着ている服は、汚れていて、ぼろぼろで、いたるところから彼の皮膚から染み出る赤い液体が見えます。

 少女はしばらくフリーズしてから、逡巡しているのか、自分の鼻を見つめているような顔になりました。


 ──これ、見て見ぬふりとかしたらダメなカンジなの?

 その考えがふと頭をよぎり、少女「いや、私は普通に助ける人だから!」とすぐに自分に言い聞かせました。


「助け……るわよ。もちろん」


 少女はへっぴり腰で、少年に近づきます。

 生きてるわよね……?と半分お願いの気持ちを抱きながら。

 つん、と人差し指が触れました。その指はすぐに引っ込まれましたが、少年は微動だにしません。まさか死んでいたり……、と少女の頭に嫌な予感がよぎります。


「ね、ねぇ?」


 試しに、と少年の近くに口をもっていき、声をかけました。果たして倒れている少年は動きませんでした。

 嗚呼、と少女は心の中で、大きく空を仰ぎ見ます。


 少女のリベンジ、もう一度右手を少年に近づけます。さあ今度は──

 もふ、と少年の右手をつかみました。その手を、意味もなく持ち上げます。当然、少年の手首から先は、だらんと垂れ下がったままです。


「……えっと、どうしようか」


 ここではじめて、少女は焦りを感じました。正直、お店でヤバそうな人が高価なものを万引きしているのを見つけてしまった、というときの心境です。


 することがなく、少女の右手は優しく少年の右手を元の位置に戻すことになりました。改めて見ると、とっても不格好です。手足はばらばらの方向に曲がり、さらさらに見える髪も乱れています。


「これは……精霊なの?」


 今頃になってですが、少女の純粋なクエスチョンです。

 見た目──二十センチほどの人のかたち──は、明らかに精霊です。それは、いっさいの教養がない少女にもわかりました。けれど問題は──


「精霊がこんな姿って、ありえるかしら」


 そう、今の少年の姿です。汚れてぼろぼろの服を着ている精霊なんて、聞いたこともありません。そもそも精霊は、そんな“普通”の生き物ではないのです。


 少女は自分で推理をしてはみたのですが、結論なんてちょこっとたりとも出てこなかので、とりあえずは保留、ということにしました。

 少女は決意すると、華奢そうな少年の身体に両手をもっていきました。


 少女の両手は優しく少年を包むと、ゆっくりと少女の胸の高さまで上げます。少女はそんな姿の少年の体重が予想よりもはるかに軽いことにさらに不安を煽られながら、少年に顔を近づけます。


「ううん、少し臭い」


 それはどうも汗臭いとかいうジャンルの匂いではなく、どこか酸っぱい感じが混ざった、生臭さです。我慢はできますが、とりあえず臭うのです。


「では、頑張らないと、ですね」


 少女はそう言うと、もと来た道をさかのぼりはじめました。

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亜精霊の仕事 芹意堂 糸由 @taroshin

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