第20話

「美和?聞いてる?」


 翔の声にハッとする。私たちは駅前のカフェに来ていた。


「ごめん。ぼーっとしてた。なんだっけ?」


 慌てて翔の顔を見る。


「明日のあさひの運動会の話だろ?」


「そうそう!翔が朝場所取りに行くから、私がお弁当を作って後から行くって話しでしょ?」


「聞いてたならいいんだけど…。美和、麻友ちゃんの結婚式の日に何かあったのか?あの日以来、ぼーっとしてておかしいぞ?」


 翔が心配そうに私を見つめる。


「え?そうかな?何もないけど…。仕事が立て込んでるから疲れてるのかな。」


 慌ててごまかす。


「そんなに疲れてるなら、明日の運動会来れなくても大丈夫だぞ?」


 慎太郎は私の額に手を当てる。熱でも出たのかと心配しているらしい。


「大丈夫。大丈夫。熱ないから。それに、ずっと前からあさひ君と約束してるんだから、絶対運動会は行かないとね。ちゃんと一緒に踊るお遊戯も練習したんだから。まかせて。」


 私は元気よくガッツポーズをした。

 本当は、あの日以来、力なく笑う大君の顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。あの表情を思い出すたびに大君のことを考えずにはいられなかった。


「ならいいんだけど、じゃあ、俺、あさひの保育園の迎えに行くから。また明日な。」


 翔は足早に店を出て行った。


「ただいまー。」


「おかえり。」


 家に帰ると、仕事休みの櫂がソファでくつろいでいた。


「弁当箱が置いてあるけど、明日なんかあるの?」


 櫂がキッチンのカウンターに並ぶお弁当箱をながめる。


「明日、あさひ君の運動会なんだ。お弁当持って応援に行くの。」


「そうなんだ。翔さんとうまくいってるんだな。」


 櫂が安心したように微笑む。


「ま、まぁね。明日櫂の分もお弁当作ってあげようか?」


「まじで?やったね。」


 櫂は嬉しそうに笑い、ソファに寝転んだ。


「そういえば、明日は、大の誕生日だな。あれから1年もたったんだな。」


 櫂はしみじみと言った。


「そうね。あれから私たち、だいぶ変わっちゃったね。」


「そうだな。明日は大は寂しく1人で誕生日過ごすんだろうな…。俺たちで誕生日パーティーでもしてやろうかな。」


 櫂が腕を組み考え込む。


「え?1人って?綾芽さんがいるでしょ?」


 驚いて櫂の顔を見る。


「え?結婚式で大に会った時、大から聞いてない?俺、てっきりあの時、聞いた時思ってたよ。」


 逆に櫂も驚いた顔をしていた。


「どういうこと?」


 なぜか、胸がドキドキと音を立てる。


「不正取引が明るみに出てから、綾芽さんの会社も大の会社から手を引いたんだ。だから綾芽さんとの婚約は破棄になったらしいよ。」


「え?」


 頭の中が真っ白になった。


「綾芽さんも手のひら返したように婚約破棄に賛成だったらしいぜ。あれだけ騒いどいてひどい女だよな。」


 櫂は飽きれた顔をする。


「そうなの…。大君、私には何も言ってなかったな。あっお弁当の下ごしらえしなきゃ。」


 私は動揺したこのを櫂に悟られないよう、慌ててキッチンに入り、お弁当の準備を始めた。ふと、力なく笑う大君の表情が頭に浮かんだ。


 ****


「お姉ちゃーん!来てくれたんだぁ。」


 あさひ君が満面の笑みで抱きついてきた。


「だってお遊戯一緒にやろうって約束してたもんね。」


 私はしゃがみこむとあさひ君の頭をクシャクシャと撫でた。


「美和。ありがとな。」


 翔があさひ君の隣で嬉しそうに笑った。


「あさひ、かけっこの時間だって、ここで見てるからがんばってこい。」


 翔はあさひ君の背中を押し出した。あさひ君は私たちに手を振りながら嬉しそうに走って行った。


「位置について…よーいドン!」


 掛け声と共に、あさひ君が走り出す。途中転びそうになりながらも、懸命に走っていた。

 あさひ君は1番にゴールテープを切った。


「やったー!」


 私は思わずあさひ君に手を振る。あさひ君は嬉しそうに私たちに1等の旗を振っていた。玉入れ競争や、綱引き、運動会のプログラムはどんどん進んで行く。今日は快晴で運動会日和だった。空を見上げていると、ふと、なぜか弱弱しく笑う大君の表情を思い出していた。今日は大君は何しているんだろうか。1人で寂しい思いをしてないだろうか…。


「美和?行かないのか?お遊戯の時間だよ。」


 翔の声にハッと我にかえる。私は慌てて、あさひ君の元へ走って行った。あさひ君は嬉しそうに私の手を握ると、元気いっぱいに、踊り始めた。翔の方を見ると、ビデオを片手に笑顔で手を振っていた。お遊戯を終えると私は翔の元に戻ってきた。


「美和ありがとな。あさひすごく嬉しそうだったよ。」


「ううん。私も楽しかったよ。ちゃんと約束果たせてよかった。」


 安堵で胸を撫で下ろす。


「パパー!お姉ちゃん!」


 あさひ君が満面の笑みで走ってきた。


「あさひ!今日はよく頑張ったな。よし!家に帰って風呂に入ろう。泥んこになっちゃったな。」


 翔はあさひ君の膝についた泥を払い落としてやる。


「帰ろうか。」


 翔が振り返ると、私に微笑んだ。なぜかその表情は少し寂しそうだった。


「あさひ君大きくなったね。徒競走今年は1等だったね。」


 私たちは帰り道、運動会のことを振り返りながら歩いていた。


「あぁ。大きくなったな。知らないうちに、あさひはたくましくなったよ。」


 翔は背中で眠るあさひ君を背負い直しながら言った。あさひ君はよほど疲れたのか翔の背中で気持ちよさそうに眠っていた。


「この1年間、美和がそばにいてくれたから、俺もあさひも楽しかったよ。ありがとな。もう俺たち大丈夫だからさ。」


「翔?急に何言ってるの?私これからも一緒に…。」


「美和。あさひのためなら大丈夫だから。」


 翔が私の言葉を遮る。


「え?」


「あさひのためなら大丈夫って言ったんだよ。ゆっくりだけど、あいつなりに成長してたくましくなってる。今日だって1等とれたしな。俺たちは大丈夫だから。」


「翔?何言ってるの?」


 私は思わず立ち止まる。


「麻友ちゃんの結婚式の日、テレビ見たんだ。記者会見で話題になってた人って、花火の時に美和と一緒にいた人だろ?」


「?!」


「美和、気づいてないかもしれないけど、あの記者会見の日以来、心ここにあらずって感じだったよ。あいつのことが頭から離れないんだろ?あさひのためだって自分に言い聞かせてるだけなんじゃないか?」


 翔が寂しそうに私を見つめた。


「私…。」


 翔の言う通りだった。結婚式で大君と再会して以来、大君のことが頭から離れなかった。気がつくと大君のことばかり考えていた。でも、あさひ君が寂しがる姿を見たくなくて、大君のことを考えないようにしようと自分に言い聞かせていた。


「翔。ごめなさい。私、本当に翔とあさひ君といて幸せだったの。なのに、今は大君のことが心配で心配でたまらないの。自分勝手なこと言ってるのは分かってるけど、私大君のところに行かないと。」


「やっぱりそうだったか。好きな人のことって嫌でも分かっちゃうんだよな…。参ったな…。」


 翔は困ったように笑った。


「美和。今までありがとな。今度こそ幸せになってくれ。じゃあな。」


 翔はそう言うと、あさひ君を背負ったまま歩いて行ってしまった。


「翔、あさひ君。ごめんね。ありがとう。」


 2人の背中を見て呟いた。私はきた道を引き返し、駅の方へ走り出した。走りながら、

 大君に電話をかける。呼び出し音が鳴り響くが大君が電話に出ることはなく、切れてしまった。再度、電話をかけ直す。

 恋愛シュミレーションゲームのデーターが消えてしまった時、またやり直せばいいと思った。でも、現実は終わってしまったら、2度と同じ事を繰り返すことはできない。失ってしまったら2度と手に入らないことのが多いかもしれない。だから、まだ間に合うのなら、大君のことを失いたくないと思った。いつもゲームに頼って大事な選択をしてきた。でも、1度大君を失ってから、そんなことをしていた自分が愚かだったと悟った。今度は自分で選択した答えで、大君に気持ちを伝えたい。


「もしもし。」


 大君が電話に出た。


「大君?今どこにいる?私、伝えたいことが。」


「家にいるよ。どうしたの?」


「今からそっちに行くから最寄りの駅教えてくれる?」


 大君に駅を教えてもらうと、私は慌てて電車に乗り込んだ。電車の中では、早く進んで欲しくて、ゆっくり走る普通電車はもどかしくてしょうがなかった。駅に着くと、大君の車が停まっているのが見えた。急いで車に駆け寄ると、大君が車から降りて来た。


「美和さん?」


 大君は驚いた顔をしていた。


「大君。私、私…。」


 想いを伝える前に涙が溢れ出す。


「私、大君のことが好きなの。大君のことを隣で支えたいの。私じゃだめかな?」


 大君が私に駆け寄り、私を強く抱きしめた。大君の爽やかな香水の香りが私を包み込んだ。懐かしい香りを胸いっぱいに吸い込む。


「大君の匂いがする…。」


 私は大君の胸に顔を埋める。


「美和さん。こんな俺でもいいの?」


 大君は不安そうな声で言った。


「うん。大君ならどんな大君でも。」


 大君の背中に回した手に力を入れて抱きしめる。


「俺、また一から会社をやり直さないといけないから、借金まみれになるよ?」


「うん。大丈夫。私も一緒にがんばるから。」


 大君は私を優しく引き離すと、私の顔を覗き込む。私達はしばらく見つめ合った。


「美和。大好きだよ。出会った時からずっとその想いは変わらないよ。」


 涙が頬を伝う。


「私も大好き。」


 大君は優しく頬に伝う涙を手で拭うと、そっと顔を近づけ、優しくキスをした。大君はくしゃくしゃと嬉しそうに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リアル恋愛シュミレーションゲーム @michaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ