第19話

 あっという間に1年が経ち、いよいよ明日はは麻友の結婚式だった。


「ただいまー。」


 櫂が仕事を終えて帰って来た。


「おかえり。今日も遅かったね。夕ご飯温めようか?」


「うん。お願い。」


 櫂は社会人になってあと1ヶ月で半年になろうとしていた。金髪だった髪を黒に染めるのかと思いきや、堅苦しい社風ではないらしく、変わらず金髪のまま過ごしている。朝早くから、夜遅くまで仕事漬けの毎日だが、充実しているようだった。


「櫂?会社で何かあったの?」


 いつもより疲れた顔をしている櫂の顔を覗き込む。


「大から電話があって、明日の結婚式に来れなくなったんだ。」


「え?どうして急に?」


 驚く私の前に、櫂は週刊誌をドサっと放り投げた。


「大の会社が週刊誌にスクープされたんだ。そのことで、明日、緊急記者会見をすることになったらしい。」


 櫂がため息をついてソファにもたれた。私は急いで週刊誌を手に取り、ページをめくった。"KO建築会社倒産の危機"というタイトルが目に飛び込んでくる。


「何これ…。内部告発?不正発覚?」


 動揺して内容が頭に入ってこない。


「電話では詳しく聞けなかったけど、内部告発があって、不正取引が明るみに出たらしいんだ。それが引き金になって、次々と他企業から契約破棄されているらしい。それで倒産の危機みたいだよ。しかも内部告発したのが大本人らしいんだ…。」


「え?大君が?そんな…。」


 大君はお父さんを尊敬していると言っていた。それに会社の力にもなりたいって言っていた。それなのに、一体何があったんだろうか。


「本当の記事かどうかもまだ分からないし、とにかく明日の記者会見しだいだな。」


 櫂は心配そうに記事を読み直す。


「そうね…。」


 私たちにはどうすることもできず、次の日を迎えた。


 ****


「美和さん。しばらく見ないうちに髪伸びたね。全然、連絡くれないからさー。」


 慎太郎君は髪を巻きながら、鏡越しに私を見て微笑む。私は一足先に慎太郎君の美容院へヘアセットに来ていた。


「ごめんごめん。慎太郎君忙しいかなと思って。今じゃカリスマ美容師で雑誌に引っ張りだこじゃん。」


 鏡越しにチラリと見ると慎太郎君が嬉しそうに笑った。


「いやいや。それほどでも。でも雑誌見てくれてるんだ。嬉しいな。」


 慎太郎君は髪を巻き終わると、サイドの髪を編み込みし始めた。


「雑誌見てるよ。慎太郎君がんばってるね

 。」


「いやいや、みんなほどじゃないよ…。」


 慎太郎君は少し暗い表情をする。慎太郎君も大君のことを心配しているようだった。


「大君…。大丈夫かな?」


 慎太郎君がふと手を止める。


「櫂から聞いてたんだね…。俺にも大から連絡あってさ。詳しくは聞けなかったけど、週刊誌買って読んで驚いたよ。」


「私も驚いた…。」


「今日の記者会見終わったら連絡するって言ってたから、とにかく大からの連絡を待つしかないか…。今日は茂達を笑顔で祝福しなきゃだな。」


 慎太郎君は鏡越しに私に微笑む。


「そうね。」


 大君のことは気になるが、今日は麻友と茂君の大切な日だ。


「よし。セットできたよ。どうかな?」


 慎太郎君が鏡を使って、後ろを確認させてくれる。サイドが編み込みになっているハーフアップのスタイルにセットされていた。


「うん。大丈夫ありがとう。」


 櫂が美容院へ到着すると、私たちは慎太郎君が運転する車で式場へ向かった。式場に着くと、ゲストルームには既にたくさんの人が集まっていた。


「美和ー!」


 会社の同期達が集まってくる。みんな部署が違い、会うのは久しぶりだった。みんなでウェルカムボードの前に集まって写真を撮る。慎太郎君や櫂も大学の友達らしき人達と楽しそうに話をしていた。そうしているうちに挙式の時間となり、私たちは教会へと移動した。しばらく待つと、タキシードの姿の茂君が、可愛らしいリングガールと共に教会へ入場してきた。茂君が壇上前に立ち麻友を待つ。パイプオルガンが鳴り響き、教会の扉が開かれる。ウェディングドレスに身を包んだ麻友が、お父さんの腕に引かれ、バージンロードを歩き始めた。あまりの綺麗さに感嘆の声が周りから漏れる。ベール越しに見る麻友はとても幸せそうに微笑み、そんな麻友を見ていると、自然と涙が溢れた。挙式は滞りなく進み、会場は披露宴へと移った。

 披露宴では、慎太郎君の乾杯の挨拶から始まった。お決まりのケーキバイトでは、茂君が口いっぱいにウェディングケーキを麻友に食べさせてもらい、幸せいっぱいだった。大君が本当は歌うはずだった余興は、代わりに慎太郎君が歌った。ラップではなく、バラードを歌いこなし、余興をしっとりと盛り上げていた。慎太郎君の隣では櫂がギターを弾いていた。


「へー。慎太郎君ラップ以外も上手いのね。」


 歌い終わって戻ってきた慎太郎君に言った。


「そう?大ほどじゃないけどね。」


 慎太郎君が嬉しそうに笑う。


「俺たちレコードデビューの話もあったんだぜ。」


 横から櫂が少し自慢気に言った。


「え?そうなの?すごいじゃない!」


「でも、俺らみんな他にやりたい仕事があったら断ったんだけどね。」


 慎太郎君が肩をすくめる。


「俺らだけじゃどうにもならないけど、もし大が乗り気だったら、デビューもみんな考えたかもな。」


 櫂が慎太郎君に言った。


「そうだな…。まぁ今となっちゃ終わった話しだけどな。」


「ふーん。なんか勿体ない話ね。」


 2人の話を聞いていると、部屋の照明が暗くなった。お色直しを終えた麻友たちが部屋に入ってきた。キャンドルサービスをしにテーブルを一つ一つ周る。一緒に選んだ紫色のカクテルドレスを身につけた麻友は本当にプリンセスのようで綺麗だった。気の知れた仲間たちに祝福され、麻友も茂君もとても幸せそうだった。


「あー。綺麗だった。あっという間に終わっちゃったね。」


 私たちは披露宴を終え、式場の外のベンチに座り、結婚式の余韻に浸っていた。


「美和は綺麗!綺麗!そればっかなんだからなぁ。慎太郎?」


 櫂は私の口ぶりを真似して慎太郎君を笑わせる。


「だって、本当に綺麗だったんだから。」


 櫂に真似をされ口を尖らせる。


「あはは。さすが弟!そっくりだよ。」


 慎太郎君がお腹を抱えて笑う。


「もぉ。2人とも最低!ちょっとトイレ行ってくるから。」


 私はニヤニヤしている2人を置いてトイレに向かった。トイレを済まして外に戻ってくると、座っていたベンチに2人の姿はなかった。


「もぉ。どこに行っちゃったのよ。」


 慌てて、式場の敷地内を探し回る。


「あれ?こんなところまで来ちゃった…。」


 2人を探し回っているうちに、教会の近くまで歩いてきてしまった。


「さすがにこんなとこにいないよね?」


 教会の扉を開け、中をそっと覗く。教会の中には、見覚えのある背中の男性が立っていた。私はハッと息をのむ。


「大君?」


 恐る恐る名前を呼ぶと、男性はゆっくりと振り返った。


「美和さん?」


 大君は驚いた顔をしていた。しばらく私たちは見つめ合い立ち止まっていた。一瞬時間が止まってしまったかのようだった。


「どうしてここに?記者会見があるんじゃ?」


 驚いて声がうまく出なかった。


「もう終わったんだ…。」


 大君は疲れた顔をしていた。


「大丈夫?じゃないよね…。」


「色々あったんだ…。」


 大君は力なく笑い、椅子に腰掛ける。


「大君…。」


 私も大君の隣に腰掛けた。


「俺は何やってるんだろうな…。好きな人を失うまでして、会社に残ったのに、結局、内部告発して会社を危機に陥れて…。」


 大君は額に手を当て下を向く。こんな弱弱しい大君を見たのは初めてだった。


「お父様のこと尊敬していたからこそでしょ?」


「美和さん…。」


「お父様の会社の力になりたいって言ってたじゃない。このままじゃいけないと思って内部告発したんでしょ?」


 大君の目から涙が溢れ出す。私は思わず大君を抱きしめた。


「分かってくれる人がいるんだな…。」


 大君はそう言うと、私の胸の中で肩を震わせた。しばらくそうしていると、大君はハッとし、私から離れた。


「ごめん。俺何やってるんだか…。美和さんごめんね。ありがとう。」


「ううん。大丈夫だから。」


 大君は私が手に持っていたブーケに目をやる。


「あぁ。これ?麻友に帰り際に貰ったの。私も次に結婚できるようにって。」


 大君の視線に気がつき、ブーケを見せる。


「そっか…。この前、この教会の前を通った時、美和さん見かけたよ。花火の時のあさひ君だっけ?あの子とそのお父さんと一緒にいたね。」


 大君はその時のことを思い出すように遠い目をした。


「え?私、全然気がつかなかった。」


 大君に見られていたんだ…。胸がズキンと鳴った。


「美和さんとても幸せそうだった。美和さんならきっと綺麗な花嫁さんになれるよ。」


 大君は優しく微笑むと立ち上がり、スタスタと足早に歩いて教会を出て行ってしまった。


「だ、大君!櫂と慎太郎君が外にいるけど話さなくていいの?」


 慌てて大君を呼び止める。大君は立ち止まった。


「さっき話したから大丈夫だよ。茂と麻友さんのとこに行ってくるよ。」


 大君は振り返らずに手だけ上げると、建物の中に入って行った。私は茫然と立ち尽くしていた。


「おーい!美和!こんなとこにいたのかよ。」


「美和さん。探したよ〜。」


 櫂と慎太郎が駆け寄ってくる。


「なんだよその顔。さっきのことまだ怒ってるのか?」


 櫂が私の顔を覗き込む。


「今、大君に会ったの…。」


 私は消えそうな声で呟いた。


「え?」


 2人はハッとして顔を見合わせる。


「俺たちも美和がトイレ行ってる時に会ったんだ。記者会見は終わって、内容はほぼ記事通りって大が言ってたよ。」


 櫂が残念そうに言った。


「うん…。そうみたいね。」


「大は?」


 慎太郎君がキョロキョロと辺りを見渡す。


「茂君と麻友のとこ行くって。」


「そっか…。じゃあ、俺たちも帰るか。美和大丈夫か?」


 2人は心配そうにこちらを見る。


「大丈夫。大丈夫。ちょっと驚いただけ。帰ろう。」


 2人を心配させないようわざと元気な声を出し、歩き始めた。


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