第18話

「お姉ちゃん退院おめでとー。」


 翔のマンションの扉を開けると、翔とあさひ君がクラッカーを突然私に向かって鳴らした。驚いている私に、あさひ君が手作りのメダルを首にかけてくれた。


「び、びっくりしたー。2人ともありがとう。」


「今日は急に呼び出してごめんな。あさひがサプライズで退院のお祝いしたいって言うからさ。って言っても退院してから1ヶ月以上も経っちゃったけどな…。」


 翔は私の服に付いたクラッカーの破片を取りながら言った。


「ううん。すごく嬉しい。メダル作ってくれなんだね。」


「うん!」


 あさひ君が得意げに笑う。手作りのメダルを手に取り眺める。あさひ君の気持ちが伝わってきて心が温かくなった。


「さぁ食べようか。今日は、出前の寿司取ったんだ。」


「はーい!」


 あさひ君が嬉しそうに椅子に座る。


「美味しそう。頂きます。」


 久しぶりのお寿司はとても美味しかった。あさひ君も美味しそうにパクパク食べていた。


「この前ね。運動会があったんだ。パパがビデオ撮ってくれたんだよ。見る?」


 あさひ君が満面の笑みで言った。


「うん。じゃあ、ご飯食べながら、見せてもらおうかな。」


「悪いな美和。」


 翔はそう言うと、テレビにビデオカメラを繋いだ。テレビにあさひ君が走っている様子が映る。一生懸命に走っている姿は可愛くて微笑ましかった。


「僕、3等だったんだよ!」


 あさひ君が自分が走る姿を指差す。


「そっかぁ。すごいね。頑張ったね。」


 あさひ君の頭を撫でる。


「あっ。これは?」


 あさひ君が翔とダンスをしていた。翔が何回も転びそうになってて思わず笑ってしまう。


「パパ、ダンス下手なんだよ。」


 あさひ君は頬を膨らませる。


「ウフフ。本当ね。」


「これは本当はママとやるダンスなんだ。僕はパパとだったけど…。来年はお姉ちゃんが一緒に踊ってくれる?」


「え、えっと…。」


 返答に困り、思わず翔を見る。


「それはどうなぁ〜?来年のお楽しみだ!ほらほら寿司を食べなさい。ビデオはまた後でな。」


 翔が慌ててフォローする。あさひ君は何事も無かったように美味しそうにお寿司を食べる。


「美和。あさひが変なこと言ってごめんな。子供って急に大人がドキッとするようなこと平気で言うよな。」


 翔がお昼寝をしているあさひ君を見て苦笑いする。


「大丈夫。ちょっとびっくりしたけどね。私、食器洗っちゃうね。」


 テーブルの上の皿をまとめ、キッチンへ運ぶ。


「美和の退院祝いだから俺やるよ。」


 翔が慌てて立ち上がる。


「いいよ。最近仕事忙しかったんでしょ?ちゃっちゃっとやっちゃうから。」


 あさひ君を起こさないように静かに洗い始める。翔が空いたグラスを持ってキッチンに入ってきた。翔はグラスを背中越しに流し台へ置くと、突然私を抱きしめた。


「翔?」


 驚いて食器を洗う手を止める。


「またこうして、美和と過ごすことができて本当によかったよ。」


 翔は私の背中に頭をうずめる。


「美和が倒れた時、死んでしまうんじゃないかって思ったんだ。」


「翔…。」


 私を抱きしめる腕が少し震えていた。


「もう2度大切な人を失いたくないんだ。俺がそばにいて、美和を守るから、これからもこうやって3人で過ごしていかないか?」


「翔…。」


 抱きしめられたまま振り返ると、翔の顔がすぐ近くにあった。久しぶりに覗き込んだ翔の瞳から目がそらせなかった。私たちはそのままキスをした。


「ん…翔…。」


 久しぶりにする翔とのキスは懐かしく、付き合っていた時の感覚を瞬時に思い出した。


「美和。」


 私たちは唇を離すとしばらく見つめあった。


「私。翔とあさひ君が熱を出した日、すごく辛いことがあったの。」


「うん。」


 翔は静かに頷く。


「でもね。2人の看病してたら、心が温かくなるっていうか、すごく救われたの。あの時、2人に会わなかったら、私どうなっていたか…。」


「美和。」


 翔は優しく私を抱きしめる、


「今日もね、3人でいるとすごく温かい気持ちになるの。だから…。」


 不安そうにしている翔を見つめる。


「だから、私でよければ、私も翔とあさひ君のそばにいたいの。」


「美和。ありがとう。」


 翔は嬉しそうに笑うと、さらに強く抱きしめた。その時、携帯が鳴る音がした。翔から離れ、携帯を確認すると麻友からの電話だった。あさひ君を起こさないように慌ててリビングを離れる。


「もしもし?どうしたの?今日は結婚式の衣装合わせじゃなかった?」


「そうなのよ〜。どうしてもカクテルドレスの色が決まらなくて…。美和に見に来てもらえたらと思ってさー。」


「えぇ?茂君はどうしたのよ。」


「茂は急に就職先に呼ばれて行っちゃった。」


「そっかぁ。今、翔といるから。あと少しで行けると思うけど…。え?わかった…。聞いてみるわ。」


 電話を切り、慌ててリビングへ戻る。あさひ君は起きて椅子に座り、お茶を飲んでいた。


「あっ。電話で起こしちゃった?ごめんね。」


 あさひ君の頭を撫でる。


「大丈夫だよ。もうそろそろ起きる時間だったから。それより電話大丈夫だった?なんか慌ててるみたいだけど?」


 翔は心配そうに私を見る。


「そうそう。麻友から電話で、麻友が今度結婚するんだけど、カクテルドレスが決まらないから見に来てほしいって言われて…。翔といるって言ったら、一緒に来てもいいから今すぐに来てほしいって。どうしよう?」


「あはは。麻友さんらしいね。いいよ。車で送って行くついでに一緒に見てみようかな。あさひ、プリンセスに会いに行くか?」


 翔があさひ君を抱き上げる。


「プリンセス?行く行く〜。」


 あさひ君も乗り気なようだった。さっそく翔の運転で、麻友が衣装合わせをしている教会へ向かった。


「麻友〜!おまたせ!」


 衣装部屋に着くと、水色のカクテルドレスを着た麻友が立っていた。


「わぁ。プリンセスだ。かわいい〜。」


 あさひ君がキャッキャッと嬉しそうにはしゃぐ。


「美和!ありがとぉ。翔君も急にごめんね。さっそくなんだけど、このドレスどう?」


 麻友が華麗にヒラリと一回転する。


「似合ってると思うけど?翔はどう?」


「良いと思うよ?」


「そう?じゃあ2着目ね。」


 そう言って麻友はさっとカーテンの奥に引っ込んでしまった。私と翔は思わず顔を見合わせる。ものの数分でカーテンが開いた。


「次はこれ!王道だけど、赤のドレス。どう?」


 麻友が今度は付属のバッグを持ってポーズを決める。


「うーん。私はさっきの水色のが良かったかも。翔は?」


「そうだなぁ。赤も似合うけど、俺もさっきのが良かったかな。」


「わかった。じゃあ、最後のドレスね。」


 そう言うと、麻友はまたカーテンの奥に引っ込んでしまった。


「プリンセス忙しいね。」


 あさひ君が不思議そうにカーテンを見つめる。思わず私たちは笑ってしまった。すぐにカーテンが開く。


「最後はこれ。紫のドレス。」


 白地に紫色の花がプリントされ、腰に紫色のリボンがアクセントになっているドレスだった。


「いいじゃん。これがいいよ!」


「うん。いいね。すごく似合ってる。」


「プリンセス可愛いー!」


 3人でそれぞれ感想を言うと、麻友は満足そうに笑った。


「本当?私もこれ可愛いなと思ってたんだ。じゃあこれにする!みんなありがとう。」


 麻友が満面の笑みで言った。


「決まって良かった!じゃあ、私たち帰ろかな。」


 衣装部屋から出ようとすると麻友に引き止められた。


「ちょっと美和。翔君とどうなってるの?なんか雰囲気的に付き合ってるように見えるんだけど…。」


 麻友があさひ君に聞こえないように、耳元でコソコソと話す。


「ま、まぁね。私たちまた一緒いることにしたの。」


 感の鋭い麻友には敵わなかった。私もあさひ

 君に聞こえないように、コソッと言った。


「そうなの!良かったじゃん。収まるべきところに収まったって感じね。翔君なら私も安心だわ。」


 麻友は嬉しそうに笑った。麻友と衣装部屋で別れると私たちは3人で手を繋いで車が停めてある駐車場へ歩き出した。


「立派な式場だなぁ。」


 翔は歩きながら式場を眺める。


「素敵なところね。でも、付き合わせちゃってごめんね。」


「あさひも楽しんでたし、全然大丈夫だよ。家まで送るよ。」


「うん。楽しかったよー!」


 翔はあさひ君を抱き上げ、車に乗せる。帰りの車の中では、あさひ君の好きな歌を3人で歌いながら帰った。


「今日はありがとう。気をつけて帰ってね。あさひ君バイバイ。」


「お姉ちゃんバイバイ〜。」


 あさひ君が後頭部座席の窓を開け元気いっぱいに手を振ってくれる。翔は車から降りると、あさひ君に見えないように素早くキスをした。


「じゃあな。美和。メールするよ。」


 翔は車に乗り込むと、車を発車させた。


「ただいまー。」


 家に帰ると、櫂はまだ帰っていないようだった。私は自分の部屋に戻ると、慎太郎君に電話をかけた。たしか、今日は美容院はお休みのはずだ。


「もしもーし。美和さんから電話かけてくれるなんて珍しい!」


 慎太郎君が元気よく電話に出る。


「あのね。慎太郎君に大事な話があって…。」


「…。」


 慎太郎君はしばらく黙ったままだった。


「その声のトーンからして良い話じゃなさそうだね…。」


 慎太郎君の言葉に胸がズキンと鳴った。


「あのね、慎太郎君。私…。」


「待って美和さん。今近くにいるから迎えに行くよ。ご飯食べながら話そう。」


「え?で、でも…。」


 話終わる前に電話は切れてしまった。しばらくするとまた電話が鳴った。


「慎太郎君。あのね…。」


「いいから。いいから。外にいるから出てきてよ。」


「わかった。」


 家の外に出ると、慎太郎君の車が停まっていた。助手席の窓が開き、慎太郎君が顔を覗かせる。


「美和さん乗って。」


 しぶしぶ車に乗る。ドアを閉めると、慎太郎君は車を発車させた。


「慎太郎君。あのね、私…。」


 話そうとすると慎太郎君が私の口を片手でふさぐ。


「ん…。し、慎太郎君?」


「美和さん分かってるって。」


「え?」


 驚いて慎太郎君の顔を見上げる。


「好きな人のことぐらい、声聞いたらすぐに分かるって。だからまだ言わないで。久しぶりに2人でご飯食べよう。」


 切なそうな顔で笑う慎太郎君を見ると私はこれ以上何も言えなかった。


「う、うん。分かった。」


 慎太郎君は店に着くと、駐車場に車を停めた。慎太郎君はスタッフに小声で何か話しかける。


「ここ個室があるんだ。ゆっくり食事できるよ。」


 私たちは店の奥に案内され、個室に入った。


「さてと…。じゃあ、適当に頼んでじゃんじゃん焼きますか!」


 慎太郎君が元気に言った。私たちはお肉をいくつかオーダーし、すぐに焼き始めた。


「美味しいー!お肉柔らかい!」


 慎太郎君は美味しそうにお肉をパクパク頬張る。


「美和さんも食べなよ。」


 慎太郎君は焼けたお肉を皿に乗せてくれる。


「う、うん。」


「美和さん元気ないな〜。しょうがないなぁ!」


 慎太郎君は私の口に肉を無理矢理突っ込む。


「ん…。お、美味しい!」


 あまりの美味しさに思わず笑顔になる。


「でしょ?ここ美味しんだよ。美和さん連れてきたいってずっと思ってたんだ。これで2人だけの食事は最後になっちゃうけどね…。」


 慎太郎君が少し寂しそうに笑った。


「慎太郎君…。」


 思わず慎太郎君を見つめる。


「美和さんそんな顔しないで。俺分かってるから。これからは、友達として、みんなでワイワイやろう!」


 慎太郎君はニヤリと笑った。


「ごめんね。ありがとう。」


「謝られるのは傷つくからやめて〜。俺ってこう見えてもモテるんだよ?だから心配しないで。」


 慎太郎君はモデルさながらのキメ顔をして、私を笑わせる。


「は〜。お腹一杯だよ。美味しかったね。」


 帰りの車の中で、慎太郎君は満足そうにお腹を触った。


「うん。美味しかった。」


「でしょー!今度は茂たちも呼んで行こうね!」


 慎太郎君がニコリと笑う。


「うん。慎太郎君ありがとう。」


「え?何が?」


 慎太郎君はキョトンとする。


「私が泣いてる時、いつも慎太郎君がそばにいてくれたよね。慎太郎君の明るさにいつも救われたの。」


「好きな女為なら当たり前だろ。まぁ完全に俺の片思いだったけど。さっ着いたよ。」


 慎太郎君は少し寂しそうに笑うと車を停めた。


「じゃあね。美和さん。また美容院来てね。あっ、茂の結婚式の時はうちでヘアセットやるよね?」


「うん。お願いしようかな。」


「分かった。予約入れとくよ。」


 慎太郎君は笑顔で手を振ると車を発車させて行ってしまった。きっと傷ついているはずなのに、慎太郎君は終始私に気を遣ってくれていた。心が痛んだが、曖昧にされる方が傷つくことは自分がよく分かってる。これで良かったんだと自分に言い聞かせた。

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