第17話

(あれ?私なにしてたんだっけ?)


 気がつくと、ベッドの上で携帯を握っていた。


(あぁ。そうだった。久しぶりに恋愛シュミレーションゲームをやろうと思ってたんだった。)


 さっそくアプリを起動する。


(どこまでゲーム進めてたんだっけ?)


 ゲームを開くと、あと少しでエンディングだった。ゲームの中の私はウェディングドレスを着ていた。教会の扉を開き、中へ入っていく。教会の中には、白いスーツを着た4人の新郎が立っていた。みんな背中を向けていて、顔が確認できなかった。すると、1人目が元気よく振り向いた。


 "美和さん。待ってたよ〜。"


 振り向いた男性は、慎太郎君にそっくりだった。


(あれ?こんなキャラクターだったっけ?)


 久しぶりにやるゲームのキャラクターに少し戸惑う。


 "美和さん。好きだよ〜。俺は絶対美和さんを1人で泣かせたりしないから。1ヵ月お試しでいいから、俺の奥さんになって。"


 慎太郎君そっくりな男性がニッコリと笑って手を差し出す。その手を取ろうか迷っていると、その隣の男性が振り向く。


 "美和。遅いぞ。"


 振り向いた男性は櫂にそっくりだった。


(あれ?)


 "そろそろ兄弟ごっこはやめにしないか?俺、ずっと美和が好きだったんだ。ずっと美和のそばにいたから、美和のこと全部知ってるから、泣かせたりしないよ。"


 櫂にそっくりな男性が少し照れた表情をしながら、手を差し出す。その手を取ろうとか迷っていると、その隣の男性が振り向く。


 "美和。待ってたよ。"


 振り向いた男性は翔にそっくりだった。


(翔?いったいどうなってるの?)


 "美和。俺たちやり直さないか。美和といて、また人を好きになることを思い出したんだ。今の俺たちだったら上手く行くと思うんだ。"


 翔にそっくりな男性がゆっくりと手を差し出す。その手を取ろうか迷っていると、その隣の男性が振り向く。


 "美和さん。待ってたよ。"


 振り向いた男性は大君にそっくりだった。


(もう何が何だか分からないよ。)


 "美和さん。こんなに大切に思う人は美和さんが初めてなんだ。俺を待っててくれてありがとう。"


 大君にそっくりな男性が優しく微笑んで、手を差し出す。


 "さぁ。誰を選ぶ?"


 4人の新郎が笑顔で私に手を差し出す。


(私は…。私が手を握りたいのは…。)


「美和?美和?」


 ハッとして目を開くと、翔とあさひ君が心配そうに顔を覗き込んでいた。


「お姉ちゃんが目を覚ました!」


 あさひ君が歓声を上げ、私に抱きつく。


「翔?あさひ君?」


「ちょっと待っててな。みんなと先生を呼んで来る。」


「先生?」


 翔が視界から消え、しばらくすると、慎太郎君、櫂、麻友、茂君が心配そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。


「美和さーん。死んじゃうかと思ったよー。」


 慎太郎君はなぜか涙目だった。


「縁起でもないこと言うなよ。美和分かるか?」


 櫂が私の手を握る。


「そうだよ。慎太郎君変なこと言わないで!美和。心配してたんだよ。」


 麻友も少し泣きそうな顔をしていた。


「美和さん。気がついて良かった。3日間ずっと眠っていたんだよ。」


 茂君が安堵の笑みを浮かべて言った。


「え?3日間も?私どうして?」


 慌てて起き上がろうとすると、頭がズキンと痛んだ。


「イタッ。」


 頭を抱えて倒れこむ。


「美和まだ横になってないと。」


 翔が私を優しく布団をかけ直す。


「翔?何があったの?私、あさひ君と水やりしてて…。」


 必死に途切れた記憶を思い出そうとする。


「そう。あさひと水やりしてて、後ろに転倒したんだ。ちょうど、窓の桟に後頭部を強くぶつけて、幸い傷は浅かったんだけど、ぶつけた衝撃で意識を失って、ずっと眠り続けていたんだ。ここは駅前の総合病院だよ。」


「お姉ちゃんぼくのせいでごめんなさい。」


 あさひ君が今にも泣きそうな顔をする。


「あさひ君は悪くないわ。ハチが急に来たのがいけないのよ。ハチに刺されなかった?」


 横になったまま、あさひ君の頭を撫でる。


「うん。ハチに刺されなかったよ。」


「そう。良かった。」


 先生と看護師さんが、病室に入ってきた。


「あらあら。こんなにたくさんお見舞いが。山田さん良かったわね。先生お願いします。」


 看護師さんは病室を見て少し驚いた様子だったが、先生を私の前に案内すると診察が始まった。みんなは一旦外へ出て行った。先生の質問にいくつか答えると、念のために夕方検査をし、問題無ければ退院しても良いことになった。先生が病室から出て行くと、麻友達が入れ替わりに入って来た。


「美和どうだった?」


 麻友が慌てて駆け寄って来る。


「問題なさそうだって。夕方検査して問題なければ、明日退院できるみたい。」


「良かったね。お姉ちゃん。」


 あさひ君が私に抱きつく。


「そういえば、私携帯をどこかに忘れて来ちゃって…。」


 ベッドの周りを見るがやはり私の携帯はなかった。


「そうそう。誕生日パーティーの会場にかばんごと忘れて行ったのよ。」


 美和がカバンを渡してくれる。カバンの中を見ると携帯が入っていた。


「やっぱり…。ありがとう。みんな勝手に帰っちゃってごめんね。」


「もぉ。あれから、ずっと美和のこと探してたんだから。翔君が美和の携帯を鳴らしてくれなかったら、今でも探し続けてたわよ。」


 麻友が頬を膨らませる。


「そっか…。みんなごめんね。」


 意識がはっきりしてくると、パーティーでの出来事が鮮明に思い出される。大君の顔が頭に浮かび胸がスギンとなった。


「とにかく意識が戻って良かったよ。俺たち一旦帰るよ。何か必要な物あったら言ってな。」


 翔はあさひ君を連れて病室を出て行った。


「みんな…。大君とはどうなったの?」


 顔を上げてみんなの顔を見ると、みんなは私の言葉に表情を曇らせた。


「美和。あのね…。大君は…。」


「美和さん。大はもう美和さんとこには来ないよ。」


 慎太郎君が麻友の言葉を遮り言った。


「慎太郎!他にも言い方があるだろう。」


 茂くんがめずらしく大きな声を出す。


「いや。慎太郎の言う通りだ。もうはっきり伝えた方が美和のためだよ。大は綾芽さんと婚約したんだ。俺たちが何を言ってもダメだったんだ。」


 櫂が私を真っ直ぐに見つめて言った。


「やっぱり、そうだったんだね…。」


 私はシーツをギュッと握った。


「美和…。」


 麻友が私の手を握る。麻友の暖かい温もりを感じると涙が出てしまいそうだった。


「大丈夫。大丈夫。予想通りだから、全然大丈夫。だから、みんな気にしないで。」


 無理に笑顔を作り、みんなに笑いかける。


「美和…。」


 みんなは困った様な顔をして、こちらを見ていた。


「ほらほら。私もうすぐ検査だから、みんな帰って大丈夫だよ。また検査結果でたら連絡するから。っね。」


 そう言ってみんなを病室から強引に追い出した。これ以上、みんなに腫れ物扱いされたくなかった。カバンから携帯を出して確認すると、麻友や慎太郎君、櫂からの着信がたくさん入っていた。大君からの連絡は来ていなかった。もう大君のことは忘れよう。大君の連絡先を消そうとした時、病室のドアがノックされた。


「山田さん。検査の時間です。」


 看護師さんがドアから顔を覗かせる。


「あ、はい。」


 慌てて携帯をベッドに起き、ゆっくりと起き上がった。まだ足元がフラフラしたが、検査室まで自分で歩いて行くことができた。検査を終えて病室に帰ってくると、ベッドの脇のサイドテーブルに小さな花束が置いてあった。


「あの…。これは?」


 病室まで付き添ってくれた看護師さんに尋ねる。


「先程、山田さんが検査中に来た方が置いていかれました。本当に入れ違いで、ついさっきのことなんです。」


「そうですか…。あの…どんな人でしたか?」


 胸がドキドキと音を立てる。


「すらっとした長身で、黒髪の方です…。」


 看護師さんの話を聞き終わらないうちに、私は病室を飛び出した。


「あっ。山田さん。明日退院ですけど、

 まだ激しく動かないで下さいね!」


 看護師さんが慌てて叫ぶのが聞こえた。3日もベッドで寝ていたせいか、思うように走ることが出来ず、すぐに息が上がってしまった。2回の廊下からロビーを除くと見覚えのある背中の男性が外に出て行くところだった。


「大君!」


 息が上がっていて、思ったより大きな声が出せなかった。それでも、大君は立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡した。


「大君!」


 もう一度声を振り絞って2階から叫んだ。


「美和さん。」


 大君は2階を見上げ驚いた顔をした。久しぶりに動いたせいか、めまいがし、その場に座り込んでしまった。


「美和さん!」


 大君が慌てて2階に上がって来た。階段を急いで上がって来たせいで、息を切らしていた。座り込んでいた私を抱き起こす。


「美和さん。ごめん。」


 そう言うと、大君は私を持ち上げ、病室まで運んで行った。病室へ入るとそっとベッドに下ろしてくれた。


「大丈夫?」


 大君が心配そうな顔をする。


「ごめんね。めまいがしただけ。」


 お互いしばらく黙って下を向いていた。


「美和さん。本当はもう会わないつもりだったんだ。」


 大君が悲しそうな顔をしてこちらを見る。


「私も…。でも、もうきっと会うことはないと思うから、直接話を聞けるのは今しかないと思って…。ちゃんと話してほしいの。何があったの?綾芽さんに何か言われたんでしょう?」


 大君をじっと見つめると、大君も私を見つめ返した。


「言えないよ。」


 大君は目をそらすと小さな声で言った。


「どうして?教えてよ。私にも知る権利があるでしょ?」


「そうかもしれないけど、やっぱり言えないよ。」


 大君はどうしも言おうとしなかった。


「あの時、待っててほしいって言ってくれたのは本心じゃなかったの?私、本当に待ってるつもりだった。ちゃんと話してくれないと前に進めないよ。」


「嘘なんかじゃない!本当に婚約破棄するつもりだったんだ…。」


 大君は大きなため息をつく。


「美和さんの仕事を首にするって言われたんだ。」


 大君がボソリと呟いた。


「え?そんなことで?私、首になったってまた仕事探すから大丈夫なのに。自分のことぐらい自分でどうにかできるわ。そんなことより、私のそばに…。」


「それだけじゃないんだ。」


 大君が私の話を遮る。


「え?」


「それだけじゃないんだ。櫂や茂、慎太郎の就職先にも手を回すって言われたんだ。」


「どういうこと?綾芽さんにそんなことができるの?」


「綾芽さんの父親は財力も権力もある有名な社長なんだ。裏でそんなことやるのは造作もないことさ。」


「そんな…。」


 私は言葉を失った。茂君が就職決まったら結婚すると言っていた麻友の笑顔や、美容師になりたいと言っていた慎太郎君の真剣な表情、好きなブランドのデザイナーに決まった、照れ臭そうな櫂の表情を次々と思い出していた。


「もしそうなったら、俺、自分を一生責め続けるよ。仲間の将来を奪うことなんて出来ない。それに、そうなったら、美和さんも自分のこと責めて苦しむだろ?そんな美和さんも見たくないんだ。どうやら、俺の父親も綾芽さんの父親に弱みを握られているみたいだし…。俺の力ではどうすることもできないんだ。」


 大君は力なく笑った。


「そうだったの…。私が大君だったとしても、きっと同じことをしていたわ…。」


「美和さん…。」


「私達が出逢わなければ、大君が苦しむ必要もなかったのにね。」


 大君が顔を上げ、私を見つめる。私の手を握ろうとして、すぐに手を引っ込める。その手は小刻みに震えていた。


「短い間だったけど、ありがとう。さよなら。俺は美和さんの思い出の中で生きて行くよ。」


 大君は優しく微笑むと、静かに病室を出て行った。涙が頬を伝った。外に声が漏れないように、シーツに顔を当てて泣き続けた。夢の中の結婚式で手を握りたかったのは、大君だった。もうその手を握ることはできない。そう思うと、涙が止まらなかった。

 夜になっても私は眠れなかった。携帯を手に持つと、恋愛シュミレーションゲームのアプリを開いてみる。数ヶ月ぶりだった。やはり、夢で見たゲームは現実には存在しないようだった。無我夢中で話を進め続け、気がつくと、後1話でエンディングだった。ゲームの中のキャラクターは優しく私に微笑む。そして、ラストを迎えた瞬間、携帯の画面が突然真っ暗になった。アプリが重すぎて、電源が落ちてしまったようだった。慌てて電源を入れ直し、アプリを起動する。


「え?嘘…。」


 うまくデーターが保存されず、初期の状態に戻ってしまっていた。


「また最初からか…。」


 携帯をベッドに放り投げる。気がつくと窓から朝日が差し込んでいた。


 ****


 数日後、私たちは駅前の店に集まっていた。


「美和さん!退院おめでとー!」


 慎太郎君が大きな声でグラスを高く上げる。


「慎太郎!声大でかすぎ!」


 櫂が慎太郎の口をふさぐ。


「うっ。だって、またこうやって美和さんと食事が出来て嬉しくてさ。」


 慎太郎君は目を潤ませる。


「もぉ。慎太郎君は大げさなんだから。」


 私は、カバンからハンカチを出して慎太郎君に渡す。


「それとね。もう一つおめでたいことがあります!」


 麻友が満面の笑みで左手をみんなに見せる。薬指に大きなダイヤが光っていた。


「麻友!」


 私は思わず麻友を抱きしめる。


「俺たち、来年の9月に結婚式を挙げることになったんだ。」


 茂くんが照れ臭そうに言った。


「1年後かぁ。麻友、茂君。おめでとー!」


 麻友の幸せそうな笑顔を見て私も幸せな気持ちになった。


「今日はめでたいな〜。俺たちも結婚しちゃう?」


 慎太郎君が私に抱きつこうとする。


「なわけねーだろ!」


 櫂が慎太郎君を羽交い締めにする。


 麻友と茂くんはとても幸せそうに寄り添っていた。そんな2人の姿を見て、これで良かったんだと実感した。


「麻友達幸せそうだったね。」


 帰り道、櫂と家に向かって歩きながら、月を見上げる。十五夜間近の月はほとんど丸く見えた。


「あぁ。そうだな。俺たちも式場見に行くか?」


「え?」


 驚いて櫂の顔を見上げる。


「あはは。冗談だよ。」


 櫂はニヤリと笑う。


「もぉ。すぐそうやって人をからかうんだから!」


 櫂を小突こうとすると、逆に腕を掴まれてしまう。


「美和。」


 櫂は腕を握ったまま、今度は真剣な表情をしてこちらを見る。


「な、何よ。また茶化すつもり?」


 櫂を睨みつける。


「違うよ。俺、弟のままでいいから。」


「え?」


「美和が意識不明になった時、ずっとこのままかもしれないって思ったんだ…。」


「櫂…。」


「その時思ったんだ。美和が元気でそばにいてくれればそれで良いって。たとえ弟だったとしても。だから、美和が嫁に行くまで、俺が弟としてそばにいてやるよ。」


「櫂…。ありがとう。」


 櫂を見上げると、櫂は私を見て優しく微笑んだ。


「姉さん家に帰ろうか。」


 月夜に照らされた櫂の金髪はとても綺麗だった。




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