神の願いは、無情

待ちに待ってない今日がやって来た。どうしてこんなことになってしまったのだろう…。昨日の夜、ユキちゃんに全てを投げてしまえればこんなに悶々としなくて済んだろうに…。今日は出席のない講義だから大学に行かなくて大丈夫な日だ。この日を指定する小さな神様はやっぱり俺の予定もお見通しなのだろう。

どんな人が倶生神ぐしょうじんのお気に召したのか想像しながら上はパーカー、下はスウェットという完全オフな服装に着替える。普段は何も感じない玄関の扉だが何故か重く感じた。

待ち合わせ場所はもちろんユキちゃんのいる社。かの御使みつかいと積極的に関わっていこうと思っている。今回の件が彼女の手にも多少余るのは態度からおおよそ推察できる。ならばこそ、押し付けて美味おいしい蜜だけを吸うなんて許されない。万が一の依頼の失敗を想定して、ユキちゃんの指示で動いていたという事実を作る。そして責任の所在をハッキリさせておく。神の依頼を達成できなくて最悪恨みをかった話なんて犬も食わない。

朝の心地よい空気の残り香を堪能しながらいつもの神社の長い階段を上る。約束時間の30分前に着く社会人顔負けの真面目さを演出しながら鳥居の前でユキちゃんの名前を呼ぶ。

「だから‼︎ 何回言えばわかるのよ⁉︎ お賽銭箱さいせんばこの前あたりに来て私を呼びなさいよ‼︎ 鳥居からここまであんたが来る時間すら私はゆっくりしていたいのよ‼︎」

永遠に等しい時を生きる御使が数秒すら大切にするなんて自己啓発の講師が喜びそうな話だ。もちろん俺は学習する生き物だ。賽銭箱前で呼んだ方がユキちゃんが喜ぶことは百も承知。だからこそ鳥居の前なのだ。

「それで、俺は倶生神にどういう対応をするのが正解なんですか?」

「そんなの決まっているじゃない‼︎ 適当よ‼︎」

「雑に扱ってもいいんですね」

「なんでそうなるのよおおお‼︎ 少しもいいわけないでしょ‼︎ お二人方が望んでいる結果を出しなさい。私からできる助言はこれだけ」

つまり、俺に全部投げるということか…。悩める人間に対してこの応答は鼻につく。

「見ててくださいよ。倶生神さまに限らず、ユキちゃんも望んでいる以上の結果を出してやりますよ」

「こんなに期待させるなんて…。楽しみにしてるわ‼︎」

コレで失敗した時、あまりの落胆に俺を解放したくなるに違いない。ユキちゃんの口ぶりから依頼はかなり難しいらしいから、成功するなんて針の穴くらいにしか思ってないだろう。

背中を向け、右手を開き、2度左右に振ってその場を去る。

約束の場所で倶生神が来るのを待つ。予定より1分早く到着した。遅刻したら冗談抜きに地獄送りになってしまうんじゃないかと、正確に合わせた時計を見ながら走った。

そうこう考えているうちに定刻がやってきた。すると、とつぜん耳元から声が聞こえた。

「時間を遵守するとは人間にしてはましな部類に入るの」

前に大きく踏み出して、視界に何が映っているのかわからないスピードで振り返った。さっきまで俺の頭があった所に2人の倶生神がいた。

「光輝、この路地裏に入るのだ。私たちの子が来る」

考えるより先に行動し、言われるがままに路地裏に入った。

「あの…お二方の担当の子はどちらに?」

「きたきた‼︎ ほら、あの集団で真ん中を歩いている子なの」

緋色の倶生神が指差した方向を見た。そこにいたのは一昔前の不良集団だった。そして、担当の子は金髪に、耳にいくつものピアス、学ランに付いているボタンはカラフル、手には絶滅危惧ぜつめつきぐの薄いクラッチバック、こんがりと焼けた肌に、極細の眉。

コレは…。

「ね‼︎ とても可愛いの‼︎」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

葉書がまた 雨満蛍 @ryoz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ