赤いピアノ

@tachibanayuusuke

第1話

『赤いピアノ』





30年前の高校の文化祭。





悪友の慎二と、彼が惚れている裕子と3人でバンドを組んで、



ステージで歌った。





メインボーカルは慎二。





僕はサイドギター。





裕子はピアノ。





曲は「サイモン&ガーファンクル」の「スカボローフェアー」。





慎二が惚れている裕子はプロのピアニストを目指していた。





僕たちは、彼女の本気度をまだ理解していなかった。





教室を使ってのミニステージなので、本物のピアノは





使えない。





どうしようか?





練習の時、僕たちは頭を悩ませた。





彼女のピアノがないと、超平凡で下手くそなギター2本だけで





ステージに立たないといけない。





裕子が言った、「おもちゃのピアノでもいいよ」。





「えっ」と2人顔を見合わせた。





まさか、プロのピアニストを目指している裕子が





おもちゃのピアノを弾くなんて…。





「やってみましょうよ」と彼女。





「そうだな、やるだけやってみようか」と僕ら。





3日後、慎二の家に彼女がおもちゃのピアノを持ってやってきた。





もう古くなって、赤く塗られていたペンキもかなりはげている。





「こんな小さなおもちゃで大丈夫か?」





何も言わずに彼女は鍵盤をたたいた。





ちゃんと音が出る。





「ねっ、これでも曲弾けるわよ」と彼女。





そして、「スカボーローフェアー」を弾き始めた。





美しいメロディーが静かに流れる。





僕たちは驚いた。





そして、「やったー」と拍手。





これでステージに立てる。





何気なく彼女はおもちゃのピアノで曲を弾いたが、





よく考えると、かなりの技だ。





普通あの少ない鍵盤で弾けるような曲ではない。





かなりアレンジして弾いたのだろう。





さっそく3人で練習を始めた。





真剣な顔をしておもちゃのピアノを弾く彼女。





ノー天気な顔をしてギターを弾く僕。





慎二のやつは、彼女にいいとこ見せようと、





けっこう本気で歌っている。





2週間練習を重ねた。






そして、文化祭の本番。





ステージに僕らが立った。





ちっちゃなおもちゃのピアノにみんな驚いている。





そして、笑い声のようなものが聞こえてきた。





僕たちをコミックバンドだと思ったのかもしれない。





いや、そう思う方が自然だ。





ざわざわした中、僕たちは曲を始めた。





慎二はけっこう歌が上手い。





「スカボローフェアー」の美しい歌詞をゆっくり歌いはじめた。





彼女のピアノはまだ鳴らない。





僕はサイドギターで慎二にからむ。





そして、輪唱のパートに入って、静かに彼女がピアノを弾きはじめた。





美しいメロディが重なる。





観衆はもう誰も笑ってなんかいない。





みんな静かに聞き入る。





曲が終わった。





そして、大きな拍手。





軽く僕らは礼をした。





そのそばには、赤いペンキがはげたおもちゃのピアノが





佇んでいる。





ステージを降りて僕らはコーラで乾杯した。





3人ともまだ顔が火照っている。






そして、数日後、慎二は本気で彼女に告白した。





これまでもモーションをかけていたのだが、どっかで





ちゃかして、逃げていた。





しかし、今度は本気で彼はアタックした。





「プロのピアニストを目指しているので今は誰とも



つきあえないの」、と彼女は答えた。





つまり振られたわけだ。





「ピアニストになるから時間がない、なんて、俺を振る口実だ」と





落ち込んで、あきらめきれない慎二。





その気持ちは痛いほどわかる。





彼は気持ちを振り切るようにサッカーの部活に熱中した。





そして、暫くして修学旅行の時が来た。





彼女は参加しない。





理由は「ピアノの練習があるから…」。





慎二を振った理由は本当だったのだ。





彼女は本気でプロを目指していた。






卒業して30年。





慎二にも裕子にも僕は会っていない。





けれど「サイモン&ガーファンクル」の曲を聴くたびに





あの時の赤いペンキがはげたピアノの音色を思いだす。





「大切なものを忘れてないか」





そう、遠い空から語りかけてくる。















『赤いピアノ』





30年前の高校の文化祭。





悪友の慎二と、彼が惚れている裕子と3人でバンドを組んで、



ステージで歌った。





メインボーカルは慎二。





僕はサイドギター。





裕子はピアノ。





曲は「サイモン&ガーファンクル」の「スカボローフェアー」。





慎二が惚れている裕子はプロのピアニストを目指していた。





僕たちは、彼女の本気度をまだ理解していなかった。





教室を使ってのミニステージなので、本物のピアノは





使えない。





どうしようか?





練習の時、僕たちは頭を悩ませた。





彼女のピアノがないと、超平凡で下手くそなギター2本だけで





ステージに立たないといけない。





裕子が言った、「おもちゃのピアノでもいいよ」。





「えっ」と2人顔を見合わせた。





まさか、プロのピアニストを目指している裕子が





おもちゃのピアノを弾くなんて…。





「やってみましょうよ」と彼女。





「そうだな、やるだけやってみようか」と僕ら。





3日後、慎二の家に彼女がおもちゃのピアノを持ってやってきた。





もう古くなって、赤く塗られていたペンキもかなりはげている。





「こんな小さなおもちゃで大丈夫か?」





何も言わずに彼女は鍵盤をたたいた。





ちゃんと音が出る。





「ねっ、これでも曲弾けるわよ」と彼女。





そして、「スカボーローフェアー」を弾き始めた。





美しいメロディーが静かに流れる。





僕たちは驚いた。





そして、「やったー」と拍手。





これでステージに立てる。





何気なく彼女はおもちゃのピアノで曲を弾いたが、





よく考えると、かなりの技だ。





普通あの少ない鍵盤で弾けるような曲ではない。





かなりアレンジして弾いたのだろう。





さっそく3人で練習を始めた。





真剣な顔をしておもちゃのピアノを弾く彼女。





ノー天気な顔をしてギターを弾く僕。





慎二のやつは、彼女にいいとこ見せようと、





けっこう本気で歌っている。





2週間練習を重ねた。






そして、文化祭の本番。





ステージに僕らが立った。





ちっちゃなおもちゃのピアノにみんな驚いている。





そして、笑い声のようなものが聞こえてきた。





僕たちをコミックバンドだと思ったのかもしれない。





いや、そう思う方が自然だ。





ざわざわした中、僕たちは曲を始めた。





慎二はけっこう歌が上手い。





「スカボローフェアー」の美しい歌詞をゆっくり歌いはじめた。





彼女のピアノはまだ鳴らない。





僕はサイドギターで慎二にからむ。





そして、輪唱のパートに入って、静かに彼女がピアノを弾きはじめた。





美しいメロディが重なる。





観衆はもう誰も笑ってなんかいない。





みんな静かに聞き入る。





曲が終わった。





そして、大きな拍手。





軽く僕らは礼をした。





そのそばには、赤いペンキがはげたおもちゃのピアノが





佇んでいる。





ステージを降りて僕らはコーラで乾杯した。





3人ともまだ顔が火照っている。






そして、数日後、慎二は本気で彼女に告白した。





これまでもモーションをかけていたのだが、どっかで





ちゃかして、逃げていた。





しかし、今度は本気で彼はアタックした。





「プロのピアニストを目指しているので今は誰とも



つきあえないの」、と彼女は答えた。





つまり振られたわけだ。





「ピアニストになるから時間がない、なんて、俺を振る口実だ」と





落ち込んで、あきらめきれない慎二。





その気持ちは痛いほどわかる。





彼は気持ちを振り切るようにサッカーの部活に熱中した。





そして、暫くして修学旅行の時が来た。





彼女は参加しない。





理由は「ピアノの練習があるから…」。





慎二を振った理由は本当だったのだ。





彼女は本気でプロを目指していた。






卒業して30年。





慎二にも裕子にも僕は会っていない。





けれど「サイモン&ガーファンクル」の曲を聴くたびに





あの時の赤いペンキがはげたピアノの音色を思いだす。





「大切なものを忘れてないか」





そう、遠い空から語りかけてくる。















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