『青薔薇の貴公子』後編

「ルディ、大変よ!」


 約二週間ぶりの逢瀬ではあるが、ティアレシアは開口一番あの茶会でのことを話したかった。

 しかし、


「どうしたんだ? 何か問題でも起きたのか?」


 と、相変わらず整った顔立ちのルディに見下ろされて、話そうとしていたことも忘れて見惚れそうになる。


「ティアレシア?」


 漆黒の双眸に心配そうに見つめられ、ドキッとしてしまう。


「何が大変なんだ?」

「あ、そう、えっと……落ち着いて聞いて頂戴」

「ああ」


 落ち着けと言いながらまったく落ち着かない自分の心臓をなだめようと、ティアレシアは大きく深呼吸をして、口を開いた。


「実は……私たちをモデルにした恋愛小説が王都で大人気になっているのよ!!」


 とんでもないことだ、とルディも驚くと思っていたのだが、その反応は予想とは違っていた。


「そうか、ようやくティアのところまで届いたか」


 ルディはにやりと笑みを浮かべた。その反応に、ティアレシアの方が拍子抜けする。


「……え、もしかして、知っていたの?」

「あぁ。あの作品を作らせたのは俺だからな」


 得意げに言うルディに、ティアレシアは間抜けにもポカンと口を開けてしまった。

 そして、その意味を理解した途端、疑問と羞恥が沸き上がる。


「……ど、どうしてそんなことしたのよ⁉」


 様々な事業に手を出していることは知っていたが、まさか出版業界にまで手をつけていたとは。

 それも、自分たちをモデルにした恋愛小説を作るなど。

 ルディが何を考えているのかが分からない。

 悪魔であった時も今も、彼の考えが読めたことなどないのだが。


「俺がお前のもので、お前が俺のものだと知らしめるためだ」


 そう言って、ルディはティアレシアの頬に手を添えた。


「本当は昔みたいに四六時中側にいて守ってやりたいし、お前に近づく男は俺が蹴散らしてやりたい。でも、今の俺にはそれができないだろう?」


 ――もちろん、お前に求婚した男や言い寄る男は二度と近づけないように手は打っているがな。


 という物騒な独り言は、きっとティアレシアの聞き間違いだろう。そう信じたい。


「俺に言い寄ってくる令嬢たちの相手をするのも面倒になってきていたし、令嬢たちが好きそうなネタがあれば食いついてくれるだろうと思ってな」

「それで、恋愛小説を?」

「あぁ。外堀を埋めるのも大事だろう? 俺とお前が恋仲だと思わせられたら、近づいてくる奴も減るしな」


 にやりと笑うルディの言葉を聞いて、そういえばとティアレシアは思い返す。

 最近、ティアレシアに夜会などで話しかけてくる男性は減ってきたし、求婚者もほとんどいなくなった。

 ルディを遠目にうっとり見つめる令嬢は増えたが、直接言い寄る令嬢は減った気がする。


「なあ、小説は読んだのか?」

「えっ? ……まあ」


 本当は、全部読んでいる。読みながら、ルディとの出会いや様々な思い出を思い返し、胸が熱くなった。

 もちろん、現実にあったことがそのまま描かれているわけではなかったし、二人だけの秘密も守られていた。当然、悪魔の存在など出てこないし、転生や復讐なんてことも書かれていなかった。

 それでも、ストーリーラインはティアレシアがルディと歩んできた道そのものだったから。

 そして、どうしようもなく心が動かされたのは、“青薔薇の貴公子”が姫に向ける愛の言葉の数々。

 優しく、愛情にあふれたまっすぐな言葉。

 ルディがつくらせた、ということが信じられないくらいにドキドキした。

 まるで、自分に言われているように感じて。


(あんなに甘い言葉を“青薔薇の貴公子”として口にしていたなら、令嬢たちがうっとりするのも頷けるわね)


 当の本人は、ティアレシアをからかうことの方が多いのだけれど。

 思い出してムッとしていると、ルディが目の前に膝をついた。


「愛しい姫、あなたの存在はどうしようもなく私の胸を焦がすのです。いつ何時も、あなたを愛していることを忘れたことはありません」


 熱を灯した漆黒の瞳が、まっすぐにティアレシアを見つめる。

 ルディが口にしたのは、作中で“青薔薇の貴公子”が再会した姫に愛を告げるシーンの台詞だ。


「愛しています。あなたへの想いだけが、この胸に咲いているのです」


 そして、“青薔薇の貴公子”は美しい薔薇を姫に捧げるのだ。

 最新刊は、そこで物語が終わっている。

 令嬢たちが夜も眠れないと言っていたのが分かるくらい、ティアレシアも続きが気になっていた。

 果たして姫は、彼の想いに何と返したのだろうか。


「ティアレシア」


 名を呼ばれ、ハッとする。

 意識が物語の方へ向いてしまっていた。

 そして気づく。

 目の前に青薔薇モチーフのブローチが差し出されていることに。


「ルディ、これは……?」

「もうすぐ、お前を迎えに行ける。その時まで、俺の想いを身に着けていてくれないか?」


 まるで自分が物語の中の姫になったかのようだった。

 モデルにされているから、こちらが現実ではあるのだが、自分を投影しながら読んでいた分、感動は大きい。


「もちろん、喜んで」


 視界がにじむのを感じながら、ティアレシアは微笑んだ。

 ルディが立ち上がり、ドレスの胸元に青薔薇のブローチを付けてくれた。


「よく似合っている」

「ありがとう。でも、もうすぐ爵位がもらえるのでしょう? ここまで手の込んだことをしなくてもよかったんじゃ……」

「お前がどんどん綺麗になっていくから、心配なんだよ」

「え……っ?」


 思ってもみない理由に、ティアレシアは一瞬で赤面した。


「今すぐ俺のものだって、閉じ込めてやりたいくらいだが……俺はお前と人として生きていく道を選んだからな。地道にやるよ」

「地道にやろうという人がいくつもの事業を一気に始めてそのすべてを成功させるなんてあり得ないと思うけれど……」


 その上、周囲をけん制するためだけに自分たちをモデルにした物語をつくるなんて。

 しかしそれも、ティアレシアのことを想うが故だと思うと、とても愛おしい。


「でも、『青薔薇の貴公子と革命の姫』は面白かったわ。続きを楽しみにしているわね」

「あれは俺たちをモデルにしているから、俺たちが進まないと物語も進まないが……そんなに進めたいなら、進めるか?」

「え……?」


 いつものように不敵な笑みを浮かべたかと思うと、ルディはティアレシアの唇を奪った。

 甘く痺れるようなキスのせいで、ティアレシアはそれ以上何も言えなくなった。


 * * *


 そうして数カ月後――『青薔薇の貴公子と革命の姫』の物語は、ティアレシアとルディの結婚が公表される頃にハッピーエンドで完結したのだった。



「ねぇ、“青薔薇の貴公子”の台詞って、もしかして……」

「あぁ。全部、俺のティアレシアへの気持ちだ。もし全部読んでいないなら、すべて朗読しようか?」

「いえ、大丈夫よっ!」


 ただでさえ甘いルディの声にドキドキしているのに、あの“青薔薇の貴公子”の口調で甘い言葉を囁かれ続けた時には心臓が持つ気がしなかった。


「じゃあ、これだけ言っておく」


 ――愛してる。

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悪魔のキスは復讐の味 奏 舞音 @kanade_maine

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