『青薔薇の貴公子』前編

※小説②巻後の番外編です。

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 令嬢たちが集まるとある茶会で、ティアレシアは困った事態に陥っていた。


「あの“青薔薇の貴公子”様とは今、どういうご関係ですの⁉」


 きらきらした瞳で、令嬢たちが前のめりになって尋ねてくる。


「……な、なんのことでしょう?」


 ティアレシアはその勢いに気圧されて、体を少し後ろに引いた。


「とぼけないでくださいませ」

「そうですわ! もう、わたくしたち、気になって夜も眠れませんの」


 令嬢たちが可愛らしい顔を悩ましげに歪め、ため息をつく。

 しかし、ティアレシアとしても内心穏やかではいられない話題だ。


(どうして彼女たちが私たちのことを知っているの⁉)


 最近、令嬢たちの間で噂になっている、“青薔薇の貴公子”。その名をルイスという。

 誰もが見惚れる美形というだけでも令嬢たちが頬を染めるというのに、彼の魅力はそれだけではなかった。

 元々貴族ではなかった彼は、ヴェールド男爵の後見を得て、様々な事業を展開しては成功させており、爵位を手にするのも時間の問題だとまことしやかに噂されている。

 そして、彼が社交界に参加する時には美しい青薔薇を身に着けていることから、“青薔薇の貴公子”と呼ばれているのだ。

 しかし、彼自身は黒髪に漆黒の瞳で、纏う衣服も黒ばかり。

 だからこそ、その胸にある青薔薇がより一層目立ち、話題になっていた。


「それで、どうなのですか?」


 普段は大人しい令嬢たちも、“青薔薇の貴公子”の話題になるとかなり積極的だった。

 ティアレシアが焦っているのは、“青薔薇の貴公子”と呼ばれている男が、無関係ではないからだ。

 表向きルイスと名乗っているが、彼の本当の名はルディ。

 復讐のためにティアレシアを転生させた悪魔で、今はティアレシアの愛する人だ。

 悪魔が愛を知った時、その存在は消える。

 ティアレシアが愛を告げた時、ルディの存在も消えた――はずだった。

 しかし、五年の月日を経て、神の導きにより、ルディとティアレシアは再び出会うことができた。

 そして、ルディはティアレシアを迎えに行くと言ってくれた。

 ティアレシアが大切な人や国を捨てずにすむように、共に生きていくために。

 王の娘であり、公爵家当主であるティアレシアと生きるためには、ルディにもそれ相応の身分や実績が必要になってくる。

 そのために、ルディが努力してくれていることをティアレシアは知っていた。社交界に出て、人脈をつくり、新たな事業をおこし、国の繁栄にも一役買っている。

 国王である父ジェームスも今、ルイスという青年実業家に注目しているのだ。


(ようやくこれからという時なのに……どうして⁉)


 “青薔薇の貴公子”として、令嬢たちにキャーキャー騒がれているルディに内心で苛立ちながらも、表向き干渉しなかったのは、妙な噂を立てないためだった。

 王の娘であり、革命の鍵となったティアレシアは、あらゆる意味で目立ってしまう。

 自分の存在がルディの努力を台無しにしてはいけない、と色々と我慢していたし、二人で会う時は誰にも見られないようにこっそりする徹底ぶりだったというのに。

 何故、ルディとティアレシアの関係に令嬢たちはこんなにも興味を持っているのか。


「“青薔薇の貴公子”とティアレシア様は恋仲なのですよね⁉」

「……えっ⁉」


 確信をつく問いに、ティアレシアはティーカップを持ったまま固まった。

 しかし、令嬢たちは気にした様子もなく自分たちの仮説(?)を話し始める。


「“青薔薇の貴公子”様が身に着けている青薔薇は、いつも側にいられないティアレシア様を想ってのことだったのでしょう?」

「あの方に言い寄って玉砕した令嬢たちからも聞きましたわ。心に想う大切な方がいるのだって……」

「あぁ、なんて素敵なのかしら。わたくしもあんな美しい方に一途に想われてみたいわ~!」


 令嬢たちがうっとりと語った内容に、ティアレシアは顔から火が出そうなくらい全身が熱くなった。


 ――ティアレシアをいつでも想っていることを示すために、俺はこれを身に着けることにする。俺の心はいつもお前のものだ。


 ティアレシアが、いつも夜会で令嬢たちに言い寄られているルディを見て、嫉妬の言葉を投げたことがあった。

 その翌日から、ルディはこう言って青薔薇を身に着けるようになったのだ。

 ティアレシアがいつもルディを想ってオニキスのネックレスを身に着けているように。

 何故か青薔薇を身に着けるようになって、ますますルディの令嬢人気が高まったような気がするのは複雑だが、悪い気はしなかった。

 しかし、だ。

 それを何故、令嬢たちが知っているのか。あの時のルディの甘い言葉やキスまで思い出してしまい、ティアレシアは冷静さを取り戻すために紅茶をぐっと飲みほした。


「あの、皆さま。何か誤解があるようですけれど、どうして、私が、その、“青薔薇の貴公子”様と恋仲だと?」


 動揺してかなりしどろもどろになってしまったが、平静を装えていたはずだ。


「これですわ!」


 と言って、一人の令嬢が取り出したのは、一冊の本。

 タイトルは、『青薔薇の貴公子と革命の姫』。

 何やらどこかで聞いたことがあるような単語が並んでいる。


「これは今、王都で流行っている恋愛小説で、舞台にもなっているんですのよ!」

「えっと……それはどんなお話なのかしら?」


 何やら嫌な予感がする、と思いながらも、ティアレシアは聞いてしまった。


「〈悪魔の女王〉の悪政に立ち上がったのは、女王に追放された一人のティア姫で、そんな姫を側で支えていたのが後に“青薔薇の貴公子”と呼ばれるルイ様なんです。でも、ルイ様は元々身分を持たない平民で、革命が成功した後は、姫と身分が釣り合わないからと引き離されるんです。二人は心から愛し合っていたのに!」

「そうなんです! それで、ここからがとても胸が熱くなるのですが、ルイ様は姫と再び会うために血のにじむような努力をして、貴族との繋がりを得て、社交界に入ってくるのです!」


 よほどのめり込んでいるのか、彼女たちはティアレシアが止めに入るのも聞かずにその作品について語り続けた。

 やはり、どこかで聞いたことがあるような話だ。

 物語として脚色されていたり、ドラマチックな展開が加えられていたりするが、登場人物の名前からしてティアレシアとルディをモデルにしているのは明らかだった。


(明らかに私たちだと分かるものが王都で流行っているなんて……どうしましょう)


 茶会からの帰り道、ティアレシアは予想外の事態に頭を抱えたのだった。

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