第9話 信頼の度合い

その後、俺たちはひとまず町へ戻ることにした。

フィアとユノが絶え間なく話してるから賑やかで、行きよりも幾分気持ちが楽だった。

ただ、グラウさんは相変わらずの表情だし、しかも俺のことをジッと見つめてくることが多くて何だか居心地が悪くてムズムズした。

やっぱり俺が懐中時計を取ってしまったことを快く思っていないのかな…。


そんなことを考えているうちに町に到着した。

屋敷に戻るのかと思ったけど、グラウさんは港の方へと進んでいった。


『ハイレンはな、ここより少し北に進んだ小島に住んでるんだ。船がないと行けないんだぞ!』


フィアがパタパタと羽ばたきながら俺たちの周囲を飛んでいる。フィアンマの意図もよく分からない。精霊っていうのは、こういう風に人間を試したりするものなのだろうか。


「俺は特に試練とかなかったけど」

『ジュノンはずーっと昔に、人間と契約を結ぶことを"約束"したんだよ』

「…そうなんだ」


ユノは俺を"選んだ"。

でも、どうして俺だったのか分からない。

何で兄上じゃなかったんだろう。

理由は…怖くて、聞けていない。


兄上を選んでいたら、俺はどうなっていたんだろうか。


「ほとんど人がいないな」


港は閑散としていた。

そういえば海賊が出るとか言っていたっけ。

ビックリするような金額を出さないと船には乗せてくれないみたいだけど、グラウさんはどうする気なのかな。

前を歩くグラウさんを目で追うと、ある場所でぴた、と足を止めた。近づくと、グラウさんの目の前には屈強な体格の男性がいた。というか、俺はその人を知っている。


「おう、また会ったな兄ちゃん」

「さっきの…依頼を教えてくれた方ですね」


目の前に立っていた体格の良い男性は、気さくにニカッと笑いながら手を挙げた。

この人に勧められてグラウさんの依頼を受けたわけで…それがこんなことになって、何だか微妙な気持ちになる。うまい話には不用意に乗ってはいけないことを学んだ。


「グラウさんと知り合いなんですか?」

「ああ。俺はしがない船乗りだが…ちょっとしたトラブルがあったときに、ここの領主に命を救われてな」

「そうだったんですか」


グラウさんはメモにペンを走らせ、男性に差し出す。しばらく無言だったけれど、やがて男性は深く頷き、グラウさんの肩に手を置いた。


「そういうことならお安いご用だ。その泉の近くまで船を出そう」


あっさりと乗る船が決まって拍子抜けする。

もっと大変になるかと思ったけど、そうでもないようだ。

グラウさんは頭を下げ、港に停泊している船に歩いていった。知り合いなだけあって、どの船なのか検討がついているようだ。


「しかしまぁ、すまなかったな。紹介した仕事は結構な長丁場になっちまったみたいで」

「…いや、その…大丈夫です。精霊退治、なんて言われたときはどうしようかと思いましたけど」

「町のもんは精霊フィアンマに畏敬の念を抱いてる。他所から来た旅人にしか頼めなくてな。騙すような形になって悪かった」

「結果的に、退治にはなってないんで…」

「はは、ありがとな兄ちゃん」


わしゃわしゃと頭を撫でられる。

そんなことされたことがなくて、どう反応を返したらいいのか分からなかった。


「グラウの坊っちゃんは、まぁ、生真面目だが、色々なことに一生懸命なお人だ。ただ、無茶もしやすいし、繊細なところもあるからな、支えてやってくれ」

「え。いや、でも俺が支えになんて」

「はは、坊っちゃんが誰かを連れ歩くなんて滅多にないことだ。きっと兄ちゃんは頼りにされてるのさ」

「頼り…」


俺が、頼りに。

そんな風に思われたことないから、何だかピンとこない。でも、頼りにされてるっていうのは無いにせよ、少しくらいは役に立つと思われてるのかもしれない。それは嬉しいかも。


「っと、そういえば名乗ってなかったな。俺の名前はガルシアだ」

「あ、俺はヒスイといいます」

「ヒスイ、な。短い旅だが、よろしく頼む。海の上のことは任せとけ!」

「はい。よろしくお願いします」


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翡翠色の夢 結城 瞳 @yuki_hitomi

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