第8話 約束のその先に
手の中に収まっている懐中時計は、だいぶ古びたものだった。まじまじと見つめていると、フィアンマが起き上がり、『…おい』と声をかけてきた。
『私から奪うことができるとは…見事だ。さすがはジュノンが見込んだ男』
ユノが起こした風のせいなのか、フィアンマはふらふらしていた。大丈夫なのかな。
というよりも、
「グラウさん!」
床に伏しているグラウさんに駆け寄り、包帯の巻かれた首に手をあてる。脈はある。見たところ出血もしていないようだ。
「…」
「あ、良かった…!大丈夫ですか?痛いところはありませんか?」
目を覚ましたグラウさんは、虚ろな瞳で俺を見て、次に俺の手に握られている懐中時計をぼんやりと見た。
「あ、その、すいません、懐中時計取れました…」
何となく気まずくて言葉尻が弱くなる。
グラウさんがすべきことを奪ってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
『そこのジュノンと契約した者よ、約束だ、私のことは煮るなり焼くなり好きにするといい』
「えっ、俺の言うことも聞いてくれるのか?」
『高位の者ほど"約束"は守るものだ。…守らないのは、人間の方だろう』
フィアンマは目線を落とした。
遠い過去を思うような、そんな言葉に聞こえた。
「そ、それじゃ…グラウさんにかけた魔法を解いてほしい、かな」
『む、そんなことか』
「だって、その…退治とか封印とか、俺はどちらかというと反対で…あと、グラウさん!」
「…?」
きょとん、とするグラウさんを起き上がらせ、両肩を掴む。
「自分を生け贄にするのも、無しです!」
「…、…」
グラウさんは目を見開き、何か言いたそうに口元を動かした。でも、どんな理由があってもダメなものはダメだ。
なおも言い募ろうとしたとき、ごほん、という咳払いが聞こえてきた。
『まずは私の話を聞いてもらおう。…なるほど、確かに約束はした。だが、治すのは無理だ』
「え?!」
『私は治す術を持たないからな』
「そっ、そんな魔法をかけるなんて…!!」
『まぁ待て、そう答えを急ぐな。私は無理だが、癒しの精霊ならば容易に治せる』
「癒しの精霊…」
『旧知の精霊だ。名をハイレンという』
「ハイレン…」
聞いたことがある。
どんな病も、たちどころに治す魔法を扱う精霊。その存在は知られているけど、所在は掴みづらく、幻の精霊なのではないかと噂されている。
フィアンマがおもむろに近づいてくる。
巨大なので圧がすごい。
あとちょっと熱い。
『グラウよ…この勝負、勝ったのはヒスイだ。お前の能力はまだ測れていない。ハイレンの泉から薬を手に入れたら、お前の力を認めてやってもいい。そうしたらまた町を守ると約束しよう』
「…」
グラウさんは立ち上がろうとするが、足に力が入らないのか、ぐらりと傾いた。咄嗟に体を支え、一緒に立つ。
さっきの無茶な行動や吹き飛ばされる場面を見た…ということもあり、すごくすごく心配だ。
「あ、あのさ、フィアンマ。俺もついていくだけなら構わないよな?」
『む? まぁ良かろう。それならば…』
フィアンマが何やら呟くと、ポンッと音を立てて小さな赤い何かが生まれた。球体だったそれは、手足を伸ばし、小さな耳をピコンと立てた。そしてふわりと浮かびながら俺たちの元にたどり着いた。赤いミニサイズのドラゴンで、ちょっと可愛い感じ。
『私の妖精"フィア"だ。そいつを同行させろ。見張りも兼ねさせる』
「な、なるほど」
ユノ以外の妖精が生まれるところを初めて見た。やっぱり精霊によって生まれ方に違いが出るんだな。
『俺様はフィアだ!よろしくな、グラウ!あと緑の奴!』
『ヒスイはヒスイよ!緑の奴とか言わないでよねっ』
『いてっ』
ユノのローキックが炸裂した。痛そう…。
こんな様子で旅を続けるなんて、先行き不安だ。でも…引き受けたからには、最後まで見届けたい。もしかしたらグラウさんは不本意かもしれないけど我慢してほしい。
ちらりとグラウさんを見ると、読み取れない表情でジッと俺を見つめていた。
…やっぱり、不安の方が強いかもしれない…。
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