第7話 試練
退治、と言われても。
実際どうしたらいいのかなんて分からない。しかも退治するなんて、そんなつもりもなかったのに。
突然の展開に着いていけない。
冷えた汗が背中を滑り落ちる感覚だけがやけにリアルに感じられた。
『…しかし、人間の身で挑んだところで勝てるわけもない。ハンデをくれてやろう』
フィアンマは不敵に笑いながら、手元から何かを垂らした。炎の灯りを反射し、金色のそれが存在を主張する。
「懐中時計…?」
『これを奪い取ったらお前たちの勝ちとしよう。その後はこの私を、煮るなり焼くなり好きにするといい』
ハンデといってもかなり高難易度だ。
そんなこと、できるんだろうか。
隣をちらりと見ると、グラウさんはフィアンマを凝視していた。ここに来るまでは感情が見えないような表情をしていたのに、キッとつり上げられた眉は真剣さを物語っている。
『はは、そんな表情もできるんだな、グラウよ。だが心意気だけで私に勝てると思うなよ』
あっ、と思った瞬間には、グラウさんが走り出していた。まさかの正面突破だ。俺は面食らってしまって動けなかったけど、フィアンマは予想していたのか、ひらりとそれをかわす。
グラウさんも負けじと、身を翻して手を伸ばすが、届かない。
「ど、どうしたらいいんだ…」
考えがまとまらない。
自分が何をできるかなんて分からない。
だって俺は誰かの役に立ったことも、物事が上手くいったこともないんだ。何をしても中途半端で、それで…
「…っ!!」
ぐるぐるとした思考に陥っていると、グラウさんが首もとの包帯を押さえながら、膝から崩れ落ちる姿が目に映った。
額を床に預け、口元をはくはくと動かしている。空気を取り込むたびに咳き込み、上手く息が出来ていないようだった。
「グラウさん?!」
『そいつの喉には、私の魔法がかかっている。話そうとすると激痛が走るようになっていてな。こんな風に自由に痛みを増やすこともできる』
「ひ、酷い…!」
『これはグラウに与えた試練。こんなことも自力で何とかできないようでは、為政者は務まらん』
「だからって、こんなこと」
『グラウはな、領主を継ぐ器ではない。決断力も判断力も足りない。私の元に来るまで半年…ふん、そんなにかかるようじゃ、先が思いやられる』
半年…
きっとグラウさんは何もしてなかったわけじゃない。道が分かってたことや、扉の開き方が分かってたところを考えると、この日のために準備をしていたんだと思う。
『あまつさえ、グラウは私を封印しようと思ってここに来た…自らを生け贄にすることで、私を封じようとしている。そんな民を捨てるような為政者がいるか?』
「生け贄…?!」
『知らなかったのか? 私ほどの者を封じるにはそれ相応の対価を支払わねばならんからな』
「そんな…」
『何もかも上手くいかないのは、グラウの為政者としての能力が欠如しているせいだ。そもそも私の力を得たところで、上手く扱えるとは思えんしな』
「…!」
"ヒスイ、お前が精霊の力を得たところで、役立たずには変わりない"
そんな言葉が、脳裏をよぎる。
「…そんなの…分からないじゃないか…」
『何だと?』
「俺はグラウさんのことを何も知らないけれど、でも、やってみなくちゃ分からないことだってある。契約する前から"扱えない"なんて、俺は思わない!」
『生意気な…』
会話をしてる最中、グラウさんがいつの間にかフィアンマの背後に回り込み、飛びかかるのが見えた。
俺と会話をして気を反らしていたのか、フィアンマはグラウさんが近くに来ていたことに気付かなかったようで、一瞬、体が硬直してるのが分かった。
しかしあと少しのところで懐中時計に届かず、フィアンマに凪ぎ払われる。鈍い音を立てながらグラウさんが床に叩きつけられた。
咄嗟に駆け寄ろうとすると炎に道を阻まれ、それどころか、周りをぐるりと取り囲むように炎の壁が出現した 。
「っあ、つ…!」
熱さに顔をしかめたけど、パチン、という音と共に、周りの炎が急に消えた。
振り向くと、ユノが顔を伏せながら俺の目の前に浮かんでいる。たぶん、ユノが炎を消してくれた。
『…またヒスイに酷いこと、したわね』
「ユノ…!ありがとう!」
『ううん、大丈夫よヒスイ。あなたのことは私が守る。ヒスイに酷いことする奴なんて、』
風を切る音がする。かなりの轟音だ。
かなり怒っているのが分かる…!
「ユ、ユノ、落ち着いて」
『ぜっったい許さない!!!』
ゴオッ、という音と共に、竜巻がフィアンマの周りを取り囲む。というか、大きすぎて俺も体を持っていかれそうになる。
「…っ、ユノ、ちょっと聞いて!」
『大丈夫。私が何とかするわ』
「俺のことを吹き飛ばして欲しいんだ…!」
『えっ』
「フィアンマは、懐中時計を取ったら言うことを聞くって言ってた。俺…グラウさんが生け贄になるの、嫌だ。会ったばっかりだけど…でも、目の前で人がその身を差し出すのを見ているだけなんて、そんなことしたくない。だから俺が取りたい。取らせてほしい」
『……ん、分かった!』
ユノが俺の体の周りを風で包む。
深呼吸をひとつ。
こくん、と頷くとユノが体全体を使って風を操り、そして俺は、宙を舞った。
「う、わぁああああ!」
『何っ?!』
風に乗ったまま、竜巻で視界が遮られていたフィアンマに突撃する。そしてその勢いのままぶつかり、一緒に倒れこむ。
土埃がもうもうとその場に立ち込めた。
それが落ち着いて、煙が晴れ…
俺の手の中には、懐中時計が握られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます