第6話 精霊との邂逅

「だいぶ広いな…」


足を踏み入れた祠は、ひんやりと空気が冷たくて薄暗かった。ぽつんぽつんと置かれた松明に火が灯っているけれど、不安を掻き立てられるような明かりで、足がすくんでしまう。


でも、グラウさんはそんなことを気にかける様子もなく、どんどん先へと進んでいく。まるで道が分かってるみたいだ。


「あ、あの、こっちで合ってるんですか?もしかして来たことがある、とか…?」

「…」


グラウさんはちらりとこちらを向いただけで、また足早に前を向いて歩いていってしまった。何かしてしまった覚えはないけど、もしかしたら気に障るようなことをしでかして、嫌われてしまったのかもしれない。


結局、迷うことなく開けた場所にたどり着いた。そこにある豪奢な装飾がついた赤い扉に、グラウさんが触れる。

それをぽかんと見つめていると、グラウさんはじっとこちらを見て、軽く手招きをした。


「え、どうしたら…」

『ここ、封印の魔法がかかってるみたいだよ』

「そうなんだ。俺はどうすればいい?」

『ん~…どんな魔法か分かれば教えてあげられるんだけど』


ユノと会話をしていると、いつの間にか俺たちのそばに来ていたグラウさんにそっと手をとられた。壊れ物にでも触れるような手つきで、何だかくすぐったい。

そしてそのまま手を引かれ、ぺたりと扉に置かれる。


「ええと、一体何を…?」

「…」


グラウさんもまた、そっと扉に触れる。

次の瞬間、


「うわ…っ」


扉が白く光り輝き、眩しさに咄嗟に目を閉じた。風が吹き抜け、一瞬飛ばされるかと思って足に力を入れる。

でも飛ばされることはなくて、風がやんでからおそるおそる目を開けると、扉がゆっくりと開いていくところが見えた。


「開いた…」


呆けてる俺の服が、くい、と引っ張られる。

そちらに顔を向けると、グラウさんが俺の目前に紙を差し出した。

そこには一言、「帰っていい」とだけ書かれていた。


「え」

「…」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「…?」


俺を置いて中に入ろうとしていたグラウさんは、怪訝な顔をして俺を見た。

いや、確かに俺は封印を解くだけとは言ったけど。でも、グラウさんはこのあと"精霊退治"をするんだ。きっとそれは危険が伴うことで、下手をすれば命も落としかねない。

それを知ってるのに、「じゃあ帰ります」と言えるほど、俺は強心臓ではないし、冷徹でもない。

退治に荷担はできないし、一緒にいても何か変わるとは思えないけど…逃げる手伝いくらいならできるかもしれない。


「一緒に行きます」

「…」

「ここまで付いてきたわけだし、少し先に進んでも同じかなって…それに、まだこの先でも封印を解く必要があるかもしれませんよ」

「…」


グラウさんは困惑したように目線をさ迷わせたけど、こくりと頷いてくれた。


「じゃあ、行きましょう」

「…」


扉をくぐると、そこは大きな空間が広がっているのが分かった。かつんかつんという靴音が反響する。炎がないせいで暗いけど、奥に目を向けた時に、ぞわりと胃がせりあがるような感覚に陥った。


何か、いる。


そして次の瞬間、


『ようやく来たか、グラウよ!!待ちくたびれたぞ!』


大声がその場に響く。そして勢いよく炎が燃え上がり、その場を明るく照らし出す。

奥には、大きな真っ赤な炎の塊…いや、よく見ると人に近い姿の存在がいて、高らかに笑っているのが分かった。


「で、か…」


おそらく彼が精霊なのだろう。

予想よりもはるかに大きく、成人男性の3、4倍はあろうかという身長に見下ろされる。


『んん? なんだ、その貧相な体は!グラウよ、お前が連れてきた人間は頼りない出で立ちだな!そんな奴しか仲間に出来なかったか!ははははは!』

「しょ、初対面でいきなり辛辣だ」


否定の言葉はいつも心に突き刺さる。それが正論だと分かっていても、痛いものは痛い。


『情けない、情けないぞ!我と戦うならもっと屈強な者を連れてく、ぐごっ』


いたたまれなくて、目線を外して俯いていると、突然精霊が後ろに勢いよく倒れた。土埃が舞う。


『…許さない…ヒスイにひどいこと言ったわね…』

「えっ、あ、待…っ、もしかしてユノがやったのか?!」


ユノが何事かぶつぶつと呟きながら、両手を精霊に向けて突きだす。どうやら空気を圧縮した塊をぶつけたようだ。

俺が退治に荷担することをユノはどう思ってるのか…なんて考えていたけど、むしろユノが相手を退治してしまいそうだ。どういうことだ。


『喋っているときに攻撃するとは、何と卑劣な…!誰だお前は!』

『ユノよ。風の妖精、ユノ』

『んん?ユノォ?!知ら…、…ん?ユノ…?』


炎の精霊が顎に手をあて、まじまじとこちらを見つめる。


『はっ!!お前、お前は…!ジュノンの分身体…!!』

「え、ユノ…知り合いなのか?」

『ジュノンの知り合い。炎の精霊"フィアンマ"…乱暴で粗暴な男。魔力は強いけど、それだけの奴よ』

「そうなのか」

『ええい!雑な説明をするな!』

『あとジュノンに告白してきて、"あなたには魅力がないし、興味がないわ"って一刀両断されてた』

『傷も抉るな!!』

「容赦ないんだな、ジュノンって…」


炎の精霊…フィアンマは、わなわなと震えながら俯く。広間の炎の勢いが強くなる。

これは、もしかして…嫌な予感が脳裏をよぎる。


『ふ、ふふ…良かろう、俺の古傷を抉った罪、しかとその身に受けてもらおう…』

「え、思いっきり私怨じゃないか」

『うるさい!黙れ!!』


フィアンマは、ぐりん、とグラウさんの方を向き、不敵に笑いながら指をさす。


『さぁ、二人で我を退治してみせろ、グラウよ!』

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