第5話 精霊と信仰心
精霊信仰は、各地によってばらつきが見られる。敬虔な国もあれば、精霊を祀ることすらしない国もある。精霊を見ることができる人が少ない国だと、やっぱり信仰心は消えていってしまうみたいだ。
でも、だとしても、
『精霊退治…?!』
『はい。封じていただければ、それで構いません』
つい先程の会話を思い出し、ため息を吐き、ちらりと隣を見ると端正な顔立ちが見えた。
「…」
「…」
沈黙が怖い。
俺は結局グラウさんに同行することにした。
精霊退治なんて…そんな罰当たりというか、畏れ多いことなんてしたくなかった。妖精拐いをしてる時点で罪を犯しているとはいえ、さらに罪を上塗りする度胸が、ない。
イゾラさん曰く、退治してほしい精霊は元々この町を守る存在だったらしい。でも半年前、突然契約を結ぶはずだった領主の家を襲撃。その時の火事でグラウさんはのどを焼かれてしまったという。その後、精霊はとある祠に閉じ籠り、町の守りを放棄。町が他国に蹂躙される事態にはなっていないものの、このまま放っておけば、いずれ他国に付け入られる。精霊の守護がない場所は狙われやすいから。
そうは言われても断りたい気持ちの方が強かった。でも、『せめて精霊がいる祠の結界を解く手伝いだけでも』とイゾラさんに熱心に詰め寄られて、結局断れなかった。
精霊退治はダメでも結界を解くぐらいなら…と妥協してしまった自分の浅ましさに辟易とする。
「ええと、この先、かな」
『そうだね!あの祠じゃないかな~』
ユノがにこにこしながら指をさす。
…。この精霊退治、ユノはどう思っているんだろうか。仲間と呼べるであろう精霊を傷つけることに荷担する俺を、どう見ているのかな。
同行することには何も追及してくることはなかった。「祠、行こうと思うんだけど」という言葉にも『ヒスイが決めたところならどこでも着いていくよ!』と、微笑みかけてくれた。
「あの、グラウさん」
「…」
歩を止め、グラウさんに声をかける。
同じように止まり、すっと冷めた表情で俺を見るグラウさんは、同姓の俺でもドキッとするような綺麗な容姿をしている。冷たい目線に見つめられるとひやりとした恐怖心に似た何かがせりあがってくるものの、特に何かされるわけではないので我慢する。
「祠の結界を解く方法って…俺、よく分かってないんですけど」
「…」
すると、グラウさんは自分と俺を交互に指さして祠の方向を指し示した。
それ以上は何もなく、グラウさんの視線は祠に戻り、また歩き始めてしまった。
「…?」
ダメだ、意思の疎通が図れない。
とにかく行けってことか?
すでに町から一時間ほど歩いただろうか。
話すこともなく、黙々と歩いていたから精神的にもすごく疲れている。道中、ユノが気遣ってくれたけれど、グラウさんの存在もあり、精霊退治という後ろめたさもあり、上手く会話することができなかった。
**
「…大きい」
もっと小さい祠を想像していたけど、目の前に見えるのは…荘厳で巨大な祠だった。
重厚な作りの扉は、見上げると首が痛くなるほどの高さだし、横幅も大人が10人は並べるくらいあるんじゃないだろうか。
『ん~、何か魔法で色々いじってるみたい。たぶん中も迷路みたいだと思うよ!』
「そう、なんだ」
何だかとんでもないところに着いてきてしまったような気がする。ユノがいてくれるのは心強いけど、本当に来てよかったんだろうか。
「…」
グラウさんが無言で扉に手を当てる。
すると、巨大な扉は重たい音を響かせながら勝手に開いた。どういう仕組みだ。というか、結界ってこの扉に張ってあるわけじゃないんだ。
色々と疑問が浮かんできたけれど、とっとと中に入ってしまったグラウさんを慌てて追いかけた。
…こんな調子で、本当に大丈夫なのかな。
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