第2話
「美鈴!」
ボクがもう一度その名前を呼ぶと彼女はこちらに向かって歩いてきた。
美鈴はボクと同い年だったけれど、今は3,4歳ぐらい年上に見える。引っ越した後、少ししてから手術を受けたのだろう。
美鈴はおかしくなったこの町の外から来たのだから、何か知っているのかもしれない。助けに来てくれたのかもしれない。
先程までの暗くよどんだ気持ちに、ほんの少しだけ光が差したように思えた。
しかし彼女はボクの目の前まで来ると微笑む事も無く、銃口をボクの喉元にあてた。
「み、美鈴?」
「人ならざる者が私の名前を口にするな!汚らわしい!!」
彼女は引き金に指をかけたが、お面のようなものを付けた仲間の1人に引きはがされた。
「ミスズ、落ち着け!!」
「うるさい!!こいつが私の名前を穢した!!!」
「だからってここで殺すな!俺たちの任務はこのドームの調査だけだ。違反すればお前は二度とこの地に踏み入れられなくなる。わかってるのか?」
2人はしばらく睨み合っていたが、美鈴が大きく舌打ちすると共に銃を下した。
「でも、あいつが私の名前を知ってる理由を聞くぐらいはいいでしょ?」
「穏便に済ませられるならな。無理なんだからやめとけ」
「なによ。本当はあんたが例の内通者だからあれこれ調べられたくないだけなんじゃないの?」
「おい、冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ?」
「ロイ・バドランド。ミスズ・エッカート。いい加減にしろ」
2人の言い合いが白熱しようとしたが、そうなる前に機械を持っている方の人が遮った。
「リー!だってロイが!!」
「俺がなんだよ!ミスズが悪いんだろうが!!」
2人の文句の対象がリーと呼ばれた人に移ったが、彼は言い返したりはせず呆れたようにため息をついた。
「本当にもうやめてくれよ。君達が問題を起こしたら僕まで罰せられるんだからな」
「わかってるわよ!!」
「わかったなら早く調査を進めよう。ロイはビル群のある西の区画を。ミスズは住宅街とみられる東の区画をそれぞれ調査してくれ」
「はいよ。リーは拠点作りか?」
「あぁ。問題が無ければ5時間後に後発部隊が来る予定だからな。それまでにドーム内の環境調査とハーミットへの聞き取りを進めてまとめておく」
「なんだ、こいつら使ってもいいのか。じゃあこいつとこいつ持ってくな」
ロイと呼ばれた人はそう言うと、広場に集まっていた子供を2人連れて行った。どうやらハーミットとはボク達のことらしい。
連れられた子供は泣いていたが、ロイという人に1,2回叩かれたら黙った。
その様子を呆然と眺めていたら突然襟首を引っ張られた。多分美鈴だ。
「じゃあ私はこいつを連れて行くから」
「殺すなよ」
「殺さないわよ」
美鈴はボクを引っ張ったまま、住宅街の方へとズンズン進んで行く。苦しいからいい加減引きずるのをやめて欲しい。
「ねぇ」
「・・・・・・」
「ねぇってば」
「うるさい。喋るな」
「美鈴」
名前を呼ぶとやっぱり足を止めて、とても怒っているような顔をボクに向けた。
「名前を呼ぶなって言ったでしょ?忘れたの?」
「だって返事をしてくれなかったから」
「・・・・・・気持ち悪い」
「キミに聞きたいことがあるんだけど」
「人ならざる者が人間に質問なんて許されるわけないでしょう?」
「じゃあボクもキミの質問に答えないよ。町に残ってる人達を全員殺して真実を隠したっていい」
「そんなことできないくせに。気持ち悪い」
美鈴は吐き捨てるように言うと、またボクの襟首をつかんで歩き出そうとした。
「ねぇ、ボク自分で歩くからもう引っ張らないでよ」
「そう言って逃げるつもりでしょ。人間様に逆らおうだなんてふざけてるわ」
「ボクだって同じ人間だよ」
「あんた達ハーミットと一緒にしないでくれる?虫唾が走るわ」
「一緒にしないでって・・・・・・何が違うの?」
「何が違うって、決まってるじゃない。人間様はあんた達みたいに気持ち悪い手術なんて受けてないのよ」
美鈴が呆れたようにそう言ったのでボクは驚いた。
「手術って、生命維持装置を付ける手術の事だよね?何で?」
「は?そんなの自然じゃないからに決まってるでしょ」
「だって、装置を付けなかったら死んじゃうじゃないか」
「当たり前でしょ?人はいつか死ぬんだから」
本当に当たり前であるように美鈴は言った。
この世界のように、他にも町全体をドームで覆って安全な世界を作った場所がいくつもあることは知っていた。だから美鈴もそんな町に引っ越して、手術を受けたんだとばかり思ってた。
でもそれは違っていたみたいだ。
「キミはミスズだけど、美鈴じゃないんだね」
「名前を呼ぶな!!って言うか本当に、なんで私の名前を知ってるのよ。誰から、いつ聞いたのか教えなさい!」
「美鈴は手術を受けなかったんだ」
「・・・・・・もしかしてミスズって、大おばあ様のこと?お前、何か知っているの?」
「どうして美鈴は手術を受けなかったの?」
「だから、生き続けることは自然じゃないからよ。私達が生きることを許されているのは神から与えられた命の分だけでしょ。死は生を全うするために神が与えたゴールなのよ」
「じゃあキミは、死ぬために生きているってこと?そんなの・・・・・・そっちの方がよっぽど気持ち悪いじゃないか」
ボクがそう言い終えると耳元で大きな音がして、頬がジンジンと痛む。
目の前を見ると、先程よりもさらに怒った様子のミスズが居た。
「・・・・・・ハーミットって、本当に最低」
ミスズはもうボクを引っ張ることもやめて、1人で先を歩いている。ボクは黙ってそれについて行くことにした。
町の中は相変わらず静かでそれが頬の痛みを際立たせた。きっと喋ってもまた叩かれるだけだから、考え事をするしかない。
でも考え事をしたらしたで今度は心がギュッと痛むような、そんな感覚に苛まれた。
どこか違う町で生きているんだと思っていた幼馴染は、とっくの昔に死んでいた。美鈴、どうして君は生きることをやめてしまったの?
ボクの世界が終わった日 ぬべアメ @sun0san
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