亡者 三十と一夜の短編第21回
白川津 中々
第1話
満ち足りぬのはお金がないからだと思います。
ご飯もお酒も、私にとっては高級品です。日に一食。白米と梅干しと味噌汁をいただき、夜に少しばかりの安酒を温めて飲むくらいで、随分な贅沢をしたなと罪悪感に駆られるのです。
その事を沢村に話しますと、彼は決まって「君ってやつはどうも悲観しないと生きていけない質のようだね」と冷笑するのでした。私はそれに対し「そうかしらん」などとおどけるばかりで、内心では薄情者の友人に失望するのが常でした。恥ずべき事ですが、私は彼に同情してもらい、お金を分けてもらえないかと、常日頃から考えているのです。
お金が欲しいと思うのは、何も贅沢をしたいからではありません。ただ、空腹を感じず、虚無な夜を酔ってやり過ごし、憂いなく朝日を迎えたいだけなのです。ですが、世の中の人達はお金を求めれば、決まってさもしいだとか、卑しいだとか良くない言葉を口にし、さらには、求める者が貧乏な人間であればあるほど激しさを増すのです。彼らは皆、自分より富める者への恨み節を、本人ではなく私のような貧しき者に、道徳と偽って聞かせるのです。果たして彼らが空腹を知っているでしょうか。夜の長さを知っているでしょうか。懐の軽さが命の軽さのように思う時の情けなさを、知っているというのでしょうか。
私はお金が欲しい。ご飯を食べるお金が、お酒を飲むお金が欲しい。綺麗な服も、機械仕掛けの時計も、革の靴も何もいらない。私はただ、生きていくだけの、ほんの些細な、最低限のお金さえあれば……
身体の衰えに、凍てつく寒さが刺さります。今宵もまた、ご飯も食べられず、頂き物の一升瓶に残った僅かなお酒を舐めるだけの一日が終わりました。この生活が、死後の果ての餓鬼界のような生活が、骸になるまで続くというのであれば、私はいったい何の為に生まれてきたというのか。お金がないばかりに、惨めな気持ちのままに死していくのか……辛い……苦るしい……あぁ、お金が欲しい……お金が欲しい……お金が……
亡者 三十と一夜の短編第21回 白川津 中々 @taka1212384
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