第84話 えんだあああって何ですか?え?不吉?

 今日の午後の移動は諦めました


「思ったより時間取られちゃいましたね」

「もう馬車を確保できても、領都に着く頃には宿が受付を閉めている可能性がありますね」

「それで、男爵家のお嬢様でしたっけ?パノスさんをお兄ちゃんって」

「それがですね…」


 調書を取る順番を後回しにされた事も影響していますが、それ以上に


「お兄様!やっと出てきた!」






 わざわざ建物の出口で待ち構えていたお嬢様に、近くの喫茶店に引っ張り込まれてしまいました

 あちらの護衛の方々は同席せず、周りのテーブルや店の前に居るようですね


「こちらは僕の護衛を引き受けてくれている、ヤマトさんとその相棒のコロちゃんです」

「冒険者のヤマトです。この子がコロちゃんです」


 ぷるぷる

 うにょ〜ん

 ぺこっ


 コロちゃんのご挨拶で二人ともまさに可愛い物を愛でる表情になっていますね

 ヤマトさんの言っていた、「可愛いは正義」とは真理のようです


「こちらがフォルセマ家のご令嬢、カロルお嬢様。子供の頃の遊び友達です」

「カロルですわ。お兄様がお世話になっております」


 大きくなりましたね、カロル

 まあ僕が大きくなった分、彼女も成長しますよね


「そして執事さんのエーベルトさん。子供の頃お世話になった方です」

「エーベルトでございます。先程は足を治して頂きありがとうございました」


 こちらは…あまりお変わりないようで

 でももうお年なんですから、無茶はしないでいただきたいものですよ


 とりあえず、これで最低限の紹介は終わったわけですが…


「それでお嬢「カロル」様…カロルお嬢様、何故こんなところに?」

「お兄様に会うために!」

「え…?」


 ななな何故今日あの時間あの場所に僕が居ると?

 まさか、ギルドの内部情報が外に漏れて…!?

 いくら僕の動向は機密に属さない情報だとしても

 いやそもそもそれなら直接話しかけてきても良かったはず

 わざわざあんな事件を…いえ、あれが演出だったと?

 一体何でそんな回りくどい真似を!?

 偶然を装うだけならそこまで


「運命に導かれて!」


 キラキラした眼差しで…

 本当に偶然という事なんですね 


 (エーベルトさんエーベルトさん)

 (何で御座いましょうヤマトさん)

 (お嬢様ってあの見た目で実は14歳くらいだったりします?)

 (確かに夢見がちな発言ではございますが、暫く前に成人してございます)

 (それに対するパノスさんの返しについてはどう思います?)

 (真に受けずとも良い言葉に翻弄されて居るご様子ですな。お嬢様を真摯に受け止めてくださってると解釈いたします)

 (身分差については?)

 (お気持ち次第でやりようは)

 (外堀は?)

 (パノス様がお相手ならば力になりましょう)


「きゃーっ!きゃーっ!」

「き、聞こえていますよそこのお二人。お嬢様も帰ってきてください」

「…はっ!エ、エー爺!急ぎ家に連絡を!お相手が見つかりましたと!」

「速やかに」

「ちょちょちょちょと待てください!一体何の…いえ何となく分かりますが分かりたくないと言うかとにかく勝手に話を進めないでください!」

「お兄様、小さい頃に約束したではありませんか…ま、まさか…まさか私が嫌いなの!?それとも他に心に決めた女性が!?」

「これはもしや、定番の!?」

「さようで御座いますな。幼い頃から育んだ恋心、というヤツで御座います」


 幼い頃の甘酸っぱい記憶は幼いからこそ甘酸っぱいわけでそれを大人になってもう一度というのはそう簡単にはいかない話であって現実にそういったものを突き付けられると自分なりに漠然とでも思っていた人生設計が頭をよぎると言いますかまだ自分には家族を作って守っていく甲斐性があるはずもなくそもそも貴族のご令嬢ならば幼い頃からそれこそ下手をすれば産まれる前から婚約者が居ても全くおかしくなくという事は下手をすれば彼女は家族と僕を天秤に


「お兄ちゃん答えて!」


 いけない!

 このまま流されてはいけない!


「さあパノスさん、返答や如何に!?」

「まずは!順番に!話を!してください!」


 ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ


 ぷるぷる


 あ、コロちゃん【回復魔法】ありがとうございます






「よ、要するに、 “成人したが誰か良い人は居ないのか、居ないなら良い見合い相手が居るぞ” と迫られ、僕を探していたわけですか」


 つまり、婚約者は用意していないけれども縁を繋いでおきたい相手はできたわけですね


 …家からしたら僕はお邪魔虫じゃないですかそれ!


「宣言通り、お兄様を見つけ出すことができましたわ!」

「運命きたよこれ」

「お嬢様の直感も侮れませんな」

「とにかく!別に嫌いとかではないですけど、数年ぶりの再会で急にそんな事を言われても困ります」


『おー、ギルドで聞いた話と違ってちゃんと自分の意見を言えるじゃないですか』

『お互いに人生がかかった話なんですから当然制止に勢いもつきます!』

『お互いに?自分の事だけじゃなくて相手の事も含めてって事ですよね?』

『な、なんですか…』

『やっぱり嫌ってわけじゃないんですね!』

『そ、それは…』


「まあまずはお互いの意志を確認しましょ?ね?パノスさんに嫌われますよ?それは嫌でしょ?」

「それはダメ!…ですわ」

「これは異な事を。パノス様のお気持ちを確認もせずにそのような事を言うのですか。パノス様がお嬢様を嫌うわけがありますまい」

「ちょ、ちょっとエー爺!」


『自分を棚に上げるこの強引さはやっぱ貴族の立場だからですかね?こんなものです?』

『エーベルトさんは…おそらくお嬢様の味方なので…』


 家として縁を繋いでおきたい相手が居るのならば、僕は排除するべき存在のはず

 という事は、エーベルトさんは家よりもお嬢様個人の味方という事なのでしょう


 ま、まあ、僕がお嬢様を嫌うとか、相当な事でもない限りは…


『で、どうします?どうしたいですかこれ』

『と、とにかく対話です。受けるにしろ断るにしろ、引き延ばすにしろ、この状態はよろしくありません』

『じゃあ…うーん…話せばわかる感じですか?無礼討ちとかは?』

『そこはフォルセマ家ならば大丈夫なはずです。話せば分かると言うか話の分かる人たちなので』

『はずって…とりあえずもう少し俺から話してみます。もしヤバくなったら俺を切り捨てて軌道修正してください。あ、切り捨てるって物理的にじゃないですよ?発言を遮ってとかそういう『わかってますよ!…すみません、よろしくお願いします』』


 会って二日目、護衛初日にここまで親身になってくれるなんて…


「とにかく、冷静に、落ち着いて、話を進めましょう。このままだと、将来何かすれ違いが起きた時に、パノスさんに “強引に進められた話であって乗り気ではなかった” みたいな言い訳をさせる隙を与えてしまいますよ」


『ほんとはどっちの味方なんですかヤマトさん!?』

『少なくとも今のところ、お嬢様にも味方したいですねぇ。エーベルトさんはともかく』

『ぼ、僕の味方でしょぉ…』

『当然パノスさん優先ですし、最終的に対立する場合もパノスさんに味方しますって。それともいっそ今すぐ、やり方が気に入らないってこの話を蹴りますか?護衛の俺が居なくなってからがしつこそうですよ?それか、首を突っ込むなと言うならそうしますが』

『いえ、味方をお願いします…』

『あいさー』


「…確認なのですけど、ヤマトさんはどういった立場のつもりで同席なさってますの?」

「どういったも何も俺、パノスさんの護衛なんで」

「なんと…では先程の態度や会話は…」

「ノリで?」

「ならば申し訳ありませんが、ヤマトさんは部外者という事になりますな」

「ヤ、ヤマトさんは同席させていただきます!何ならそちらも護衛なり同席させてください!」

「しかしご本人が宣言した通り、ただの護衛ではありませんか。会話に割り込み邪魔をする立場にはないと思われますが」


『来ました!言ってやってください!』

『ふと思ったんですけど、俺の発言を自分で言えないと将来的に困りません?』

『うっ…』


「そう、会話です。大事な話を進めるならちゃんと確認をとって、お互いの同意の下にですよ。力や数に物を言わせて一方的なのは良くないです。それじゃ相手の都合を無視して自分の都合を押し付ける、自己中の糞野郎です。もちろん場合にもよりますけど、今のこれはダメです。無理矢理支配下に置きたいんじゃなくて、迎え入れたいんですよね?」

「そ、そうですよ。僕は勢いで決めるのではなくて、ちゃんと対話をしたいと思っています」

「私はただ、人生の伴侶として誰を選ぶと問われたらお兄様しか居ないと…それだけの思いでここまで来ましたの…他に言うべき事なんて…」

「「「お嬢様…」」」


『ちょ〜一途じゃないですか!しかも!美人で!逆玉!も、ゴールしてもいいよね!?』

『そんな簡単な話じゃないですよ!貴族のお嬢様ですよ貴族のお嬢様!』

『わかりましたよぅ』


「ともかく、エーベルトさん。少しはパノスさんにもお嬢様と対話させてください。基本的に俺だけじゃなくエーベルトさんも部外者です。いくら執事さんでも当事者じゃないですよ」

「執事は護衛とは違いますぞ」

「主あっての執事でしょ。主従で言えば執事も護衛も同じく従者側です。この話の当事者じゃないです。さっきからお嬢様を差し置いて強引じゃないですか?」

「しかしながら主はお嬢様ではなくあくまで当主様ですからな」

「お嬢様すら無視してるってご当主に言いつけちゃいますよ?」

「そのご意向に沿って行動しているわけでして」

「「「え…」」」

「あ…」


 そんな…

 そんな事って…


「そ、それってつまり、パパンもパノスさんを…って事…?」

「げ、げふんげふん」

「お、お兄様!」

「は、はい!」

「あとはもう、お兄様のお気持ちひとつですわ!」

「そ、その前に!…エーベルトさん、本当に、そういう事なんですね?まだまだ甲斐性もないこの身ひとつで、お嬢様「カロル!」を攫って逃げる必要はないんですね?」

「さ、攫うなどとんでもない事でございますぞ!…お嬢様は残念ながら分家を立ち上げる事も出来ない身の上。パノス様を一族に迎え入れるのであれば、それはそれで道筋を用意してございます」

「それは結局、入婿という話になるんですか?」

「それも含めてどうするかは、当主様とお話しくださいませ…」

「な、なら…僕の気持ちはひとつです。お、おじょ…」


 違います

 今僕が話しかけているのは、貴族家のご令嬢ではなくて、一人の女性なんです


 だから


「カロル」

「は、はい!」


 そして、今言うべき言葉は…


「僕と婚約してください」

「はい!…結婚、ではなくて?」

「いきなり結婚じゃなくて、その、恋人の期間も欲しいと言うか…僕たちが離れていた時間を、少しづつ一緒に埋めていきたい。すぐには難しいけど…仕事が落ち着いたら、一緒に居られる時間も作れると思う。そこで、僕を見定めて欲しい。この数年の間に、君に見限られる人物になってはいないか、正直、不安で…」

「それは…お互い様だよね。だから、こちらこそ、よろしくお願いします、お兄ちゃ、えっと…ダーリン?」

「げっほ!げほっげほっげほっ!」


 ダ、ダーリンて…

 それじゃ、僕もハニーとでも呼ばないといけないのですか!?


(エーベルトさん)

(なんでございましょう)

(マウントとるの失敗しましたね?)

(失敗してしまいましたな)

(…最後にまたヘタレましたけど、いざとなったらイケメン発動するみたいですし、下手な事すると本当に攫って逃げるかもですよ)

(それはそれで楽しみですな)

(正直いい気分じゃなかったですよ。俺もう貴族の立場と対立したくないです。面倒で)

(今後の身の振り方次第ですな)

(いえ、その時にどこまでやるかこそが問題です。そもそもこの話だって本来なら数行で)


「だから二人とも聞こえてますって!」

「聞こえるように言ってますからねー」

「で、ございますな」


 この二人はもう…


「パノスさん」

「はい」

「おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます…ははは…」

「お嬢様も、おめでとうございます」

「ありがとう存じます」

「この老骨からも、お二人にお祝い申し上げますぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとう、エー爺」


 ぴょいん!ぴょいん!


「コロちゃんも、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 なんだか、くすぐったいですね

 祝福もそうですけど、その相手があの小さかったカロルだなんて…


「パパンとご対面したら大変そうですけど、頑張ってください!」

「へ?」

「だってさっきのエーベルトさんの強引さって、ご当主の方針なんでしょ?あれ、違いました?」

「ある程度は、でございますな」

「ほら」

「ぐっ…」


 何故わざわざ今この時にそんな話をするんですかヤマトさんは!


「私が居ます!二人で突破しましょうダーリン!」

「そ、そのダーリンというのはちょっと…」


 咳込んだ時に回り込んで来たカロルがもたれ掛かってきて


「…だめ、だった?」


 こ、これは…!

 いつの間にかこんな破壊力を身に着けていたんですね…


「おやおやあ?早速別離の危機ですかあ?」

「これはいけませんな」


 無視です無視!


「ゆっくり、色々な事を話し合いましょう。少なくとも今日は、まだまだ時間がありますから」

「敬語じゃない方がいいな…」


 やはり!

 破 壊 力 抜 群!です!


「出発は明日以降って事でいいですか?」


 あ、気を使ってくれるつもりはあるんですね


「すみません、そうして頂けると」

「それじゃ暫くはお若いお二人でって事で」

「そうしますかな」


 そう言って立ち上がるヤマトさんとエーベルトさん


 って!?


『あ、でもコロちゃんは離しちゃだめですよ』


 ぷるぷる


『ど、どちらへ?』

『【パーティ】の範囲内ですぐに駆け付けられて見えない場所に居ますよ。未来の奥さ…恋人に二人きり気分を味わわせてあげてください』

『きゅ、急に二人きりとか『うっさい!コロちゃんも周りの客も居るわ!末永く爆ぜろや色男!』』


 珍しく暴言らしきものを吐いてヤマトさんが遠ざかっていきます


「お若いお二人と言いつつも、ヤマトさんはお二人の間くらいの年齢なのでは?」

「ちょうど中間ですね。いいんです。思わずえんだあああと歌い出しそうになったのを自制したくらいには祝福してますから」


 護衛の方々もお店を出て…溜息吐かないでくださいよ


「それは一体何でございますかな?」

「想い合う二人が再会するような場面とかで流れる曲って印象を受けるんですけど、実は別れを歌った曲らしいんですよ。女性がずっと愛してるとかお互いの為にとか言いつつ男を捨てる感じで」

「なんとそのような曲が」


 ああ、女性と二人きりとか…

 もうカロルを子供扱いは出来ないんですね


「あと、地元の結婚式でよく流される歌劇の曲も実はその後で不義理が原因で離婚するなんて展開になるっていう、縁起の悪い曲だったり、とかもあるんですよね」

「ヤマトさんの地元はとんでもない場所のようですな」


 …ヤマトさん、歩き去りながらもとんでもない話を聞こえるようにぶち込んで行ったのはわざとですね

 遠ざかるのがやたら遅いです


「ところで当て馬になったお見合い相手って…」


 もうやめてくださいっ!

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