第83話 イドゥミルにて
「むむむむむ…」
調子に乗って派手な魔法を放ち、エイミーちゃんに怒られてしまったヤマトさんはおとなしくなったかと思いきや、今度は難しい顔でずっと唸り続けています
怒られた原因の半分、と言うよりも一緒に怒られた僕は、前屈みになりひそひそと話しかけます
「あの、どうかしたんですか?ヤマトさん」
整備されているとは言え凹凸を排除しきれない道を走る馬車の中、それも向かい合わせのシートの対面同士なので、周りに気を使いつつも声自体はそこまで小さなものではありません
かえって周囲が意識してしまう声量ですが、ここは気を使っていると表明する意味でもこのままで行きましょう
今度は何だ何をしでかすという周囲の警戒を引き付けてしまいますが、そこはあえて気にしない方向で…
すみません、ほんとすみません…でも放っておく方が僕としては心配に…
「いっそ魔力結晶を自力で作れないかな〜と」
「つ、作れたらいいですね…」
気にせずに戯れるコロちゃんとエイミーちゃんの対応こそが正解でした
「えー乗客の皆様、当馬車はこれより浮上走行を開始します。尚、これは襲撃によるものではなく、お客様提供の魔力結晶によるものなのでご安心ください。えー、あれだ。当初の予定より30分ほど早くイドゥミルに着くと思います。えー、揺れのない快適な馬車の旅をお楽しみくだっさいー」
御者による周知で、他の乗客の方たちは外の景色を見ようと振り返ります
本当に急いでいる人は、席が埋まるのを待たずに貸し切りにでもしてしまいます
安全に対して多少のお金を払う事はできても、緊急事態でもないのに浮上走行をする馬車を楽しむなど、なかなか体験する機会はありません
ましてや魔力結晶代の追加料金を割り勘しているわけでもありません
僕を含めて、ヤマトさんと乗り合わせた乗客の方たちは、単純に小さな幸運を掴んだということでしょう
どうかこれで、先ほどの騒ぎの埋め合わせという事に…
「ほらエイミー、窓のお外を見てみなさい。馬車がものすごく速く飛ぶわよ」
「とぶの?みゆ!」
「あ、こら!窓から体を出しちゃいけません!」
うにょ〜ん!
はしゃぐエイミーちゃんを周囲の大人とコロちゃんが慌てて押さえつける一方で、ヤマトさんも馬車後部の開け放たれた乗降口から身を乗り出すようにして外を眺めていました
「すっげー!ほんとに浮いてる!スピードも倍くらい出てるんじゃないのこれ!?」
馬車の負担が激減したであろう馬車馬たちは、イドゥミルに向けて軽快に速度を上げていきます
「着いったー!なう!」
「なう?」
御者が乗車料に含まれていた入街税を支払い、馬車が街の中の広場、停留所で停まります
まあ僕やヤマトさんの場合はカードを提示すればギルド経由での支払いになるんですが
そしてずっと移動していた午前中に中で座り続けていた乗客の方たちが、ぞろぞろと馬車から降りて来ては思い思いに背伸びをしたり腰を捻ったりと体を解しています
「兄ちゃん、あんま目立つことして面倒な奴に捕まんなよ?じゃな」
「あ、はい。驚かせてすいませんでした。お元気でー」
ある者は派手な攻撃魔法を放った杖持ちの前衛に話しかけ
「ほらエイミー、コロちゃんにさよならは?」
「うぅ…。ころちゃんばいばい」
ふりふり
幼女とスライムが手を振り合い…ってコロちゃん器用ですね
「お兄ちゃんにもお礼を言わないとね?」
「おにいちゃんありがとう」
「はい、どういたしまして。エイミーちゃん元気でね」
「うん!」
「どうもお世話になりました。それではこれで」
母娘はコロちゃんを返すとその身内に挨拶をし
「とりあえずギルドに顔を出しましょうか」
「早くお昼食べたいですね」
「報告を忘れちゃいけませんよ」
僕たちは当座の行動について話し合い
「あ、生存報告しとかなきゃでしたね」
「み、身も蓋もないですよヤマトさん。現在地報告ですって。ギルドは…そこですね」
冒険者ギルドへと歩き出しました
「本来は報告ついでに、簡単な依頼でもいいからひとつ達成するのが推奨されてるんでしたっけ」
「そうですね。でも今は僕の護衛任務の途中ですから、到着の報告だけでも上々です。無理に護衛対象から離れてまでする必要はないですし。むしろ職員としての僕の方が現在地を報告しなきゃいけない立場ですね。あ、もし決まっていたら、ちゃんと次の行動予定も伝えるんですよ」
「うぃっす」
「そう言えばなんで冒険者ギルドって、飲食スペースがあるんですかね?俺としては楽だからありがたいんですけど」
冒険者ギルドで旅の経過を報告し、そのまま昼食をいただきました
できれば食べてすぐに動きたくないというヤマトさんの意見に賛同し、今は食休みの最中です
「ああ、祖業らしいですよ。当時の店主が中心になって色々と面倒を見ていた結果が今のギルドだそうです」
「なーるほどー。世界一成功した酒場かもしれないですね」
片手間と言っては聞こえが悪いですが、あくまで祖業であって現在の本業ではないんですけどね
やり過ぎると飲食業を敵に回してしまったり、色々な意味で面白いことにならないのは社会に出た大人なら誰にでもわかります
「社会的な面では…できるだけ新人さんの負担が軽くなるような金額で食事を提供する目的ですね。ちなみに、支部によっては宿泊施設も併設しています」
「すごく…手厚いです」
「対外的には…まあ、ほら、冒険者って仕事柄汚れやすいじゃないですか」
「…めっちゃ心当たりあります」
遠い目をしながら頬をヒクつかせるという器用な表情をしていますが、今月の話ですよヤマトさん
…おそらくリスガーにおける歴代一位の汚れ具合で、ある意味伝説になるであろうと言うのは黙っておいてあげた方が良さそうですね
「あと、力を持っているにも関わらずその、粗暴な人も、中には。だから、そういった面倒事を外に解き放たないように、できるだけ抱え込む狙いもあるんですけど…」
ところでコロちゃんの撫で心地って癖になりますねぇ
表面がふにふにしていて、これは人をダメにする感じです
「けど?」
「稼いでる場合はギルドの外で飲み食いしてしまうので、あんまり意味がないんですよね。汚れについても、街が大きくなる度に出来るだけ外の近くに場所を確保しないと効果が半減してしまうわけで。リスガーの建物も移転を考えていますよ」
食事をしている姿も何故だか見ていて語彙力が低下する感じに可愛らしかったですし、これはもう、ヤマトさんがコロちゃんにメロメロになるのも分からなくはないですね
「うわー教会からすんごい遠くなるのかー」
「もうひとつの教会からすれば近くなるんですけどね」
「あー、だんだん人が多くなってきましたねー」
「さすがにそろそろ出ましょうか」
「ですねー」
ギルドを出る時も、コロちゃんを抱っこさせてもらいます
基本的に護衛の仕事が続く間は、少なくともヤマトさんかコロちゃんのどちらかはずっと僕についててくれる予定です
さっきの馬車の中は目の前にヤマトさんが居たからこその例外で
そしてヤマトさんが絶大なる信頼を寄せるコロちゃんの武勇伝を少し語ってくれたので、僕も信じます
つまり今から本格的に、コロちゃんの護衛任務開始ですね
「改めて、よろしくお願いしますねコロちゃん」
ぷるぷる
「さてと。午後はまた移動します?」
「そうですね、上手いこと馬車に乗れればいいんですが」
「同じ馬車に頼むとか」
「ですから路銀にも予算というものが…」
その時、街の外から入ってきたと思しき一台の立派な馬車が目の前を通り過ぎて行きました
何故か違和感を覚えるような…
「実は馬車が好きだったり?この場合はばっちゃんですかね」
ばっちゃん?…お婆ちゃん?
「あ、いえ、単に立派な馬車だなあと」
「あれはさすがに旅客馬車じゃないですよね…」
なんだか、せんちり?っぽいって呟きも聞こえましたが、ヤマトさんはたまに不思議な事を言いますね…
「おそらくは貴族かお大尽か、というところでしょうね」
「翻って俺達は、予算という敵に苦戦する庶民ですね」
「そういじけないでください。生活に苦労まではしていないんでしょう?」
「と言うわけで、少なくともパノスさんの差額分くらいは俺が持ちます。馬車代は気にしないでください」
「そう来ますか。さすが今回の護衛が採算度外視なだけありますね。でも肝心の馬車が…」
早めに着いて、早めに食べて、早めに戻ってきたところで、停留所に馬車がないわけで
「すぐにでも次の客を乗せて稼ぐぜ派と、腹が減っては戦は出来ぬ派の谷間と見た!」
「…当たらずとも遠からず、でしょうか」
「…小遣い稼ぎに街の外?」
「これが食後でなければ、屋台巡りもいいんですけどねぇ」
「それか、日向ぼっこ」
「振れ幅すごいですね」
ぷるぷる
「屋台か日向ぼっこをご所望だそうですよ」
「じゃあ、コロちゃんのおやつを巡る旅に出ましょうか」
「どうせ暇ですしね」
後で停留所のベンチででも食べる事にして、まずは屋台を巡ってコロちゃんのお眼鏡に叶う食べ物を買い集める事になりました
あそこなら馬車が入ってきた時に見逃すことはありませんからね
「なかなかの拘りっぷり…なんでしょうか」
「ヘタしたら、そこらの人より舌が肥えてますからね」
「さっきのこんがりお肉を食べ損ねた分を取り返すつもりでしょうか」
『ところでパノスさん、囲まれてるっぽいですけど、どうします?』
「えぇぇぇ!?」
『いきなりですいません、でも落ち着いてください』
おっといけない!
『も、目的とか分かっちゃう感じですか?』
この人、記憶を失くす前は一体何をしていたんでしょう?
『いえ、そういうのはさっぱり』
さっぱりなんですか…
『うーん…僕達が目的なのは間違いないんですね?』
ぷるぷる
『コロちゃんの範囲にも入りました。確かにこっちへの包囲網がじわじわ狭まってますよ。お約束からすれば、裏路地とか入ったらご対面って感じじゃないですかね』
コロちゃんもですか
彼らは一体どんな生き方をしてきたんでしょう
しかし包囲網とは、相手は複数ですか
『お約束…誘い込んで一網打尽とか、見てみたい気もしますけど…』
『好きですねー。普通はすぐ、おさわりま…お巡りさんこいつですになると思うんですけど』
『そうは言っても、囲まれてるって訴えても証拠なんてないですからね』
本当に何なんでしょう
こちらには思い当たる節なんて皆無なのに!
まさか、コロちゃん可愛さに誘拐…?
『じゃあとりあえず、襲わせて逆に取っ捕まえて突き出します?パノスさんは物陰に入ってすぐ異空間に避難してもらって。荒事が終わるまでは、ある意味で特等席になる場所から見られますよ』
『もしくは、このまま危ない場所に近付かないで、普通に馬車で街を出ちゃいますか』
『それ事情によっては街の外でも襲ってきますよ。馬車ごと襲われたらパノスさん責任感じて凹むでしょ?それにもし本当に悪人だとしたら放置するのはちょっと』
『そんなの結局は選択肢なんて…』
「嫌!放し…もごっ」
って、あれ…?
「くそっ!狙いはあの女の人か!」
「えぇぇぇ!?」
だから対象は僕たちなのかって確認したじゃないですかっ!
『ヤマトさん、助けに!』
『俺を引き剥がす陽動の可能性もあります!コロちゃんを離さないでください!』
『僕も加勢しますから!』
「待てやこらぁ!その人を放せ誘拐犯ー!」
とは言っても、相手が女性を確保している状態では、下手に手を出せません
相手の逃げる方向を塞ぎ、衛兵が来るまでの時間を稼ぐのがやっとでしょう
しかし、即座の暗殺を実行しなかった事からすぐに彼女の身を害する可能性は低そうですし、彼女を諦めるでもなく連れたままで逃げ果せるのはそう簡単な事ではありません
「ばっ!?何言ってんだお前!お、俺達は彼女の身内だ!迎えに来ただけだ!」
「嘘こけー!嫌がるその人の口を塞いでまで無理やり連れ去ろうとしてるじゃねえか!」
さりげなく逃げ道を塞いでくれていた冒険者らしき人達と、ついでに周囲の野次馬が、じとーっとした目を犯人たちに向けています
「いやほんと!ほんとなんだって!大声出されたからつい反射的に!お、お嬢!何か言ってやってくださいよ!」
あれ、素直に認めようとしない犯人に、ヤマトさんから殺気が飛んでませんか…?
徐々に徐々に強くなって…こっち向いてないですけど怖いですってば
「ちょっ!?」
「ご、ごめんなさい!どっちも本当の事を言ってるの!私が騒いだせいで!」
…おや?
『…パノスさん、もしかして俺、やっちゃいました?』
『えーっと…』
そこへ黒塗りの馬車がやってきました
あれはさっきの?
「お嬢様ぁ!ようやく見つけましたぞ!とぅ!…はぐぅっ!?」
馬車から勢い良く跳び降りて足を挫いたこの人は…
「エーベルトさん…?」
犯人?の一味が慌てて駆け寄り、助け起こします
じゃあさっきのは違和感ではなく既視感?
じゃあ…
目を凝らして女性の顔をよく確認すると、どこか知っている女の子の面影が…
「カロル?」
「…お兄ちゃん?」
「全員動くな!」
「ま、まとめると、お嬢様「カロル」…カロルお嬢様を迎えに来たものの彼女が拒否。大声を出されてしまったので反射的に口を塞いだ場面を僕たちが目撃。包囲網に警戒感を抱いていた僕たちがそれを誘拐と勘違い。結果、僕が護衛のヤマトさんをけしかけてしまった…ですよね?ほ、他に意見のある方は…?」
多分、これ以上ないくらいに簡潔にまとめられたと思うんですけど…
「お嬢様じゃなくて、カロルですわ。昔みたいにちゃんと名前で呼んでくださいまし」
こ、これは黙殺ですね、黙殺
「大見得を切って盛大な勘違い…恥ずかしい…!」
ぺちぺち
半ベソヤマトさんは空気を読んでくれてはいますね、一応
後で説明する時間を作らなくては
「誰も異議を唱えませんね」
「つまりえーっと、単に身内同士の不幸な勘違いで、実際には被害者というものは存在していなかった、と?」
駆けつけた衛兵さんの代表者が困惑気味に訊ねてきます
「敢えて言うとすれば、我侭を通そうとしたお嬢様に責任の大部分があり、他はその被害者であると存じますですじゃ」
「エー爺!今それを言わなくてもいいじゃないの!」
「お嬢様のおかげでこの老いぼれが足を挫いてしまいましたぞ?ヤマト殿に【回復魔法】をかけていただいて事なきを得ましたが、老いた身に戦慄が走りました…もう、歩けないのかと」
「それも私のせいなの!?」
「それは自分がはしゃぎ過ぎただけだろが爺さん」
「黙らっしゃい!お前たちももう少しくらいお嬢様に罪悪感を植え付ける手助けをせんか!」
「それって口に出しちゃだめなヤツだろ!?」
懐かしいこの感じ、見ているとホッとする自分が居る事に気付きます
一度騒がしくなるとそれに振り回される周囲は大変なのですが
「あー、お取り込み中のとこ悪いんだが、一応、街中で騒ぎを起こしたって事で、調書だけは取らせてもらいたいなぁと」
「「お手数おかけします」」
僕とヤマトさんは条件反射のように、揃って頭を下げます
「いやあ、謝るなら先にこの辺の人達にこそ謝るべきじゃないか?」
さすが衛兵さん、冷静に状況を見る事ができますね
「「「「「「お騒がせしてすみませんでした!」」」」」」
僕とヤマトさん、お嬢様と迎えに来た人たちで、この場に居た人達に頭を下げました
「お、おい!俺を中心に輪を作るんじゃない!」
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