第82話 馬車の中
「そうですか、わかりました」
やはりこの雨で、どの馬車も満員ですね
空いているように見えて予約が入っていたりとままなりません
「パノスさーん」
「ああ、おはようございますヤマトさん」
「おはようございます」
手を振りながらやってくるヤマトさんから光の玉が飛んできました
これはパーティを組む時のアレですね
承諾、っと
ぷるぷる
「はい、コロちゃんもおはようございます。こちらこそよろしくお願いしますね」
彼らのパーティに加わると【念話】なるものが使えるようになって、スライムのコロちゃんとも意志の疎通が簡単になるというのは不思議なものです
「お待たせしちゃいましたか?」
「いえ、僕が早めに来ただけですよ。ただ、どの馬車もこの雨でいっぱいみたいで…」
予約のお金をケチったのは失敗でしたか
旅慣れない二人での旅立ちは幸先が悪いです
これでは本当に、徒歩での旅立ちに…
「むしろ雨でも馬車って走るんですね」
「最近は道の整備具合や馬車の性能が「あ、別の馬車が広場に入ってきましたよ!」」
ヤマトさんの指差す先から、下が船底かソリかというような形の馬車が広場に入ってきました
「あ、あ、あれはちょっと料金が…」
「少しくらいなら平気ですよ!俺が出します!すいませーん!イドゥミル行きますかー?」
ああ…
あれは辻馬車だから基本的にどこにでも送り届けてくれてしまいます
しかも広場に入ってきてすぐだから、予約が入っていない場合は…
「パノスさーん!大丈夫です!」
「やっぱり…」
席が埋まるのを待ち、馬車が走り出す
必要な時にすぐ飛び出せるように、ヤマトさんは一番後ろに座り、僕もそれに合わせて後ろに座っています
「コロちゃんぶーっ!」
さっきまでヤマトさんがコロちゃんになでなでちゅっちゅしていたかと思ったら、今度は口をくっつけて吐息で変な音を鳴らして…
「ヤマトさん、それって赤ちゃんのお腹に口を付けてやるアレですよね」
「え、そうなんですか?ぶーっ!」
ぷるぷると喜んで?いたコロちゃんも、もういいとばかりにヤマトさんの抱擁から抜け出して、フードへと逃げこんでしまいました
「ありゃ、コロちゃん飽きちゃった?」
「ふふ。周りで見ているこちらにも愛情駄々漏れですからね。ここまで真正面から受け止めてくれるコロちゃんは相当に心が広いと思いますよ」
まあ逃げる先もヤマトさんに密着できる場所である時点で、可愛いとしか言いようがないんですけど
「またイチャつき過ぎたかな〜?ん?」
可愛い、でいいんですよね?
もし本当に嫌なら、野生に還るという選択も…うーん、これ以上踏み込むのは失礼でしょうか?
「それで、首元を押さえているのは?」
「コロちゃんがフードに入ってると首が絞まるんですよ」
「そ、そんな状態でもスリスリしたりイチャつこうとしてるんですね」
「構い過ぎると逃げられるんで、構ってもらえる内は全力です」
ほどほどにしておけば、そもそも逃げられる事もないのでは…
「あの、少しくらいは加減してあげたらいいんじゃないですか?」
「俺のコロちゃんへの愛は無限大なんです。姑息な駆け引きなんて必要ないんです。いつだって全力全開ですよ!コロちゃんは優しいので最終的には戻ってきてくれますし」
「…ヤマトさん、お、重いって言われませんか?」
「そんな事を言わせるような相手、居ません」
なんでいい笑顔でそんな事を言い切れるんでしょうかこの人は
ぷるぷる
「え?あ、はい…すみません、自重します…」
とうとう本人からのお達しですか
もしかして僕は貴重な瞬間を目撃しているのでは?
「ねえねえ、コロちゃんっていうの?」
「ちょっとエイミー、ご挨拶が先でしょ」
「エイミーはエイミーだよ!」
「もう…」
先ほどまで奥の席で眠っていた女の子が興味深そうにこちらを見ています
スライムは子供には懐きやすいとは言え、そもそも子供がスライムと遭遇する事はそうそうないので珍しいんでしょうね
「おはようエイミーちゃん。この子はコロちゃんだよ。抱っこしてみる?」
「いいの!?」
「どうかな?コロちゃん」
ぷるぷる
ぴょいんっ!
「うちの子がすいません…」
「いえいえ。なでなでぷにぷにが大好きだから、仲良くしてあげてね」
「うん!」
「ほら、ありがとうでしょ?」
「ありがとう!」
気の好いお兄さんっぽく振る舞っていますけど、若干寂しそうですね
小さな子供にそんな表情を見られては沽券に関わりますよヤマトさん
「ところで、本当に杖を装備してきたんですね」
魔法使いのお爺さんの杖と言われて真っ先に思い浮かぶような形の魔法の杖を、脚の間に挟んで座っています
その長さは、立った状態では肩の高さと同じくらいでしょうか
打撃もそれなりに考慮された、それなりのお値段のする品物ですね
「だって普通の長さの剣だと手入れが面倒そうで。それに短剣も外から見えないし、ぱっと見た感じで軽装どころじゃないですから。戦う力を持っていると一目で分かるようにしつつ、見た目に気を使える程度には稼いでいるように見せるのが護衛の基本。ちゃんと覚えてますよ」
「そう言えばなんだか、さっぱりしてますね」
「昨日、ウチで散髪してもらったんですよ」
「ああ、それでですか」
なんだか方向性が、裕福な実家から飛び出したばかりの新米冒険者といった感じなのは、言ってもいいんでしょうか…
外見での威圧という点ではあまり役に立っていない気がします
その内に熟れてきて実力相応の見た目になっていくんでしょうが…
「なんだよ兄ちゃん、杖持ってんのに前衛なのかよ。ちゃんと戦えるのか?」
おっと、隣の乗客から疑問の声が
「これの振り回し方も一応は知ってますし、いざとなったら…ほら、こんな風に短剣が出せるので大丈夫ですよ」
街の外に出ると言うのに、この気負いの無さ
頼もしいと言えばいいのか何なのか…
「今どっから出したんだよ…」
「それは秘密です」
今度は人差し指を立てて胡散臭い笑顔で…これまた楽しそうですね
「まあ今日は雨だし、そうそう魔物も出てこないだろうけどな。でもいざとなったらホント頼むぜ?御者以外は戦えないんだから」
「あの、この人は期待の新人なので大丈夫ですよ。多分、皆さんが思っている以上に戦えます。強さは冒険者ギルドの職員として保証します」
い、言えました!そして噛まなかった!
冒険者がタダ働きさせられる可能性を減らすのも、職員としての務めですからね!
案の定、さっきの乗客はギョっとした目でこちらを見ています
そもそもの話、冒険者とは言えヤマトさんもお金を払った乗客枠であり、その料金が高いのにも理由があるんですから
それでもいざという時に体を張ってしまうのが冒険者というものですけど
「馬車って護衛が必須なイメージありましたけど、そうでもないんですね」
「おうよ。この馬車に乗ったからには、いざとなったら飛ぶように逃げるだろ?その間に御者のどっちかが対処してくれるしな。後は、こんな雨でぬかるみに嵌っても、同じように飛んで脱出できるのも地味にありがたいよな」
「え?ものの例えじゃなくて飛ぶんですか?」
「なんだよ、何も知らずに乗ったのか?それでこの馬車の料金を払ったのかよ」
「いやあ、どの馬車も満員でして」
「ま、この雨だからな。この形の馬車は、必要な時は魔力結晶を消費して浮くんだよ。馬の方もレベルを上げてある。そんなのを発揮する機会は巡ってこないのが一番だがな」
「何それ!?御者さーん!魔力結晶を提供するんで、ちょっと体験させてもらえませんか!?」
「はっはっは!何事もなく街に着きそうなら、それもかまわんぞ。でもそれまでは魔力結晶は温存しときな。いざという時に使わせてもらうかもしれんからな」
「なら念の為にも先に渡しておきますね!」
「おいおい、3つもか?」
「地元のある意味美味しい魔物のヤツです」
「じゃあまあ預かっておくか」
ああ、ますます世間知らずなボンボンというイメージが…
「そう言えば、この杖ってば魔法を使うのにどんな役に立つんですかね」
んなっ…
「そ、それ、本気ですか?」
「実は記憶がないんですよ。まあ普通に暮らす分には実害がないって言うか、周りの人に色々教わったり支えてもらったりして助けてもらえてるので、ぶっちゃけあんまり困ってないんです。あ、別に地雷…聞かれて困る話でもないのでその辺りは気にしないで下さい」
なるほど、ギルマスが言っていた一般常識に疎いところがあるというのは、これのせいなんですね
「記憶がなくなっても、会話をしたり読み書きしたりができるのは不幸中の幸いでしたね。漢字なんて覚え直すのは大変でしょうし」
お話の中の登場人物が記憶喪失になったりすると、人の名前や特定の場面などが思い出せなくなっても、いわゆる知識や物の扱い方などは覚えていたりするのがお約束ですね
でもこの場合、魔法と杖の関係は知識になるのでは?
あれ、ヤマトさん何か黙り込んで…
「あの、何か気に障ったのならすみません…」
僕がつい謝罪すると、周りに配慮しつつすぐに否定の言葉が入りました
先ほどから何度か大声と小声を両立させているヤマトさんは器用な人です
「あ、いえ!だからそういうのじゃないですってば!いやほら、漢字って、どうして漢字って呼ぶのかなーって」
「うーん、僕は聞いたことがないですね…そういう知識が好きな人だったら知ってそうですけど」
さすがヤマトさん、自分から冒険者ギルドの成り立ちに意識が向いただけの事はありますね
漢字がどうして漢字と呼ばれるか、ですか
文字というものは単に昔からあるという認識なので、その呼び方と一緒にそういうものだと漠然と受け入れてしまうのが普通なんですよね
「あの、ご飯って言い方、食事そのものと、お米を炊いたものの両方に使いますよね?」
「えーっと…そうですね。はい。上手く言えないですけど、言いたい事はわかります。その通りです」
「…もしかして、米を主食にしない地域でも食事をご飯って言ったりします?」
「ああ、そう言えばそうかもしれませんね。言われてみれば不思議ですね」
色んな物事に興味が向くというのは、それだけで人生を楽しめる才能ですね
「俺にとっては世の中不思議なことだらけですよ。この杖の役割も含めて」
いけないいけない、話が逸れていました
「それはですね、効率が上がるんです。無手の時と同じだけ魔力を込めると威力が上がりますし、多少節約気味にしても正しく発動します。狙いをつける補助になるとか、対象に向かって飛んでいく速度が上がると言う人も居ますね。あとはやっぱり、純粋に武器として見た時の扱い方が単純で分かりやすいですから」
久しぶりに長ゼリフを喋った気がします
ヤマトさんから、俺相手に遠慮しなくていいですよって空気がバシバシ伝わってきます
「あー…先輩冒険者に助言をもらった時に、そんな事を言われた気がする…消費とか効率とか…それで杖にしては値が張るんですねコレ」
「鈍器ではなく触媒としてのみ使っていれば、目減りする事も基本的にありませんしね。ちなみに、触媒としての使い方に特化したタクトなんかの場合は、もう少し安いか同じ価格でも効率が上だったりしますよ」
「それだと武器を持ってると見てもらえないでしょうから、この杖で結果的に正解でした」
「とは言え、その杖も新品なので年齢も相まって与し易しと侮られる可能性は否めませんね…」
「それに関しては、今から使い込んでいきますよ。ほら、ちょうどいい的が」
それまで聞くとはなしに聞いていた乗客の皆さんがざわつき始めました
気付けば屋根の上から御者さんが後ろに攻撃しているご様子
「俺もお手伝いしますねー」
そう言って馬車の後ろから杖を突き出すヤマトさん
その先には追いかけてくるグラスウルフの集団が…黒焦げになっていました
「いっちょあーがり」
「兄ちゃん倒すの早いな!」
詠唱を中断した御者さんが驚いています
「それほどでもー」
無事に迎撃が完了した事で、乗客の皆さんが胸をなで下ろしています
戦闘があっさり終わったのはこの際どうでもいいです
それだけの実力がある冒険者自体はたくさん居ます
エイミーちゃんの膝の上で、コロちゃんがお肉〜お肉〜と残念がっているのももう仕方ありません
こんがり焼けたお肉も、魔力結晶も、ずっと後ろで回収不能です
今問題なのは、倒したその手段です
「やっぱり飛ばしたいのに火炎放射器になるなぁ」
「何ですか今の」
「【着火】です」
「え?」
この人は一体何を言っているんでしょう
「【着火】です」
「【着火】、ですか」
「【着火】、です」
どうやら呪文もなしに【着火】を使い…いえ、【着火】で、生活魔法とも呼ばれる【基礎魔法】で、魔物を倒した事の方が重大です
「そろそろ火の攻撃魔法あたりから覚えたいんですけど、いくら魔力を注ぎ込んでもボワーっと火が伸びるだけで飛んで行かないんですよねぇ」
いったいどれだけの魔力お化けなんですかこの前衛さんは
「ヤマトさん、だって【着火】だと自分で言っているじゃないですか」
「…?」
本当に心の底から分かっていないようで、目を瞬かせる以外は完全に固まっているヤマトさん
「どこまで行っても【着火】は【着火】なんです。【基礎魔法】の中でも危険なのでそういう風にできてるそうです。魔法で火を扱う、という感覚を養った後は、呪文を覚えてイメージを膨らませて、【着火】とは違うものとして火の攻撃魔法を獲得するんです。【着火】の火を飛ばすんじゃないんです。だからまずは誰かに「あぁぁぁぁ!!!いくら【魔力操作】で捏ね繰り回しても、【オーバーロード】で魔力を注ぎ込んでも、そもそものやり方が間違っていたらそりゃ意味ないですよね」」
誰かにお手本を見せてもらって詠唱を教わってから、と言おうとしたところで何かに気付いたご様子
そしてよく分からない事を言いながら、目からウロコが落ちたかのような、心底納得したような表情で…
「炎の、矢ぁぁぁ!…できた」
後方で巻き起こった、ちゅどーんという音と光と砂煙を置き去りにして、感動している術者本人と唖然とした乗客を乗せた馬車は走り続けます
「…ヤマトさん」
とりあえず、呆然としながらも喜んでいるヤマトさんに言っておいた方が良さそうですね
「はい」
「詠唱短縮は切り札にすべきだと思います」
「…その心は?」
「普段は適当な呪文を並べ立てておいて、ここぞという時に詠唱短縮で捻じ伏せるんです」
「なるほど!」
「あと、派手な身振り手振りもお勧めします」
「血が騒ぎますな!」
「あ、そういうのお好きなんですね」
「自分で考えるのは苦手ですけど、そういうのは嫌いじゃないです」
しばらくの瞑目の後、指で空を切り、掴み、突き立てるように動きながら
「誘うは炎獄の狂乱舞踏。追い立てるは飢える紅蓮の猟犬。踊れ、踊れ、踊れ。凍てつく死すら焼き尽くす、「あ、道からは逸らして」何人も逃れ得ぬ滅びの先触れ。降り注げ、焼滅の嚆矢」
ちゅどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどーん
「おにいちゃんたちうるさーい」
「こ、こらっ!」
「「ごめんなさい」」
「そう言えば」
「何です?」
「わんころの死骸を処理してないんですけど、いいんですかね」
「野良スライムが食べてくれるでしょう、きっと」
「そういうものですか」
「この辺の魔物ならば、あんな死に方を晒している死体に近付こうとはしないですね。それこそお肉目当てのスライムだけでしょう」
「なるほど」
「まあ最悪に運が悪いと、スライム以外の、死肉を漁る魔物の集団に後続の馬車が突っ込む形になりますが」
「…」
「…」
「…」
「むしろ、先ほどの単発『ちゅどーん』の、おそらく窪みになっているであろう跡地に「きっと突っ込む前にわかりますよ!晴れてきてますし!」」
「だと、いいんですが」
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