第5話④
脱獄から一夜明けた。
魔王エピキュア……豊水忍はファストフード店で朝食を取っていた。彼は先日の行動に突いて思い巡らせる。
昨日は成果がなかった。海岸の事件現場に直行したが、魔王の姿は見つけられなかった。今朝のニュースによれば、その頃運動公園で破壊行為があったらしい。目撃者はおらず、詳細は不明らしいが……魔王が関わっている可能性も高い。スターチャイルドの洗脳能力を考えれば目撃者がいないのも納得できる話だ。できれば昨日のうちに知りたかったが……。
「よし、食ったら行こう。」
豊水はトレーを片付け、店を出る。しかしその時、魔王超感覚が周囲から一つ、異様な目線を感じた。疑念、敵意、恐怖、好奇。
豊水は思った。そろそろ街では動きにくくなってきたか。実際無実なのに顔写真つきで報道されているからな。家族もいないし、そういった面での心配はあまりしていないが……。できれば市中で行動不能になる前に、魔王を倒したいな。
しかしどこにいるかもわからないし、スターチャイルドが来るのはおそらく万全の準備を揃えてから来るだろう。しかも奴にとっての準備とは無関係な人々を洗脳し巻き込むことにことならない。だからこそ、早くから見つけるべきなのだが……。」
「おっと。」
先程の視線の持ち主が、携帯電話を取り出した。通報するのだろう。余計なトラブルを起こす前に逃げなければならない。
「ん?」
豊水はふと気づく。むしろ報道される立場を使えば、他の魔王を呼び寄せることができるのではないか?スターチャイルドに関しては、現在攻撃されていないことを考えれば、今すぐ自分と戦闘するつもりはないのであろう。
ならば、他の魔王はどうだ。魔王は7人いるはず。
エピキュアが1名倒し、スターチャイルドとロンジェビティが協力関係。ロンジェビティは他の能力を使っていなかったが、スターチャイルドが何人倒したかは不明。現状、最大3人の魔王が生き残っている可能性がある。そして。
あの黒い石が見せた光景。あれが本物ならば、黒煙使いの魔王はほぼ確実に残っているはずだ。無差別殺人をしている時点で協力は仰げそうにないが、戦いになっても勝利すれば魔王の力が強まる。スターチャイルドを倒す可能性が高まる。また、戦闘自体がスターチャイルドを呼び寄せる可能性もある。だが、負ければ?
豊水の心に冷たいものがしみ出す。生か死か。なぜ自分はこんなことに?
「もしもし……警察……脱獄犯……」
女性の声。魔王超聴力が震える小声をキャッチした。周囲の視線が強まる。豊水の思考が冷たい世界から復帰した。
ひとまず、適当な所に逃げるか。彼は高速思考する。魔王脚力と魔王野伏力を使い姿を消そうとする。
だが、彼は一つ試してみようかと考えた。他の魔王へのメッセージを残すのだ。
「……前の店で……何か……え?」
通報者は驚いた。一瞬も目は離していないはずだ。しかし、その男は影も形もなくなっていた。それが魔王と常人の差である。
「えっと……。いきなり姿が、消えて……! 本当です……! あ、いや、これは?」
その女性は先程まで脱走犯が居た場所に、紙が落ちていることに気づいた。文字が書き殴られている。
「なにこれ?」
そこには奇妙な文章が綴られており、その女性は困惑した。
夜。魔王の戦が行われているこの街はありふれた日本の地方都市の一つだ。太陽が沈み月明かりが寂れた街を照らすこの時間、通常なら飲食店などが忙しくなる頃であるが、この日は勝手が違った。
「犯人が?」「怖いわね。急いで帰りましょう。」
人々は異様な事態に関心を寄せる。今この街のあちこちに警察官が目立つ。無線で連絡を取り、しきりにあたりを探し回っている。
「なぁ、動画撮ろうぜ!」「やー、ネットに上げれば広告収アアアア!?」「エイイイイ!?」若者達が悲鳴をあげた!
彼らの目の前に、突如男が現れたのだ。痩せた若い男。際立った特徴のない顔立ちだが、常人とはことなる何かを放っている。その顔は、テレビで何度も見た写真と同じだ。
「殺人犯!」
「そんなことしてないんだけどなぁ……。あと、もしかしたらもうすぐこの辺で戦闘があるかもしれないから。早く帰ったほうが良い……というかそうしてくれ! 周りの人にも言っといてな!」
「な……」
若者は何かを言いかけたが、次の瞬間にはその男は消えていた。一瞬遅れて風が吹いただけだった。
一体何が起きているのか?
これは豊水の打った策である。彼は先のファストフード店に残したメモに、こう書いた。
『魔王』。ただそれだけを。
この謎のメッセージは、メディアを通しすぐに世間に伝わった。コンピュータに疎い豊水だが、おそらくネット上でも広まっていることだろう。それは生き残りの魔王へ向けたエピキュアの伝言である。もちろんスターチャイルドに筒抜けなのは承知の上である。
この一言だけで彼が、逮捕され脱走した男は魔王であると他の魔王表意者に示せると考えたのだ。そして、後は位置を知らせるため定期的にあえて人目につき、一定時間逃げながら魔王を探すという行動を繰り返した。
魔王であれば自身を見つけ出すことは容易なはずだ。そして接触後は人の少ない場所に移動し、話し合いか戦闘にもっていくつもりであった。しかしもっとも恐ろしいのは魔王が罪のない市民を襲う可能性である。そこで彼は常に人を守れる準備をし、時折人々に帰るように促してはいるが、それに関しては効果が薄いことを心配していた。
「むしろ逆効果か?」
彼は死角から死角へ移動し、自動車の裏側に潜みながらつぶやいた。
「殺人犯が逃げてるって知ったら、もっとみんな逃げてくと思ったんだけどな。」
好奇心が猫を殺す。豊水は一定数を維持する野次馬を物陰から見ていた。
「ッ!」
その時。何の前触れも無く……鮮烈な気配を彼は感じた。魔王!
強力な魔王のソウルの存在が発せられている!
魔王エピキュアは思考する。敵に大きな動きは無い。こちらの狙い通り、待ってくれているのだろうか。来いというのか。
緊張感が一気に高まり、意識が鋭敏に研ぎ澄まされる。魔王エピキュアは敵魔王の発する魔力を辿り、風の如く速度で人の間を通り抜ける。路地裏に回り込み、建物の壁を力づくのパルクールめいて上る。中規模な雑居ビルの屋上。そこにそれは居た。
「よぉ。」
その女魔王は緑の髪、深い闇のような目と爬虫類の目を持った異形の姿をしていた。その姿は、以前に黒石が見せたビジョンに写っていた魔王そのものである。
今は黒石は何も反応を示していないが……。
彼女は柵によりかかり、軽い口調で声をかけた。
「私は魔王マレヴォレントだ。てめぇは?」
「魔王エピキュア。まず、来てくれたことには感謝しておく。」
エピキュアは油断なく相手の出方を疑いつつも、戦闘のフォームはとらず話す。
「そちらと交渉をしたいと考えてる。無理は承知だが……。」
「内容しだいではうまくいくかもしれないぜ?」
マレヴォレントは牙を見せにやりと笑う。
「ま、つっても大方検討はついてるがよ。魔王スターチャイルド。あんガキだろ?」
「……そうだ。やっぱりそっちも知っていたか。」
エピキュアは息を吐き、言葉を続ける。
「ならば話は早い。スターチャイルドをなんとかするために、共同戦線を張りたい。俺としてはそもそもこの戦い自体を中止してしまいたいが……。」
「ま、そっちもわかってるだろうけど。共闘はOK。だが戦いはやめねえ。やめるわけがねぇ。アンタを殺して私がすべての力を手に入れるんだよ。」
マレヴォレントは不敵に笑う。彼女の目は人外のものだが、エピキュアにその混じりけのない確信を見せつけた。
「つーかよ、ぶっちゃけ今あんたを頃して私の戦力増強にしてもいいんだがな。」
柵によりかけた体を起こし、マレヴォレントは一歩踏み出す。
「あんたは人殺すこと嫌いな人間だろ? わたしはそういうの気にしないし、知ってると思うけどもう何人か無意味に殺してるんだよ。それとホントに組みたいかよ?」
「……俺は誰とだって戦いたくないよ。あんたとだって、スターチャイルドとだってな。でも、まぁ。スターチャイルドは真っ先に止めないといけないと思ってる。いまはその確率を確実にしたい。共闘はそっちにもメリットはあると思う。スターチャイルドをどうにかした後でちゃんと戦いはする。」
エピキュアは率直に考えを述べた。
「どうしても今戦うなら、戦う場所は変えさせて欲しい。このわけのわからん戦いにこれ以上死者は出させたくない。」
「はぁー。魔王としてどころか、人として随分なあまちゃんというか、馬鹿なヤツだな。」
マレヴォレントはため息をつく。これまで以上に体の緊張を抜いた。
「だけどまあいいぜ。正義のためとか言って私にキレるようなわけじゃねえし、分別はついてるっぽいな。共同戦線に乗ってやる。」
マレヴォレントはエピキュアに一歩ずつ近づく。
「だが、予め予告しておくが、私はあんたを利用してスターチャイルドを仕留め、奴のソウルを吸収し得た力でお前も殺すぜ?」
それに対し、エピキュアは迷いなく答える。
「それは阻止させてもらう。そして俺が戦いを止めさせる。」
「ハ。そりゃあすごいな。」
マレヴォレントは侮りを隠さず言う。
「じゃ、マジでやばくなったらアンタに命乞いするかな。そんで油断したところを殺すか……」
エピキュアが反論をしようと口を開いた、その時。彼らに眩い光が当てられた。
「いたぞ!」
「く、今はここを離れるぞ!」
「殺してしまえば楽なのにさ。怒りもしねえなんてよ。」
悪態をつきつつも、マレヴォレントは聴衆に背を向ける。
「どこでもいいから適当に遠くに逃げる!」
「ノープランかよ。」
二人の魔王は夜の中に消えた。。人間の足も、パトカーも、ヘリコプターも、魔王に追いつく力などありはしない痕跡はなにもなかったが、二者の姿はカメラに一瞬だけ映された。
「見たか?」「一瞬だけ。」「人間なのか?」「トリックが。」「女?」
魔王が去った後、人々はざわついていた。警察やカメラクルーも慌てふためき、喧騒を作り出している。
その光景を見下ろす者が一人。
「こういう展開になったかぁ。面白いけど面白くないね。」
それは当然のように上空に立っている。全身が微かに発光している。服装と髪色は赤い。姿は人間の少女である。
「さてさて、イレギュラーはどっちかな。ま、魔王がどうあがいたところで私に邪魔なんてできないしさせないけどね☆。」
それはマントをはためかせ、ゆっくりと空中を移動していく。
「きれいな世界。ぜんぶ私のものになる。ああ、楽しみ……♪」
少女の笑い声は、地上の誰にも届かない。
魔王大戦 -7人の魔王能力者が殺し合う- フェイリア @ks1324679
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